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1 茅ヶ崎(4)

 二人の窮地を救ったのは、駆けつけた特別救急隊員でした。

 襟の校章と、行のパムホ、そして文太郎のパムホ。それぞれのエマージェンシーアプリが的確に作動し、110番ならび119番に自動通報したのです。

 個人のパムホはともかく、未成年者、とくに義務教育下の学童生徒らは、アクシデントレコーダー付のピンバッチを常時着用することが制度化されていましたので、係員に記録データを提出するに否応はありませんでした。おかげで状況が短時間のうちに必要十分に理解されたので、この場合は幸いだったというべきでしょう。

「いやすまん、助かった」

 緊急入院した個人部屋で、元気を取り戻した文太郎がベッドの上で半身を起こし、行に頭を下げたのでした。

「無理しないでどうぞ寝ていてください」

「大丈夫だ。この俺の病気は、なんともないときは本当になんともないんだ」

「で、苦しいときは意識を失うほど苦しいのですね。旅は、怖くなかったのですか?」

 すると文太郎は、まるで悪戯を見つけられた小僧のように、可愛らしくはにかみ、ポリポリと鼻を掻いたのでした。やがて、一つ、うん、と頷くと、行に打ち明けたのです。

「これも縁だろう。君には話しておく。実はこの(やまい)、余命一年、と診断されてたのだ」

「!」これこそ息がつまることでした。行は悲鳴を上げそうになり――

 先んじて文太郎があやすように、スッと話を続けたのでした。

「だからこそ、旅に出たのだよ。客死(かくし)こそ本望とな。故郷の浜坂からまっすぐ一直線に富士山山頂を目指した。一度やってみたかったんだ。余命一年と宣告されたからこそ、踏ん切りが付き、怖いものもなく、もはや遠慮もせずに直進できたのだ。それの、嗚呼、なんと面白かったことだろう! 車で溢れ返った街の中、ごちゃごちゃした建物群、個人所有地、危険地帯。犬には吠えられ猫には威嚇され、烏はつきまとい狸には舌舐めずりされた。畑や田んぼ、河に沼に険しい渓谷、そして立ち塞がる巨大な岩壁! これらを乗り越え、あるいは潜り抜け、振り払い、押し返し、あるときは長時間潜伏し機を伺い、あるときは目にもとまらぬ早技で擦り抜けて、とことん意地を(つらぬ)き通した。()()()()()()()()()()()()にだぞ。そして、クライマックスが富士山の“直登”だぜ!? もうタップリと、俺は俺の好きなことをさせてもらったのだ」

 ハハハと笑う。

「もう満足だ! 全宇宙に感謝の意を(ひょう)したい」

「――」

 なにか言うべきだと思ったのですが、ことの重さに、また相手のスケールの大きさに圧倒されて、なにも言葉が浮かばなかったのでした。


 行は、頭の中で、簡単な引き算をしました。文太郎さんの残された時間は、あと約5ヵ月ということになります。その残りの期日は、病院でのむなしい闘病生活になってしまうのでしょうか? この男にとって、それはあまりにも寂しい。

 お医者様も諦めた難病。

 ふいに、行は閃いたのでした。

「旅の途中、今まで知られてなかった薬草とか、そのような類いの物は――」考えもなしに口に出してしまい、そして行は、激しく後悔したのです。

 文太郎は幼い子供を見守る眼差しになり、

「ゲームとかでよくある、“復活の呪文”やら、いわゆる“回復アイテム”の類いは、そうだなぁ、どうだったろ? 気づかなかったなァ」とほほ笑みなされたのでした。

 行は顔まっ赤です。今のは稚気まる出しでした。

 木藤文太郎は生粋の、ヴェテランの旅人です。非日常たる旅の時空に、日常にはないヒントを、アイデアを、そして生き延びる希望を――或いは心の平穏という悟りの境地を――血眼になって探したに違いありません。そして、仮に何か転がっていたとしたら、もとより命がけの、この鋭い男が見逃すはずなかったのです。

 思い出さねばなりません。倒れ伏したあの浜辺で、彼はこう激白したではありませんか――


『神を、見つけられなかった』


「――」

 しばらくして、文太郎さんが口を開かれたのです。真面目な顔で、

「これも縁というものだろう。どうだコオ君、俺の後を、引き継いではくれまいか? 君なら一流の旅人になれる。信じていい。俺の“勘”が、そう囁いてる」

 そして、普段と変わらぬ様子で、呵呵大笑されたのでした。

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