8 五日目。山形・秋田(3)
一旦は冷静になった行くんだったのです。ところが――
「南の鳥海山はその大半を山形県に取られ、東の八幡平頂上は惜しくも岩手県に取られている。北の世界遺産・白神山地も最高峰は青森県だ。湖に関しても、十和田湖はその6割をこれまた青森県に持って行かれてる。一見、いろいろと慰められるべき事情があるように見える――」
また行が、話をぶり返してしまっていたのでした。
「まあまあ(笑)」
そんな状況も、理由の一つになったのかもしれません。峠から湯沢市院内町に下りた時点で、蘭がモヤモヤした空気を吹き飛ばす、大胆な提案をしたのでした。
「ここから次の羽後町まで、競争しない?」
「へ?」
ここは蘭、一気に畳みかけます。
「コオは右回り(時計回り)、わたしは左回りで、羽後町役場前をゴールにしましょう」
「お、おう……?」
蘭はパムホを操作して、
「左回りは、このまま東へ一般国道13号、途中から県道311号を使うルートで、全長約24km。
右回りはここから西へ国道108号、途中から県道57号を使うルートで、全長約35kmです。
どちらも、ショートカットできるのならしてもいいってことで」
と、何から何まで決めつけてしまったのでした。
行、もちろん抗議します。
「ぼくの方が11キロも長いじゃないですか! 11kmったら、きみ――」
「文句いうってことは、受けて立つ気は、あるのね」
「いや、その――」
ここで挑発するように笑む彼女だったのです。女の子はすべて小悪魔だと悟った瞬間でした。
「さらには、コオのルートには、数ヶ所、峠もあるのよねぇー、ウフフ?」
「むちゃくちゃです」
「その代わり――景品に差をつけたげる」
「……どうぞ」
「――」
これは、もう――
その場の勢いというか、あるいは――
人生のこの一瞬だけの奇跡、熱い夏の空気の気まぐれ、というものだったのかもしれません。
いきなりでした。小悪魔が天使に一変――
蘭は、大変なことを言い放ったのです。
「もしコオが勝てたら――その時は、なんでも一つ、言うこと叶えてあげるよ」
そう断言したのです。続けて、彼女は真実のまっ赤な顔で、
「名誉にかけて、王様のどんな命令にだって、絶対的に従ってあげる――」
と口証したのでした!
「うお、おおお――!?」
さぁこの瞬間の行の頭の中、ったるや――
色んな、あれやこれやの、“お願い”が、亡霊のごとく立ち上がり、赤黒い空のもと、うおおおおぅと怒声をあげ、突如として竜巻を起こし、雷を落とし、全米ナンバーワン級にスペクタクルに、暴れ回り始めたのです。
ランが、ぼくの言うコト、なんでも、聞いてくれる――?
あとは言葉になりません。そんなグチャグチャな思考の塊です。
顔と言わず全身が火のように熱くなり真っ赤っかです。そこまでなって、ハッと気づいたのでした。
「――逆に、きみが順当に勝ったら?」
即答でした。
「コオに勝った、と今後のからかいのネタにするだけよ。どうかしら?」
「――」
鼻血が出そうです。
どうかしらって、どうもこうもありません。だって――
だって、そうでしょう? ノーリスクで、勝ったときの褒賞が超破格です。
「――」
それ以前にです――
ここでノリよく乗らなきゃ、それこそ、“つまんない男”の烙印確定でしょうが?
「――」
ホント考えるまでもないことでした。
行は身を乗り出し、滑稽なまでに、雄々しく言い切ったのでありました。
「――約束は守ってもらいますから!」
そう言いつつ、手はセコくも早くも、パムホを操作しています。最適コースをナビにセットしているのでした。
「フフン、勝ってから言いなさい!」
そう応えた蘭も抜け目なく同様で、ここに――
「それから、リンク一時解除!」「OK!」
――行vs蘭の、ラリー競争の幕が切って落とされたのでした!




