3 一日目。東京・埼玉・群馬・栃木(8)
(図はイメージ。撮影:2014年5月。曇り)
飛び込んだ瞬間――
眼前に劇的に開かれる天地、渡良瀬遊水地の谷中湖でした。さきほどのグエンによると、大きさ『周囲約9.2km』とのことでしたが、資料・地図で見る数字と、実際に現地で自分で見て、走るのとでは全然感覚が違います。信じられないくらいのスケールで瑞々しく広がる、大・人造湖だったのでありました。これが、湖底がコンクリート張りだなんて、にわかに信じられません。
グエンによると、この遊水地には忘れてはいけないような重い歴史があり、国が一旦やるとなったらその規模は大きいものだと思い知らされます。ただ、現在の風景は広々と明るく、善きことあれと、思わず天地に祈るのでありました――
そんなことも一瞬のこと。
とにもかくにも、パムホに導かれ、急行してみれば――
「!?!」
そこにいたのは――一瞬、“自分”かと思わされたのでした。
それほどの似姿、ほとんど同じ格好だったのです。
すらりと伸びた手と足でした。その腕には、中指の根元から、甲、手首、肘の上までをカバーした黒のアームバンドです。
一方の足。ここだけ差異があって、黒の短シューズに、黒のニーハイ網タイツです。健康的な白い肌に、逆に眩しいほどの網目模様。慌てて視線を逸らします。
丈がベリィショートの、黒のハイネック・ノースリーブトップ。胸の美形に忠実に膨らんでいるうえに、丸い両肩が大きくむき出しにされています。
ボトムに目を移すと、すぐ脱げ落ちてしまいそうな黒革のローライズショートパンツ。つまりは胸下からのおへそと腰、そして太ももと、大変な面積が赤裸々に露わにされていて、見る者の心臓を大いにドキドキさせるのでした。
あとは、腰に巻きついた革ベルトに、白いカチューシャ、左耳のイヤホンマイクです。そんなところまで一緒だったのです。
「――」
そして――
肝心の、ご当人は――
肩までのストレートな金髪、深い碧の瞳、だったのでした。
整ったりんかく、やわらかそうなくちびる――
「――」
こんなときにもかかわらず、行は状況を一時忘却し、「美しい」、と直球的に思ってしまったのでした。
そんな彼女が、赤い、大ギツネの首を抱いて、泣きべそ状態になっていたのです。
行は、心が弛緩してしまったことに一瞬だけ反省すると、すぐさま行動を起こしました。
「今がチャンスなんだ! コン吉に乗ってここを脱出して!」
「あなたは!?」透き通った、張りのある、美しい声でした。
「――この仔、ケンケンて言うんだっけ? この仔を借りる」
「担げるの?」
「いえ違います。そうじゃなくて――」
そのときでした。宇宙戦艦のエネルギーを溜め込む音と、カタパルトのギチギチ歪む音が聞こえてきたのです。二人とも硬直し、真っ青です。これは、“宇宙の規模”、なのです。かろうじて声が出ました。
「――行って! 早く!」
金縛りの呪縛がほどけます。こちらを何度も振り返りながら、金髪の女の子と黄色いコン吉が、湖に沿って北へ走り行きます。それを見送る手間も惜しみ、行はケンケンの、怪我をしたという足に、慌てず手早く確実に、傷薬を塗り包帯を巻きはじめたのでした。これは自分の荷物の中から取り出しておいたもので、つまり――
“パンク修理キット”の、変化した物だったのです。
行は直感的にケンケンに命じました。「深呼吸して」当たりでした。結果、みるみるうちに赤い大ギツネは元気を取り戻したのです。行は飛び乗ると北へ、後を追いかけ全力走行を指示したのでした。




