3 一日目。東京・埼玉・群馬・栃木(10)
歳の頃60代(ヒト型だから推測できた)と思わせる貫禄ある族長です。
その横に控えているのは、お孫さんでしょうか、ぼくらとそんなに違わない少年戦士。そして二人の背後に立ち並ぶ、衛士たちです。
場が一気に緊張し、次いで殺気立ちました。まるで見えない嵐の中にいるようです。そんな中、責務と権威を思い出した隊長が、頼もしくも平然と声をかけたのでした。
「※」
族長が返します。「※!」
それから一気に対話が進んだのですが、刺々しい気配が知れただけでした。早口すぎて行の耳には意味が捕らえ切れません。
と、族長がこちらに向き、少しばかりスピードを落としてしゃべったのでした。
「(とにかく、領土侵犯の罪は明白だ。そこの二人を引き渡してもらおうじゃないか)」
隊長、ウンザリ顔です。
「(何度言わせる気だ? 彼らは間違いなく日本国民である。公道である限り、どこへ行こうと二人の自由というものだ。第一、そんなことをまくし立てているお前の方こそどうなのだ? お前の言い分なら、たった今、わが県の領域を侵していると言えるではないか)」
「(バカめ、これが外交特権というものだ。分かったら二人の罪人を引渡せ! グスグズするなこの無知な下級官吏め!)」
「(~~~!!!)」キレかかっています。矢面に立たせて同情するところ大でありますが、何とかしてほしいと切に祈る行でした。
「(なんなら……)」
見計らったように族長がくだけた様子でネゴしてきます。今までの強硬な態度は、譲歩を引き出すための作戦だったようです。
「(なんなら、そのキツネだけでもいいぞ? それで勘弁してやろう)」
やっぱり食うつもりです。どうだ、と言わんばかりの得意げな表情。少年戦士は見下すようにこっちに顔を向け、回りのお供の男たちも一斉にニヤニヤしだすのでした。
ところが、ピシャリと隊長が拒絶したのです。
「(だめだ! 一切みとめない!)」
強気の、その毅然とした態度に族長が驚きの表情を浮かべました。勘ですが、いつもは粘りに粘って、結局なにがしかの譲歩を引き出していたのでしょう。今回は様子が違うぞ、という顔をしています。
「(何様のつもりだ、この儂を誰だと思ってる――)」
「(アリか? おとなしく自分の巣穴に帰るんだな)」
「(……今すぐ謝罪しないと、関東平野にヒャッハーしに出張るぞ。いいのか?)」
隊長はまともに取り合おうとしませんでした。行と少女を並ばせると、その間に立ち、両手でそれぞれの肩をぽんと叩き、言い放ったのです。
「(このお二方をどなたと心得る?)」
「(ハッ……ま、まさか!? ミトーのご老公?)」
「(隣県だけどお約束ありがとう――て、違う!)」
仕切り直し。隊長は咳払いの後、態度を新たにし、自信満々に紹介したのでした。
「(御子であらせらる)」
「(ハァッ?)」少なくともこの「ハァ?」の中には、自分の分も入っていたのでした。ま、素知らぬ顔してましたけど。
隊長がぼくらに得意げに声を掛けます。
「(先ほどの画像を、あの者に見せておやりなさい)」
「……」
本当に、ワケがわからないままだったのです。それでも言われた通り、さっき隊長に見せた“保護者”の画像を、今度は族長に差し向けるように――ひょっとして“印籠”のように――見せつけたのです。
その瞬間の、族長の表情こそ見物だったのでした!
これ以上開けない限界まで目をまん丸とさせ、顔がまっ赤になり、すぐに真っ青になり、白くなり、最終的に黒くなり――
カクッ、とあちらの画像。そしてカクッと、こちらの画像に顔を向け、ついには際限なくカクカクやりだし――
お付きの者ともども、バケツの水を被ったかのように発汗し、ガタガタ震えだし――
――ようやく。
まず、少女(の持つ画像)に向かって、息絶えだえに声を絞り出したのです。
「※(預言者)・ハナコ……」
そして、じりじりと、恐るおそる、こちら(の画像)に少しずつ顔を戻し、声に出したのです。
グンマーの族長は、確かにこう、発声したのでありました。
「※(神)・ブンタロー……」と。
行のパムホの画像とは、“あの”画像でした。
『七月二十日、旅路の果ての茅ヶ崎の浜にて記念に識す。木藤文太郎から遠峰行君へ』
これ以上は無いという“身分証明書”でした。そしてついにです――
(ぷつん、という精神的な何かが切れる音)
あの――
グンマー人たちが。
背中を見せ、
悲鳴を上げて、
一目散に逃げ出したのです。
「おお……」わき起こるどよめきです。それほど珍しい光景――
そんな中、戦士の誇りを思い出したか、少年が一人だけ、健気に振り返ったのでした。
青ざめた顔をしながらも――
ぼくには、幾ばくかの対抗心を、そして少女には、どことなく憧れの色をその瞳に表して――
そこまででした。あとは、背を返して遁走するのみ。
――
恐ろしや。げに恐ろしや、木藤文太郎、我がお師匠――
なかば呆然と、行はそう思ったのでした。