12 浜坂(6)
もう何度目でしょうか、意識を停止させられたのは?
「ガグン……? すみません、もう一回、お聞かせください」
降参する行でした。
いや、これは文太郎の方が説明不足でしょう。そうと自覚した彼は、ポリポリしながら言葉を付け加えたのでした。
「悪い。ええと、だな、解説すると――
まず“ガ軍”というのはだなぁ、あの宇宙戦艦の“敵役”なんだ。ガ軍は地球侵略を目論み、宇宙戦艦はそれを防御するって役回りだ」
顔をまっ赤にさせています。さすがの野獣も、子供のころ夢中になったアニメ作品の解説は、感情をくすぐられるものがあったのでしょう。
「そのガ軍が武器として使用したのが隕石爆弾だったというわけだ」
文太郎は思い出すように一度目をつむります。――開いて。
「俺が富士山の西壁に張り付いてどの位の時が経過したか、標高4km(4000m)に達したある日のことさ――
天の片隅から、大きな隕石が降ってきた。それが、ガ軍の隕石爆弾攻撃だったのだ。
その隕石が、富士山に衝突した――」
文太郎は話を続けます。そして、もう聞くしかないその他の面々でした。
「富士山に衝突して、隕石は爆発消滅。俺はとっさに壁に張り付いて爆風をやり過ごしたが、富士山はダメージを受けた。俺の、ちょうどすぐ上の所から、上へ数百km分、富士山の胴体が、ダルマ落としのコマのように、パコッと、打ち抜かれたのだ」
「――」
「抜かれたコマが、すぐ東隣りに4km落下。ドシンッ! その衝撃で、俺は跳ね飛ばされて、そのすぐ上の、富士山の断面に転がされた」
「――」
「いや、こう言うのも何だが、綺麗な、滑らかな、見事な切り口であったぞい! 不思議な岩質面だった」
「――」
「あとはもう、本能さ!」
「――」
「瞬間、俺は走ってたね! 東端に向かってさ。富士山断面を、走りに走った。生涯通じて、あのときほど命がけのランをしたことなかった。なにしろ直径20km、質量莫大、文字通り、“天”が落ちて来ていたのだから」
「――」
「もとより空気も薄い。クラクラさ。手足がもげそう、肺が焼け切れそうになって。何やってんだ今すぐ引き返せと理性が叫び声あげて。それでも、頭の中に、『進め! 宇宙戦艦』の曲がガンガン鳴り響いてさ。だったらもう、行くしかねぇや。俺りゃあ泣きながら、雄叫びあげながら、走って、歌って、走って、歌って、走って、走って走って、へろんへろんになって東端に到達して、脊髄反射的にハーケン打ち込んで体を確保したときだ。圧縮された空気が爆風となって、“天井”が“床”とピッタリ合体。俺は間一髪間に合ったが、宙に吹き飛ばされ、壁面に叩き付けられ、次いで合体の衝撃でザイルに吊されたままバキバキ振り回された。もうダメかと観念したぞ。で、実際にダメだったのが“隣”だった。高さ数百kmの柱状のコマが地面に落ちたとき、すでに斜めになっていたんだな。かろうじて立っていたが、天地合体の衝撃が地面を伝わって、コマに決定的な一押しを与えた。結果、コマは北東方向、おおよそ日立市の方向に横倒れになってしまった」
(図はイメージ)
「――」
「一度バウンドして、円形の断面が至近に迫った。そしてバウンドのその勢いで、コマは南東方向へ、ゆっくり転がり始めた。いや凄かった。自分の目の前のことなのだ。俺は標高4kmの地点で、直径20kmの円形の岩盤が……。
人間の活動限界としての意味で、大気の有効厚さは6kmだ。航空機でも、その飛行高度は10kmだから、もう人域の範疇を超えて……。
巨大な円形岩盤が、ゆっくりと、ごろり、ごろりと転がるのを目の当たりにしたってわけさ。
あれ、飛び移っていたら、ぐるりと時計回りに、素手で宇宙に行けてたぞ――」
「――」
「もちろんだが、関東平野は全プレスだ。ゆっくり転がってたから、端の方の奴らは避難できたかもしれん。また、薄く伸びてやりすごした奴らもいただろうさ。
だがほとんどの奴らは、“別の選択肢”を、選んだようだったな……」
「――」
「さあ、ごろりごろりと海に出てからは――
地球の自転も加勢したのかもしれん。慣性の勢いも衰えず、ドンドン赤道の方へ転がって行った。頭の中にまた音楽が鳴り響く。今度は『艦隊突撃』だよ。その勇ましい曲に乗って、タンタカタンッタンタカタンッ、ずんずんごろごろと――
ちょうどフィリピン沖でなぁ、中心の風速が秒速300m超の、史上最大最強の凶悪台風が猛烈に暴れまくってたんだが、さすが我らの富士山だ。これをぷちっと踏みつぶして――」
「――」
「南太平洋に至って、ようやっと、バラバラに崩れた。今頃ミクロネシアとマーシャル諸島の連中、領土が増えたと喜んでるぜ」
「――」
「――」
「――」




