2 一日目。神奈川・東京(12)
“グエン”いわく――
日本国土において、どこでもいい、スタート地点を海に取り、ゴール地点を海に取る。その間を、およそ直線状に旅するとき、“異世界”が出現。強制的に本人を飲み込んでしまうのでした。
ぼくたちの世界、“現世”から見れば、その旅人が、目の前で、まるで透明な空気の壁の向こう側へ消えて行くように見えることでしょう。
異世界が最初に出現したのは、およそ30年前のことでした。
太平洋沿岸で陸揚げしたコンテナを、日本海側の港に運送中のトラックが完全消滅。
港から内陸へ走る列車が乗客もろとも丸ごと消滅。
観光客個人が、海辺から歓楽街へまっすぐ歩いただけで、衆目の中、掻き消える。
その他、奇怪な消失事件が多発し、日本国中、いえ世界中がパニックに陥ったのでした。
誰もが、時期的に同じタイミングで終結した、第N次世界大戦の置き土産、と疑ったものです。この因果関係は、今以て、解明されてはいませんが……。
悲惨なことに、異世界に消えた人たちのほとんどは、二度と戻って来られませんでした。
幸運な行動を取ったごく少数の人たちだけが、帰還を許されたのです。
ある人は元来た方向、つまりスタートの海辺に引き返して、からくも脱出に成功しました。
ある人は使命感を滾らせ、そのまま対岸の海、すなわちゴールの海辺までまっすぐ突貫して、英雄となりました。
日本政府は“異世界対策委員会”を立ち上げ、貴重な体験談を収集。自らも国防軍から選抜した特別チームを編成し、何次にも分けて異世界へ遠征させたのです。結果、貴重なデータを得ることができたのですが、新たな犠牲を生むことにもなったのでした。
列記――
・異世界は、仮称・異相世界の日本である。
・異世界は日本国の陸地にのみ発生する。空域や海域(例、二つの孤島間)には発生しない。
・異世界の日本の同じ場所に転入する。
・転入時の運動量は保存される。(走って行ったらその速度で異世界に転出する)
・異世界の時間の流れ方は現世と同じ。
・現世から異世界へは、音も電波も届かない。
・光ケーブル、電力ケーブルなどは転入地点にて物理的に切断される。
・命綱も、強度や大きさに関係なく、原子レベルで綺麗に切断される。
・チームで手をつないでいても、その瞬間、空気を掴むように手が離れている。しかも――
・チームの一人ひとりが、別々の異世界に転じられる。
これは、異世界が無限個ある(推測)という衝撃的な発見でした。
・たとえ家族、双子であろうと、基本的に個人ごとに一つずつの異世界に転じられる。
・まれに、二人組(多くの場合、男女ペア)が、一つの異世界に行くことがある。
・どのケースでも、一回ごとに行き先は異なる。前に訪れたことのある異世界に再び行けるとは限らない。
・人と、その人の所持品だけが転じられる。その瞬間に使用していた乗り物も、全体が所持品と見なされ、最も相応しいと考えられる一人に所属される。
・異世界では、およそ自分以外の物品(所持品)が、別の物に変化する。多くはその所有者の願望が、形や性質に影響して現れる。帰還すれば元に戻る。
・写真、動画データは“そのまま”持ち帰れる。
・異世界の物品を収集して“そのまま”持ち帰ることができる。ただし――
・異世界のヒト含む動物は、持ち帰れない。
・異世界の生物は、現世の“肉体”に対し、“幽体”と仮にも呼称すべき不思議物質である。(“生きながら”極薄まで平気で延びる。)
異世界の物品を現世に持ち込むとき、その物品が“逆変化”することがないことから、異世界と呼んでいる世界の方こそ“真実の世界”で、こちらの世界は“仮初めの世界”にすぎないのでは、という議論も生まれたのでした。
そして――
“直線”に関して、極めつけの発見が二つ。
一つが――
・異世界は、平面の世界である。
異世界は現世を模した三次元世界のように感じられます。しかし、あるとき高所から遠方を眺めてみると、どこまでも遠くが見えることに気づかされたのです。
あらためて地形を詳細に測定すると、地表(測地線)が曲率を持っておらず、しかも、現位置よりも北方地域が常に広がるように尺度を刻々と変化させていることが知れたのでした。
簡単に言えば、異世界は、“メルカトル図法で表された世界”だったということです。
フラットな紙に、影絵のように地球を投射して創られたかのような世界だったのでした。
これがどういう意味を持つのかというと――
それまでは、体験談から、異世界を直線状に進めばやがて行き当たる海で帰還が叶うことは分かっていました。だから当初、現世の2点間の最短距離、直線図、すなわち“大圏航路”図をわざわざ持ち込んでいたのです。ところが、それを持ってして異世界にて“まっすぐ”のつもりで進行してしまうと、異世界の直線、すなわち“等角航路”と乖離してしまう、ズレが生じてしまうことが発見された――ということなのでした。
そして最後の一つが――
・異世界の“直線”からある一定の距離を離れると、その世界に取り込まれてしまう。二度と戻れない。
これが失策として戦後最大級の非難を浴びた“絶望刑”。
“生き殺し”。
取り返しのつかない犠牲と引換えで突きつけられた、異世界最大の摂理――
“幅”の存在だったのです。
直線距離に比して、およそ5%。
あまたの人に、“まっすぐゾーン”が認識された瞬間だったのでした。




