4 一日目。栃木(8)
途中の食事処で夕食をすませ、午後7時。
“まっすぐライン”にして(茅ヶ崎から)約121km。
栃木市に到着し、ここで本日の宿としたのでありました。
行も、蘭も、疲労困憊です。今日は記念すべき旅の初日であり、そうだとしても、あるいはそうだからか、発生イベントが多すぎでした。しかも一つ一つがヘビィ過ぎた、と掛け値なしに思うのです。
嗚呼――!
はじめての旅立ち。初ワープ。関東大災害平野。コン吉。富士山。グンマー。宇宙戦艦。県境警備隊。預言者と神――
そして、蘭との出会い。
濃い一日でした。
もうこれ以上なにも起こりませんように、と心の片隅で祈っていたのですが――
そう祈ったことで、フラグが立ってしまったようなのです。
ビジネスホテルの、まるで火星人のような、蛸形ピンクゼリー状のフロントマンが、部屋はツイン一つしか空いてない、と告げるのです……。
蘭と顔を見合わせ――ともすれば溜息が出そうになるのを堪えます。どっちか(この場合、自分だろうな)が、別のホテルを探すしかないようです。驚いたことに、いえ、正直に言います。がっかり、という感情を自覚していたのでした。今更ここで、宿が別々になるなんてガッカリすぎる、という気持ちが、しっかりと身の内に育っていたのでありました。
そんなときです。
二人を見守っていたフロントマンが、こう尋ねてきたのです。
「※※(君らは)(同じ)(格好)(家族)(血族)(兄妹)?」
勢い込んで何度も頷き肯定をアピールする二人だったのでした。
ツイン一室ゲットです。めでたい!
――
――めでたい?
二人して一室に入って、とたんに意識し緊張してしまう男の子と女の子なのでした!
さぁ――!(笑)
「――車庫があってよかった!」
行くん、唐突です。唐突すぎです。
「まあ、ここの人たちに、盗られるとは思ってないけどゥ!」
声が上ずってる蘭くんです。
「見てないあいだ、二頭で何かするんだろうか!」
「まあ、楽しいですわァ!」
なんともぎこちない会話だったのでした。
ですが、さすがに――
こんな状況下で動きだせるのは世間一般的に女子の方で、このたびもまっ赤な顔の蘭が、気丈に指図することになるのでした。
「――キミの部屋では、ベッドはどちら側?」
と半ば尋問してきます。
「ドアを背にして、こちら、右側であります」従順に答える行です。
「じゃあよかった。わたしは左側だから。……夜中に水飲みに起きて、寝ぼけて自分のベッド側に潜り込むってフラグはこれで回収ですからね!」
「了解です。ものすごく了解です」
命がけ、真剣に首を縦に振る行なのでした。
「トイレ、バスは、まず殿方から。少し時間をおいて、わたくしが使用します」
「別にレディファーストでもいいのですよ。とくに今日は、早くお風呂に入りたいでしょう?」
「キミが土だらけになって駆けつけてくれた恩は忘れてませんよ。さっさと入ってらっしゃい。特別サービスで、背中の傷に薬くらいは塗って差し上げます」
「お言葉に甘えます」
そうして、ホテルの浴衣とタオルを持ってバスルームに入ったのですが、ここでようやく気づくのです。
着替えがありません。それどころか、今、肌着も付けてません……。
振り分け鞄の中にも、その手の荷物は消えてなくなっていたことを、今頃になって思い出すのでした。
つまり、衣類は今の黒革、これだけだ、ということです。
「ぐ……」
ううう……天は。一日の終わりに、なんというイベントを突きつけてくれるんでしょう。
「う……」
黒革の着衣を全部脱ぎ、シャワーを浴びつつその着衣の汚れも洗い流します。
タオルを使って体の水気を取ると、意を決して、素っ裸の身に、直に、浴衣(膝上までのガウン?)を巻き付け、帯をし、洗い物を手にし、そして――それはそれはもう、神妙な顔つきで部屋内に出るのでありました。
「――見苦しくてゴメン。こちら側に干し物をさせてもらいます。なるべく視線を向けないで欲しい。当然ぼくもそうする」
相手の顔もろくろく見れず、ぶっきらぼうに、かろうじてそう言い終え、無言で手早く黒革を干したあと、もう速攻で、ベッドに潜り込んだのでありました。
ようやく気づいたのでしょう、ハッと息をのむ蘭の気配がしました。
顔が真っ赤っかになる行です。
とても、背中の傷をお目にかけられる状況ではなくなったのでした。