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1 茅ヶ崎(5)

 浜辺近くの一軒家に帰宅したのは5時頃でした。家族はまだ、誰も帰ってきていません。

 行は2階の自分の部屋に入ると、学習机に座り、パムホを拡張させました。

 地図アプリのG-MAP(グッドマップ)を起動し、編集モードにします。ペンを使って、マップ上に赤く、直線を引きます。

 それは文太郎さんのルート、最後の旅の航跡でした。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 浜坂町(兵庫)→宮津市(みやづし)(天橋立)→舞鶴市(京都)→小浜市(福井)→余呉湖(よごこ)(琵琶湖北端)→関市(せきし)(岐阜)→恵那山(えなさん)(中央アルプス)→上河内岳(かみこうちだけ)(南アルプス)→富士山頂→御殿場市(静岡)→小田原市(神奈川)→そして茅ヶ崎海岸。


 標高を無視した、つまりG-MAP上での直線距離は、約450km。西から東へ、ほぼ真横に本州を横切る、美しい直線(ライン)でした。

 線を引いて、すぐに気付くことがあります。スタートすぐ、宮津市~小浜市間が海(若狭湾)なのです。この区間はどうしたのでしょう?

 問題視するほどの疑義があるとは思いませんでした。なにしろ“野獣”とも形容される木藤文太郎が『直進した』と言ってるのです。なら、その通りで間違いありません。獣のごとく脇目も振らず直進したのです。泳いだのかもしれません。海水が引いて陸路となったのかもしれません。あるいは、時期が時期です。凍っていて、海の上を歩けたのかもしれませんよ?

「ウフフ……」

 行は自分の奔放なイメージに、ようやく、笑顔を取り戻したのでした。


 興を覚えた行は、文太郎をまねて、“直線的な自分の旅”のルートを作成してみたのでした。

 スタート地点はここ茅ヶ崎でいいとして、さあ、ゴール地点はどこにしましょうか?

 自分は、(戯れだったにしても)ご本人に指名された後継者です。ならば、西からやって来た師匠のその後を継いで、その先へ進んでみたらいいのではないでしょうか。

 もっとも、東側はもう距離がありません。

「うーむ……」

 夏休みは丸々と残っています。それに空想の旅です。遠慮なしでやりましょう。

 自然に、長い距離が取れる北方面になります。となると、もう決まったも同然でした。行は大胆にゴールを定めたのです。そこは――

「日本の北極点、宗谷岬さ!」

 昼までのだらけた少年と同一人物とは思えないほどの熱中ぶりで、行はルート作りに没頭したのでした。


 北海道の北端、稚内市宗谷岬にゴールマークをつけて、赤く直線を引きました。たちまち数値が表示されます。さぁ、その長さ、約1156kmです。これは凄い! 文太郎さんのラインを、2倍以上超えているではありませんか!? ゾクゾクします。


挿絵(By みてみん)


 さっそく、マップをナビモードにしました。

 設定は、どうしましょう?


 交通手段は『徒歩』――いえ、ここは現実的に考えて、『自転車』としましょう。

 行は、愛車“コン吉号”を思い浮かべながらマークボタンにペンタッチします。瞬時に、検索できるルートは、自転車走行可能道路のみとなりました。高速道路に代表される大きな幹線道路もそうですが、人だけが歩ける小径(しょうけい)も選択肢から外れたのです。でも、まあ、いざとなったら。自転車を(かつ)いで歩くだけです。そこは臨機応変、現場判断というもので、腕の見せ所、活躍の為所(しどころ)です。行は納得して次の項目に移ります。


 探索モードは『最短距離』としました。

 この操作で事実上、“道路を使った直線的ルート”を検索できるのです。さすがに、“極限のまっすぐルート”、文太郎のマネは、自分にはできないことなのでした。


 となると、問題になってくるのが、その『マージン』です。直訳は“余白”ですが、旅の世界では“許容されるルートの幅”と理解されています。

 簡単に、此方(こなた)から彼方(かなた)への直線ルートをモデルにして講釈すると、認められる“最大幅”は、“直線距離の5%程度”だと、世間一般的に言われていました。

「5%……」

 ペンタッチします。瞬時に計算が終了しました。全長が1156kmだったので、約57.8km。つまり基準になる赤い直線・“まっすぐライン”から、片側はみ出しが28.9km以内だったら、そのルートは“まっすぐゾーン”に入ってる、と主張できるのです。

 諸元入力は終わりました。

 目の前に、そのルートが表示されていたのでした……。


挿絵(By みてみん)

(赤線:まっすぐライン 緑枠:5%ゾーン 青線:走行ルート)


 大まかにポイントを抜き出すと。

 茅ヶ崎海岸→府中市(東京)→富士見市(埼玉)→館林市(たてばやしし)|(群馬)→日光市(栃木県)→会津若松市(福島)→米沢市(よねざわし)|(山形)→田沢湖(秋田)→青森市(青森)→大間町(おおままち)|(下北半島北端。本州最北端)→亀田半島(函館市)→登別市(のぼりべつし)→札幌市→留萌市(るもいし)→そして宗谷岬(稚内市)。


「ええと……」

 実は、厳密には、このルートは“嘘”なのです。

 と言うのも、途中、青森市~登別市間が海(青森湾、津軽海峡、太平洋)だからでした。

 現実に実行する際には、マージン設定は――本州の陸の端、“青森港までの距離”で行わなければなりません。それが旅の“ルール”というものです。

 ですが、今は“夢のプラン”ということで、“いいこと”にします。そのおかげでのこの“幅”なので、これならば――

「フェリー航路も範囲内!」

 海の区間を“まっすぐ”クリアできそうで、都合がよかったのでした。


「ふむ……」

 こうしてマップに“まっすぐゾーン”を表示させると、長さに対しての幅5%、その広やかさに新鮮な感慨を覚えたのでした。

 仮に、距離が100mだったら、マージンは5mです。片側2.5m。そう聞かされるとそんなものかと頷いてしまうところですが、不思議なもので、この比で拡大すると、とたんに違和感に襲われるのです。だって、幅、約60kmなんですよ? これだけあったら、とくに東北地方なんか、日本海~太平洋間、その全幅のおよそ半分をカバーできてしまうのです。秋田県山形県は、ほぼ全域が、“まっすぐゾーン”に収まってしまいます。このような有様で『これがぼくの直線的ルートです』と言ってもいいのでしょうか。文太郎に知られたら、大笑いされてしまいそう。もっとパーセントを小さく取るべきなのではないでしょうか。

 ――と、思いましたが、そもそも自分は初心者です。ハードモードは今後の楽しみにと、5%に折り合いを付けたのでした。


 これくらい幅に自由度があったら、道路は選び放題です。とは言っても気を引き締め、“まっすぐの旅”がだらけないよう、手作業でルートの修正をします。細かく、道路の取捨選択をするのです。“まっすぐライン”が基準です。なるべくパーセンテージを狭めるように、しかしながら観光地では、幅に利して、遊びの余裕を持たせるように――

 日程はどう配分するか?

 宿はどうする? キャンプか、旅籠(はたご)か……て、ぼくキャンプ用具持ってないじゃん。苦笑だよ。最初はイージーモードで行こう。ビジホ、ライハなどの格安施設はどうだろう――


 文太郎のラインにはない魅力がそこにありました。なにしろ、既存の道路だけ使って、国土の半分に、こんなにも直線的ルートが作れるのですから。

 この、島国でありながら山国でもある、日本の複雑な地形に、まっすぐな線が引けるのですから。

 クラクラするほど、不思議でした。

 行は、家族が揃う夕食時まで、計画に没頭したのでした。

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