12 浜坂(10)
病院の外に出ると日は没しようとしていて、空が茜色に染まりはじめていたのでした。
コン吉号、ケンケン号に乗り、ぬるい空気の中、ぶらりと走り出す二人です。といっても行き先に当てはなく、ただ気まぐれに浜坂の町中を、観光客ふうにうろつくのです。
それが、自然と浜辺の方角になるのは、面白おかしくも正直な二人だったのでした。
もはやその形に慣れたか、行が先頭の縦隊です。そして。
無言でじっと行の背中を見続けている蘭でした。くちびるは、ほのかな笑みが浮かんでいるようですが、よく見えません。
チラ見するごとに重くなる、その強烈な無言のプレッシャーに負け、とうとう、口を開くのでした。
「ぼくは、この旅で、能動的に働いて、トラブルを自ら解決することがとうとうできなかった。何か問題が発生したとき、常に周囲の助けがあった。宇宙戦艦しかり、警備隊しかり、住民の方々しかり……。ゾーンアウトしてくじけそうになったときには、心の中に文太郎さんが現れて励ましてくれたりもした。極めつけは最後だ。ゴールへ足を踏み入れることすら自分でできず、結局これも、文字通り地震に尻を叩かれてようやくゴールできたという体たらくだった。旅人として、一人の男として、恥ずかしいと思う……」
それぞれにそれなりのできない理由があったと思いますが、言い訳はしません。それが最後の矜持でありました。
そんな真面目な行くんだったのですが、それを承知してか知らずか――
「アハハッ!」
なにもかも全てを吹っ飛ばす元気な笑い声が後ろに爆発したのでした。
「さっきのこともう忘れちゃったの? “神・文太郎”さんのお言葉よ! モノマネしてあげるから、よく思い出すことね――
『お前は俺の弟子だよナ? いいか、迷わず俺を目標にしろヨ。俺だって、そうだったのだからナ』
――理解した? おばかさん!?」
「――!」
お前は俺の弟子だよな――は、人を気遣う言葉。
見透かしていた文太郎さん。じわっと、来るものが――
顔を上げます。
行は思います。
尊敬する人の世界を旅してみよう。そして、好きな世界を作ってみよう。
世界はあまりにも広く、人こそが神。
人の行為こそが神。
先人の存在こそが光、だったのでしょうか……。
そんな感慨を軽々と吹き払うように、またしても蘭だったのでした。
「――で、さっそくだけど? これからどーするの? 期待を裏切らないでよね!」
「うむ……」
こうまでお膳立てを整えられ、催促までされたら男として、はっきりと態度に示すしかありません。
ちなみにです。今、ぼくらの襟には、例の“校章ピンバッチ”は、ないのですよ。
これはどーゆーことか?(笑)
ぼくらは、ゾーンアウトからの生還という偉業をやり遂げたのです。マジメなこと言えば、半ば国民の義務みたいな事として、体験談を異世界対策委員会に報告した方が、当然いいのです。
ですが、そんなことしてしまえばもう、聴聞、聴聞で、今夏のシーズンは全滅でしょう。
それを見越して文太郎さんが、ぼくらのピンバッチを預かってくれたのでした。つまり報告作業は、文太郎さんに預けたということです。
「これで最低限の義務は果たしたことにして、逃げてしまえ!」とのありがたいお言葉。そしてそのときの文太郎さんのワイルドな笑顔は忘れられません。一生の目標です。ぼくもできるようになりたいと思います。
というわけで、今!
ぼくらは二人とも、なんと監視者ナシの、おお!? 身も心もこんなに軽い、フリーな身分になっていたのでした。
だったら、さぁ、行――!
今度こそ、行――!
「――あのとき、きみは、よく承諾してくれたよね?」
「さて?」
「ほら……ぼくが……思い出を作りたい、と申し出たときさ」
「――」
蘭が真っ赤になるのが、もう見ないでもわかります。
「“アイラビュー”の言葉もまだだったのに」
ここからは規定の路線に従って――(きみがぼくにホレたのさ。ワイルド笑)――自分が主導権を握って会話を進めれば、それで最後までオーケーのはずです。
いえ、はずでした――
このとき行は、まだ蘭の実力を過小評価していたのかもしれません。意表を突かれるほど素早い彼女の反撃を食らって、白旗を揚げるハメになる結果が見えていなかったのです。
「その言葉なら、すでに言ってくれてたじゃない?」
みごとな切り返しでした。
「ぐ――」必死で無言の行です。
「あら? もしかして、誤魔化せていたと思ってたの?」
「う――」
「コオくーーん、コオく~~ん?」
行は両手離しして、降参を表明したのでした。蘭はそれでも許してくれません。
「それで?」
全面降伏を求めてきます。行は言葉にします。
「せっかくここまで来たんです。宮津湾まで、天橋立を観に行きませんか?」
「どうぞ」
本当に降参です。行は顔を真っ赤にしながら付け加えたのです。いくぶんかすれ気味に、しかしはっきりと――
「――異世界の“お月さん”は、“とっても綺麗”だそうですよ」
ツウッ――とケンケン号の蘭が隣に並びます。
「とても楽しみ……」
受け入れてもらえたようです。行のくちびるにも、ほっとしたような柔らかな笑みが戻ります。
そして、結び合う右手と左手。蘭の肌も十分に熱く、弾んでいたのでありました。
神さまは、旅人の願い事を聞いて、無限の中から望みの世界を用意してくれる。つまり、建物全体が貸しきり状態の、二人のためだけの、ロマンチックなホテルが待ってくれているはずです。
残照の海は美しく。
ワープイン。そして――
少年は
少女をうしろから
そっと抱く
(了)