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10 七日目。秋田・青森(11)

「一通り話し終えましたが、このように考えたのは根拠があります。

 文太郎さんです。

 ぼくはね――」

 一度、息を整えます。

「――師匠に出会ってからのこと、一生懸命思いだそうとしたんです。

 なにせ今のぼくらの神さまですから。

 何か、ヒントはないかと。

 で、やっと思い出したんです」

「――どうぞ」

「茅ヶ崎海岸でのファースト・コンタクトのとき、確かに、こんな会話をしたのです」

「――」

「文太郎さん、こう問うてきました。

『ここは、大磯町(おおいそまち)? 平塚市(ひらつかし)?』

 対してぼくは、茅ヶ崎市です、と答えました。すると、

『おお失敬、ズレたこと聞いた。()()()()()()()

 ……」

「なぜか……鳥肌が立ちます」

 行は真っ直ぐ蘭を見つめたのでした。

「『ズレて北側』……これが、どういうことか、分かりますか? ぼくは昨夜、これから考えをスタートさせて、ある結論に辿り着いて、正直、身が震えました」

「――」

「どうすれば、こんな発言が出てくるのでしょうか?

 推理の手がかりとして、何点か事実を挙げます。

(1)文太郎さんは、故郷・浜坂町をスタート地点とした。

(2)ゴール地点を富士山としていた。

(3)その間を、文字通りの意味で、“一直線”に歩いた。

(4)これは文太郎さんにとって、死出の旅だった……。

 以上です」

「茅ヶ崎の、いいえ、太平洋は、ゴール地ではなかった。富士山こそが、彼にとってのゴールで、あとは、付け足し、旅のけじめにすぎなかった?」

「そうでしょうね。文太郎さん、富士山の頂上に神を求めたんだ。そして、神に出会えなかったという意味では、旅は失敗に終わった。

 頂上を通過したあと、どんな心境だったのか分かりません。ですが、“まっすぐ”は継続されて、茅ヶ崎の海に到着されたのです」

「どうやって、あの、富士山の頂上を通過されたのでしょうか?」

「現世に戻ったら直接本人に聞いてみましょう。今、問題にしたいのは――

 どうしたら、最終ゴール地点(海)にそんなずれが生じてしまうのか、です。

 旅の大ベテランである彼が、これが最期と決めた旅で、ゴール地点を誤ってしまうなんて信じられないことです」

 そのとき――

 ほんとうに何気なく、蘭は口にしたのでした。

「逆に考えると……。

 浜坂町をスタート地点、そして大磯町をゴールとしたとき、どういう航路を辿れば、富士山を経由できるか、ですね?」

 ――行、緊張した顔のまま、黙したまま頷きます。

 一方、そこまで話がはっきりすれば蘭にとっては簡単だったようで、まるで学校のテストで、楽々、鼻歌まじりで回答するように、パムホにて答を導き出していたのでした。


挿絵(By みてみん)

(図はイメージ。大磯町をゴールとしたときの、大圏航路)


挿絵(By みてみん)

(図はイメージ。拡大図)


「大圏航路でピタリ一致です。

 つまり文太郎さんは、旅のそのきわめて初期の段階で、コンケーブランドに来ていたのです。

 あとは簡単です。なにせ、この世界では、すべてが見えるのですから。

 文太郎さんは浜坂町を背後に、富士山を正面に見据えて歩けばよかったのです。そしてそれは、奇しくも、大圏航路となるのです」

「……。どうぞ――」

 そして蘭に、その瞬間が訪れたのでした。

「? ……問題は、富士山通過後のことです。

 何事もなければ、浜坂町~富士山の延長線上にある、大磯町にゴールするはずでした。

 ところが“何事かがあって”、ゴール近くになって、文太郎さんは“まっすぐゾーン”に再度インされてしまったのです。そこからは等角――え――え!? 再度のイン!?!

 え――?

 え? え? え? わたし、今まで何をしゃべっていたの???

 わたし、何てこと口走ってんの?!

 ――!!!

 ――」

 この時になって初めて、自分の言葉に目を丸くして、弾けるように驚く蘭だったのでした。


 深いため息とともに、深く頷く行でした。

「とりあえず、最後まで、どうぞ」「――!」

 蘭――話を続ける勇気を振り絞るべく、深呼吸。口を開きます。

「なにしろ一直線、という自ら課した縛りがありますから……。

 文太郎さんは富士山以降は、浜坂町と富士山を結ぶ延長線を常に意識して、道を歩まれた……。

 心は海ではなく、富士山側にあったのです。

 故にフラットランドでは作為の意識なしにコースが修正されて、茅ヶ崎に――

 ゴールが変わってしまった! これは――?

 富士山を経由地とする大圏航路よりも――?

 等角航路の方が、より北側になってしまうという珍現象が、生じたということで――???」

 もう言葉になりません。蘭、興奮で体が小刻みに震えたまま、大沈黙してしまったのでした。


 行が後を引き取り、微修正します。

「富士山をゴール地とすればいいのです。

 思い描いてください。メルカトル図で、A地点からB地点へ行く二つの航路のことを。

 北半球では、二点間の等角航路(直線)の上側、北側に大圏航路が張り出しますが、問題はB地点(富士山)を過ぎた後のことです。

 等角航路はそのまま真っ直ぐ通過して行きますが、そのラインから見れば、大圏航路は下側、南側に、ごく普通に潜り込んで行くでしょう」

「そうです、そうです! ですが、コオ! キミ、その前に言うことがあるでしょう!?」

 蘭の叫びに、行は持論をはっきり言葉にしたのでした。

「文太郎さんは、一度、ゾーンアウトされたのです」

「おおおおう……!」

 初めて聞く蘭のうなり声でした。

「気づいたのは昨夜です。文太郎さんに縋ろうと考えて、そこから思索が奇跡的なジャンプをしました」

「これは、とんでもないことです!」

「そうですね。真実だとすれば、知る限り、人類初です。さすが、文太郎。そして――

 ならば、()()()()、です……!

 ぼくは、富士山通過直後に、文太郎さん、フラットランドに再度インされたのだと推測します。デスロードならぬ、リバイバルロードを歩まれたんだ。それで富士山で、航路が切り替わったのです。

 ひょっとして文太郎さん、自身気づかないままに、神さまに出会っていたのかもしれませんね」

「なんだか、とてつもない、希望が沸いてきました!」

「でしょう」

 ここでようやく、二人は、暖かい笑顔になったのでした。


 空がざわめきました。

「急ぎましょう。なんだか胸騒ぎがする――」

 言葉の後半は、小さく、声にはなっていなかったのでした。

 蘭が晴れやかな笑顔で、ケンケンを操っていたのでした。

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