3 一日目。東京・埼玉・群馬・栃木(4)
『キュルッ・キュルッ・キュルッ――』
心からギョッとする行です。ですが本当、自分はなにも下手なことはしていないはずです!?
素早くパムホの画面を確認すると、そこには全世界共通、
『SOS』
の、大きく、赤く発光する太文字が、カキッ・カキッと点滅表示されており――
耳元で『サッ――』というノイズが走ったかと思った瞬間――
間違えようのない、地球人の女の子の悲鳴が、クリアに耳に刺さったのでした。
『助けて! だれか――!』
“短波”を利用した所謂“トランシーバーモード”での通信でした。音声と同時に、短波で可能な限りの様々なデータが送られてきます。
場所、渡良瀬遊水地。ここから約10km先。行とコン吉にとって、すぐそこもいいとこです――
(赤線:まっすぐライン 緑枠内:ゾーン 青線:走行ルート)
行は何も考えず反射的に大声を発していたのでした。
「がんばれ! すぐ行く!」
叫ぶように応答し終わってから気づいたことに、これは極めて大事なことですが、そこが自分の“まっすぐゾーン”内であったことに、一瞬気絶しかけるほど安堵させられたのでした。これが“外”だったらと想像すると、サッと汗が引きます――
ああ――今そんなことはどうでもいい!
おお!? 神よ、奇跡よ――という声がしましたが、もう行は聞いていません。コン吉に飛び乗ると全速を指示していたのでした。そしてさすがはキツネです。国内最速の獣です。乗り手をひっくり返さんばかりの急加速、矢のように風のように疾走しはじめたのです。髪の毛が梳きあがりました。風切り音に負けじとナビ音声が県道46号を的確にガイドしました。暑苦しい空気の中、機能と技術、体力、手持ちの能力すべてを振り絞っての力走でした。東北自動車道の跨道橋を一瞬で、まるで空に飛ぶように駆け渡りました。やがて見えてきた大・利根川の長い大橋を、突風のように駆け抜けたのです。
「おおお――」
さっきは『すぐそこもいいとこ』なんて言ってしまいましたが、とんだ誤りでした。地図上の距離と実際の距離の、なんて感覚が違うのでしょう。とても長い10kmでした。今や息も絶えだえでした。コン吉の疲労は全て行のものなのです。全身からエネルギーが吸い取られ、まるでサウナで蒸し殺しに遭っているみたい。全身に汗がだらだら流れ、意識が遠くなりかけます。声がさらに掠れます。
「どこだ!?」
これはパムホへのもので、流石は長年のパートナーでした。パムホは主人の意図としゃがれ声を忽ちに理解、要救助者の居場所をピンポイントで回答するのです。
「――オケッ!」
前方に、谷中湖とも呼ばれる遊水地の、外壁にも相当する緑の堤が、横一線、左右に大きく広がって見えてきます。隠されたあの向こう側が、目的地です。
「すぐ近くまで来ている頑張れ!」
これは相手へのもの。行は――
そのまま、行は突進していたでしょう、何事もなかったら――
なぜか――いきなり地面が土ぼこりの舞う、むき出しの大地に変わったのです。
そして、例によって、“それ”があったのでした。それも、いくつもです!? そのことに気づいた瞬間、行は叫んでいたのでした。
「ブレイクッ! 止まるんだおおお――!」急制動!
慣性で鞍から身が浮き、どうしようもなく乾いた地面に落下、手足の突っ張りむなしく、白い土だらけになって転がります。
ゼイゼイと息荒く見上げるそれは――
それは、青地に白文字のほか――黄地に黒文字、そして白地に赤文字の、かつてない数と種類の看板群だったのです。その記載内容というのが――
おお、おお、おお――!?!
『危険!』
『引き返せ!!!』
遠い空のどこかで、雷が轟く幻覚がしたのでした。
『これより先……グンマー』
(図は完全にイメージ)