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4 一日目。栃木(2)

 二人並んで、大ギツネを常歩(なみあし)で歩かせながら、情報を交換します。

 まず、二人の最終ゴール地点は、北海道・宗谷岬。実務的な最初のゴール地点は青森港だと知れて、二人同時にホッして、ついでお互いのその様子を、顔を赤らめながら笑って誤魔化しあったのでした。


挿絵(By みてみん)

(左の赤線・緑枠が行。右の赤線・青枠が蘭。それぞれのラインとゾーン。赤線の延長線上に最終ゴール地である宗谷岬がある)


 心がポカポカして、気分が高揚します。

 それにしても、改めて。この状況は、珍しいことでありました。波長が合ったと言うのでしょうか、姿が似通っていて、同い年。さらには考え方も似ているようで、それで、稀にあるという、


『・まれに、二人組(多くの場合、男女ペア)が、一つの異世界に行くことがある。』


 という事例が、この通り実現したのでしょうか。ただ、そうだとしても、二人がスタートした時間と場所は異なるので、稀は稀でも、非常に稀(レア)なケースのようでした。

 行は茅ヶ崎海岸。

 蘭は――鎌倉市の海岸だと、打ち明けてくれたのです。

「なんで鎌倉」と聞くと――

吉田花子(よしだはなこ)

 彼女から飛び出した言葉が、それでした。「ハナコ」――気になっていたパムホの例の画像を、こちらの「ブンタロー」と赤外線による交換通信で、見せてくれます。

 国民的人気月刊誌“旅人”、昨年11月号の表紙。エベレスト単独登頂を成功させた、晴れやかな顔の、一人の女性の写真でした。非常に驚かされたことに、行と同様に、蘭宛ての直筆サイン入りです。してみると、蘭はどこかで彼女と出会ったのでしょう。そして触発されて旅に出た。そうに違いありません。

 彼女を見やると、自分と同様に、文太郎直筆サイン入りの画像を見て、大いに驚いた表情をしてくれていたのでした。

「吉田花子――」あらためて、行はつぶやきます。

 もちろん、そのお名前とお顔は知識として知っています。

 登山家としては、もはや文太郎と肩を並べる女傑です。旅人としても、将来は文太郎と同格になるだろうとの(もっぱ)らの噂です。そんな“怪物”ですが、野獣とも呼ばれる文太郎とは逆の一面がありました。彼女は、詩人としても有名だったのです。


 代表作『半裸』


 半裸の美少年は

 半裸の美少女をうしろから

 そっと抱く


 唯一そらんじることができるのがこれ。短いから。

 ロマンチシズムとほのかなラヴが作風で、とくに女性に絶大な人気を誇ると聞きます。

 なお、例に挙げた『半裸』の意味ですが、人間の体側を境にして、男の場合は前側半分だけが完全に裸。靴も靴下も、くるぶしから前側がナシ、です。女は同様に後ろ全面が、なし。ヒールも当然なしの、爪先立ちの状態、なんだそうな。(どんな世界だよそれ)

「むぅ……」

 行はこの詩のどこがいいのか、首をひねるところであるのでした。


「7月の始め、芝浦埠頭にワープアウトした彼女と偶然出会えたの。知ってる? 芝浦埠頭」

「たしか、レインボーブリッジが見えた所ですね」

「そう。わたしにとってはラッキーだったけど、彼女にとってはそうでもなかった事情があったのよね」

「……」行は辛抱強さを発揮します。

「これが、彼女が最初に想定してた、“まっすぐライン”」

 そう言って、マップデータをこちらに送ってくれたのでした。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

(図はイメージ)


「本州最西端、山口県下関市毘沙ノ鼻(びしゃのはな)から、瀬戸内海・播磨灘は“湾特例”でパスして、首都を経由して、そして千葉県鹿島灘まで、全長約923km。日本最大級の遠距離ルートよ。

 なんでこんな長距離ラインを計画したのか訊いたら、『捜し物をするに、広い(マージン)が欲しかった』て説明してくれたわ。ちなみにマージンは約46kmね」

「それなのに、なぜか、港区に中途ゴールしたんですね?」

「“虫の知らせ”よ!」

「……」

「“虫の知らせ”があって、急遽ワープアウトしたんだ、と言ってた」

「たぶん、旅人にとっては何よりも大事な、“勘”が働いたんでしょう」

「それよそれ!」

「何に対して勘が働いたんだろう?」

「文太郎さんと関係あるかも?」

「どうぞ(続けて)」

「文太郎さん、去年暮れから行方不明になってたわけだけど……」

「はい」

 ちなみに、文太郎現る、の報は、昨夕、一斉配信されています。

「きっとそれよ。『捜し物』とは、文太郎さんのことだったのよ!?」

「ふむ……」これはアリかもしれません。勘です。

「花子さんは、文太郎さんの隠れた先は異世界だと睨んで、その彼の後を追って、旅に出たんだわぁ」

「でも――」

「わかってる。文太郎のいる異世界に行ける保証はない。彼女は6月初日スタートだったから、時期も半年ずれてるし。出会える確率は無限分の一よ。でも……ウフフ、なんてロマンチック!」

 6月初日……。仕事とか、準備とか、いろいろ都合があったのでしょうけれど、追いかけるにしては、ずいぶんとスロースタートしたものです。少し引っかかりを覚えましたが、今はスルーです。

「――結局、“虫の知らせ”とは何だったんでしょう?」

「彼女がワープアウトしてから、コオの地元に、文太郎さんがワープアウトしたのよね」

「二十日ほど間が開いてるけど、順番としては、そういうコトですね」

「つまり、文太郎さんが近々にワープアウトすることを察知したのよ」

「なるほど」

「これこそ愛の力だと思わない?」

 勿論、逆らいません。

「なるほど」

 野獣と怪物。

 つき合っていたのでしょうかあのお二人? お似合いなのでしょうかあのお二人? すっごく疑問に思ったのですが、もちろん口には出しませんでした。

 その代わり、もう一回くり返したのでした。

「なるほど!」

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