3 一日目。東京・埼玉・群馬・栃木(5)
行は一枚の看板を読み上げます。
「ボルジノフイタクラビッチスキー町……」
(図は勿論完全完璧なるイメージ)
看板を呆然と見つめながら、“アレ”はネット伝説ではなかったのかと、神さまに小一時間問い詰めたかったのですが、まったく当然のことながら、現世の“本家”とは完全に関係なく、これはこの別宇宙でのことなのでございます。然らずんば、現世が今まで平和でいられたはずもない。されば、代わりに無限個もある宇宙の中に、こうした宇宙も一つくらいはあっても、あるんじゃないかなぁ、あっても仕方ないんじゃないかなぁ、どうだろう。兎に角、この宇宙は、こうして目の前に、白地に赤文字で、なんというか夢のような現実を、冷然と、「こう」突きつけて来ているのでございました。
このフラットランドで、この宇宙で、一人だけの地球人男子ならば――
『冒険の書』の主人公ならば――
その意地にかけて何とかして見せろ、よ、と!
さぁどうする!?
行はコン吉をその場に残し、地面に伏したのを幸い、そのまま匍匐前進しました。まだここは埼玉領内のはずですが笑うべからず。相手が相手、十分に警戒するに越したことないのです。心臓が早打つのを宥めながら、息を整えながら、土手の草むらの中からそっと、パムホのカメラレンズを、まずは貯水地方向に向けたのでした。拡大表示。――あの緑の草の生える堤の向こう側に、助けを求めている人が潜んでいるはずです。道路、国道354号陸橋が堤上へ続いており、そこを駆け上がればすぐのようでした。
ですが、です。丸見えです。あっという間に注目の的になってしまうでしょう。
「――ッ!」
しかし――他にルートがありません。
貯水地について、素早くグエンから基本情報を引き出します。読み進めて、ぐえっ!? と唸ってしまったのでした。
『渡良瀬遊水地の領域は、栃木県・群馬県・埼玉県・茨城県の4県にまたがる』とあるではありませんか!? 複雑怪奇な領域境界線は、さぞかし特殊(政治的軍事的)な力学が発生した証拠に相違ありませんし――ということは? 現在進行形で、紛争地帯の最前線であるということです。なんたること!
(引用。Wikipedia「栃木・群馬・埼玉の三県境」)
次にレンズを対象地、群馬領域に向けます。どこまでも広がる、踏み固められた土の大地でした。その領域内を、裸足で興奮気味に行きかっている大勢の住民たちの姿が見受けられます。
鳥肌になり、顔の筋肉が引きつるのが自分でわかりました。
天は、あれをなんとかしろと仰るのでしょうか、このぼくに?
行はイヤホンマイクに囁きます。
「――大丈夫ですか? すぐ近くまで来ています。ただし、手を振って合図なんかしないでください。きっと彼らの視力は9.0以上ある!」
『――わかってる。わかってる。ものすごくわかってる。お互いのパムホが位置を同定したの確認したから大丈夫。で、なんとかなりそう?』
「まずは状況を。何があったの?」
『ケンケン号が――ケンケンが、四脚同時に怪我したみたいなの。一歩も動けない。ここに、こんなところに――残して行けないよう! 食べられちゃう!』
「了解した。落ち着け、落ち着け、ものすごく落ち着け――」
大変なピンチです。
再度、注意深くレンズをグンマーに向けます。反射光すら命取りです。
「……」
もう、ぐうの音も出ません。頭を掻きむしりました。どうしたらいいんだよコレ!?




