8 五日目。山形・秋田(6)
花火大会で有名な大仙市(旧・大曲市)にて、早めの昼食です。
大仙市で食べる横手ヤキソバ。ウーンとまたしても唸りかける行でしたが、気づいて自重し、蘭に笑われるのでした。
食堂の白壁にはポスターが貼られていて、夜空に華々しく弾ける花火大会の催しを告知しています。ですが、本日の宿泊を予定している田沢湖からは片道約40km。湖を優先したい二人にとっては、残念ながら今後の人生に、後回しにするしかなかったのでした。
大仙市からは国道105号を快走です。
武家屋敷と桜並木で名高い角館町に少し寄り道。
国道に戻ってからは、広く開けた水田地帯を気持ちよく走り、やがて、山へ。県道60号に右折進行して――
山の中のうねうねした道を走り、一軒家ほどもある“巨大フキ”の林の中から突然に見えてきたのが、目的地、田沢湖だったのでありました。
午後3時前。
ラインにして約502km。一言――よく、来たものです。
大幅に予定時間を短縮しての到着でした。
出迎えてくれたのは、正面やや右手に秀麗な秋田駒ヶ岳の姿を据え、静かに佇む田沢湖の広々とした眺めでした。
パムホを操作した行が基本情報を読み上げます。
「標高249m。面積は日本19位。周囲20km。そしてなんと言っても興味の的、最大水深が423mで、日本一の底深さを誇ります」
思わず二人して、空を見上げたのでした。パムホを操作、画像解析。400mたら、あの雲までです。その透明な、青き水の層の厚さ、その水圧のもの凄さ。――想像するだに、夏の最中にもかかわらず、ブルってしまうのでした。
「成因。円形のその形状から、カルデラ湖ではないかと考えられていましたが、これははっきり判明していません。透明度はかつて30m超あったそうですが、過去の玉川計画のためでしょうか? 現在は4mほど。また、酸性化された湖全体の中和対策も、なかなか湖底層までには及んでいない、らしいです。国規模で一度やらかすと、後が大変だ……」
まるで自分の心のようだな、と思いましたが自戒するだけに留めます。蘭もこの点についてはノーコメント、
「円くて、日本一深いなんて、なんて惹かれる心なんでしょう……」
とのみ、述べたのでした。
金色の、ドラゴンの姿をした辰子像前で記念撮影しました。ダメ元で蘭に辰子ポーズをお願いしたら、一発オーケーです。不思議に思うも一瞬のこと、許されて蘭を被写体にできるのです。そりゃあもう、行くん、興奮して何枚も撮影したのでした。
当然というか、蘭の方からもお願いし返され、男の子の自分も辰子ポーズで蘭の被写体になることに。なぜか大興奮で鼻息荒い蘭に写されまくって、そのころには他の観光客の目も集めてしまって、恥ずかしさでのぼせる思いの行くんだったのでした。
湖畔に宿を求めたところ、和風旅館に一部屋だけ空いているとのこと。スペースにきっちりと区切りをつけますと誓約を前口上にして、恐る恐る蘭に提案したところ、多少顔を赤らめただけで一発オーケーです。ほっとし、また嬉しくも思ったのですが、やがて小首をかしげる行くんなのでした。
自分の場合ここからゾーン端まで約3.8kmです。ぼくは無理だけど、きみの場合は余裕でゾーン内だから、一周して来てはどうですか? 向こう岸には遊泳場もあるようですよ、と勧めてみるも、「どうしても、と言うならそうするけど。周囲20kmは、一人では長すぎです。コオと一緒にいたい」
と殊勝に答えるのです。
ここに来て、さすがに行にも理解が及んだのでした。
YES作戦です。
蘭は、何でもかんでも、ぼくの意のままに振る舞うお積もりらしいのです。たはは……。
うわ……。
「たはは」なんて、ひょっとして生まれて初めてのことかもですよ……。
さぁ――
はなから「YES」をやられたら、とことん「はい」「はい」をやられたら――
こちらが絶対命令を出す面白みが激減です。ちょっぴりイジワルく、無理強いするところが両者にとって楽しいのです(きっと)。嬉しいのです(たぶん)。異論は認めません(キリッ)。
それを封じられてしまった。
同時に、こちらの人間としての器も試されています。こんな従順な相手にあえて「YES」を命ずるとしたら、それは一体どんな命令であるべきでしょうか?
つまらない、くだらない、あるいは下衆な願望を口にしてしまったら、どうなるでしょう?
ここは異世界だということを忘れてはなりません。彼女にとって、(現世での)社会的ダメージはないのです。
一度言うことを聞いて、それっきり。そして今までの折角の関係も、解消です。矮小なぼくとはもうサヨーナラ、というわけだ。
そんな“事実”を、チラつかせているのでした。
よほどの理由がないかぎり、よほどの深い考えがないかぎり、大義がないかぎり、王様の命令権は行使できない。そんなシリアスな状況にもっていかれたのでした。
「よく考える……」苦笑です。
あはは……!
さぁ――!(笑)
コン吉、ケンケンを宿に預け、行は蘭と手をつなぎ、湖畔の散策に出掛けるのでありました!




