2 一日目。神奈川・東京(8)
そのときでした。街の復旧作業をされているのでしょう、工事道具を猫車(一輪車)に搭載した“一人”の、“すっ裸の人物”が、目の前をノッソリと通りかかったのです。これぞ天の計らいとばかりに行は勇気をふるい、声をかけたのでした。
「こんにちは……」
その“人物”はユッタリと立ち止まり、穏やかに声を返してくれたのです。
「※(やぁ)(どうも)(こんにちは)(ごきげんよう)」
耳慣れぬ音声でしたが、そこは“日本語”です。何となく意味は伝わってくるのでした。
その人は――
全身、“透き通った”ピンク色のつるんとした肌をしていて、完全無毛。そして頭部、胸部、肩に腕、腰、脚部が角柱形状の、ここの“住民”の一人、だったのでした。
旅での初コミュニケーション。ドキドキと心臓が高鳴ることをどうしようもできません。
「た、大変ですね……?」
「※(なに)(問題ない)(大丈夫)(安心)(可能)」
スローですがなんとか会話が成立しています。心を励まし、言葉をつなぎます。
「何が起こったのですか……」
すると、その人はわずかに、不思議そうな、意外そうな、そんな“表情”をして見せたのでした。
「※※(ひょっとして)(君は)(坊やは)(さすらう)(訪れた)(旅する)(外人)(人間)?」
旅人、ぼくは旅人――
「――そうです! よろしくお願いします」ぺこり。
なぜだか顔がまっ赤な行くんなのでした。
その人は、無表情にほほ笑みなされたようでした。黙ったまま、片手を向こうにさし出します。つられて振り返ると――
これは直感でした。直感こそ、旅人に必須の才能なのです。
この直感が、指し示された“それ”を一瞬で理解、解釈したのでした。
それは――
「ううう……」
ふいに怒りにも似た感情がわき上がり、すぐに鎮火しました。
なぜ、今まで気づかなかったのか――!?
その方角に、“それが鎮座していること”は“常識”であったはずです。なぜ真っ先に、その姿を確認しなかったのか。それは――
それは――
ぼくはパムホを手に持つと、無意識的にカメラを起動させ、やはり呆然と“それ”にレンズを向けたのです。画像解析開始。あっという間に完了。ただちに数値が画面に現れます。ぼくは怯えるように、それをチラ見したのでした。
「……距離、約60km。直径、20km。標高、…………測定不能」
それは――!
60~70km先の真っ平らな地面から、垂直に青空へ、雲の上へ、大気圏外へ、宇宙へと突き上げ、さらに終わり無く虚空へ伸び続けている、端が天頂にある、灰色の、直径20kmの、巨大な岩石円柱だったので、ありました。
「あああ……」
常識的に、物理的に、絶対。絶対にあり得ない存在であるので、ありました。
ですが、あああ何と言葉にしましょうか、その美しさ――
白雲すじ雲、壮麗に――
轟々と、堂々と、その霊質を地球大気に渦巻かせ、波立たせ――
その力強さ、神々しさに、自ら貪欲にその奇跡の姿に溺れさせられ、圧倒させられて。
我に返ると半永久的に恍惚と立ち尽くしている自分を見つけるのでした。
嗚呼それは――!!!
「富士山」
日本一の山――!
熱く涙がこぼれたのでした。
これは直感でした。端は宇宙空間にある、あのお山は――地球産。
地球の無尽のマグマが永久的に押し上げた、日本の御柱なのでありました――
「は……」
気づくと、あのピンクの人は、既に立ち去っていました。行は――
行は――
「――――――ッ!!!」
遠峰行は言葉にできない何かを力の限り叫んでいたのでした。
肩に力を漲らせ、こぶしを振るわせて――
神の山に向かって――
夏風が走りました。黒髪がかき乱されました。
ワープインした世界は、とんでもない世界でした。
「おおおおおおお――!!!」
こうして行は、この瞬間に、この世界に旅人として、誕生したのです。
(図はイメージ。直径20km円柱の富士山)