12 浜坂(1)
遠峰行と緑原蘭の二人は、新しくできた友人のご家族の助けを借りて、青森空港に移動。昼一番の飛行機に乗ったのでした。
着いた先は鳥取空港です。そこからは自転車にて楽々3時間。国道9号、国道178号と東へ快走し、その地に到着したのでした。
(図はイメージ)
(図はイメージ)
7月28日、日曜日、夕方。
兵庫県日本海、浜坂町。
海近くの白亜の近代ビル、“浜院”――木藤文太郎が入院している病院でした。
お見舞いに訪れる旨は、青森で連絡済みです。パムホを通して一週間ぶりに聞く文太郎の声は、いえお互いにとってでしょう声の交し合いは、まるで数年来の出来事のような、感動を伴うものだったのでした。師匠も直に会って話を聞きたいらしく、歓迎するとのお言葉でした。
最上階、個室――
ノックするとすぐに賑やかな応えがあります。さすがに少し緊張しながら入室すると、そこに、ベットからパジャマの半身を起こした、歓声を上げる満面の笑顔の文太郎と、もう一人、意外な人物が二人を待ち構えていたのでした。でもまずは――
「木藤先生、お元気そうでなによりです」挨拶です。ぺこり。
「よく来てくれたコオ君。この俺の病気は、なんともないときは本当になんともないんだ。暇を持て余していたところさ」と、ウインクします。
勘づいて、
「え、お暇だったのですか?」と、わざとらしい返答です。
「ああ。数時間前まではな」芝居っけタップリに、にやりと文太郎。見守っていた“当人”を苦笑させる、師弟の呼吸の合ったやり取りだったのでした。
意外な人物――
「まず、紹介を済ませてしまおう。お顔はすでにご存じだろうけど、こちらが、吉田花子さん、その人だ。目下この俺の最大のライバルだな。たまたま連絡が取れたんで、面白い話が聞けるぞと、誘ったんだよ」
「吉田です――」鼓膜に染み込むような大人の声。まだ、子供のようにクスクスしています。
怪物・吉田花子でした。
しっとりと腰まで綺麗に伸びた髪の毛がトレードマークです。その黒髪に、桜の花びらのように上品に散りばめた色とりどりのミニミニ・リボンが唯一のアクセサリ。可愛らしく笑う真面目眼鏡の美人でした。今の服装は、まるで高校生のような地味なツーピースです。メディアで見ても、いっつも、飾り気のない質素な衣装をお召しになっているようなのですが、行でさえ勿体ないと思うほど、バストは十二分に太く、ウエストは細く、丸いヒップからズバッと奔放に伸びた長い脚。スタイル抜群な方だったのでした。
後ろから蘭に小突かれます。ほおが赤らんでいたようです。えへん……。
これが、去年。エベレストをやっつけた、御年18歳のお姉さん。これが飛び級で“東大”理学部に既に在籍してるお姫様。そして、ベストセラー連発の愛の詩人。これが――
怪物・吉田花子だったのでした。
一般人にとっては殿上人です。自然と、彼女に向かって低頭します。そして挨拶。直にお会いするのは、これが初めてのこと。緊張と感激でした。
「ありがとう」花子さんは気さくに頷いて、ついで蘭に顔を向けます。
「素敵な湖は、見つけられましたか?」心からの笑顔でした。
再会できるとは全く思っていなかった蘭は、嬉しいサプライズにさっきから感激の顔で、うんうんと何度も頷いています。
「――ええ。それも毎朝!」
みんな笑顔でした。まさかここで“一同”が勢ぞろいすることになるとは思ってもおらず、これは素晴らしい文太郎の演出だったのです。




