9 六日目。秋田(6)
峠から麓まで、その距離、約7km――
地図上の数字と現実と、どうしてこんなに感覚が違うのか!
長い!
嘘だろう、まだなのか――!?
「もっと走れ! 速く!」
大覚野街道の下り道。夏の最中でありその上コン吉へのエネルギー供給で、サウナの蒸し殺しの状態で――
一秒ごとに気が遠くなり、意識を取り戻し、心臓が爆々し――
ガードレールなしのうねった山の下り坂、一瞬間違えば即、転倒、飛出し、落下、大怪我、死と隣り合わせで――
スリップして、喚き、絶叫し、立て直して、雄たけびを上げて、さらに加速し、汗が飛び散り、息が火炎のようで――
――!
今までずっと続いていた緑の山壁がいきなり切れ、平地に――突然に視界が広がり、山の麓の里に出たのでありました。
阿仁地区です。そして――
ちょうど国道の右手に鉄道レールが見え!
「うおおおおお!!!」
今まさに、全身朱色の単車両が、山から、急斜面から、あんな所から、おお、ブレーキが利いているのか!? アレがここでは普通なのか!? まるで岩石が転げ落ちる勢いで下って来るのが見えて――!
中に――
おろおろしている大ギツネ、つまり――
蘭がいる!?!
蘭が――蘭が、車内から、鉄の箱の中から、声は聞こえず、泣きじゃくりの表情で、嵌め殺しの窓を両のこぶしでバンバンと死に物狂いに叩いていて――!!!
行、絶叫!
「脱出しろ! 飛び降りるんだ――!!!」
ほの暗い車内の乗客は、透明なピンク色した住民たちは――
まるで葬式に参列するかのごとく俯き、置物のように誰一人身じろぎもせず一列に席に並んで座っていて――
「運転手に緊急停止させ、せ、せ――」
運転手はそのうつろな横顔を見せるだけで――
「コン吉、全速、ぜ、ぜっえエエエエエ――」
回りこんで衝突して事故にして止める算段でした。ですが――
電車の方が、速い――!
その走力差、見せ付けるように、ゆるゆると距離を広げられて――
ふいに横から飛び出てきた子供の住民、とっさに避けたものの、そのひねりの急激なGが体を投げ飛ばし、アスファルトの路面を打ち砕くかの勢いで激しく転がり――
「~~~~~~!」
歯を食いしばり、傷だらけ、痣だらけになって立ち上がったそのとき――
遠く車両は空気の揺らぎの中へと突入して行く。目の前で、目の前で――!
「あ、あ、ああ、あああああああああ!」
行、絶望――
瞬間、強烈な眩暈に襲われたのでした。膝を屈する。頭を抱える。
それは無限大空間がゼロに、あるいはゼロ空間が無限大にへとひん曲がる、波打つ、いえ、元から撓んでいたものが、激烈に撥ね戻るかのような、“多次元的波動”の複雑怪奇な衝撃に、知覚が微塵に吹き飛ばされて――
「ぐぁああああああああぁがごぅわあああああああ!!!」
絶叫、絶叫――
これが通過儀礼なのか、それほどの、この一瞬で――
世界が、激変したのでした。




