1 茅ヶ崎(1)
(図はイメージ。撮影:2014年4月。曇り。茅ヶ崎市のシンボル、烏帽子岩を臨む。)
音が横一列となって、のどかに打ち寄せてくるのでした。波は薄く、光を散りばめながら渚に広がり、砂粒の擦れあうかすかな音をさせて引いていきます。
遠く、青く霞む太平洋。烏帽子の岩影のほか、船影も、人影もなく。
遙かな星の昔から、生命など何一つ存在していなかった、と言うかのごとく――
波は繰り返し、戯れるように打ち寄せて、そ知らぬふうに引いていくのでした。
7月20日、土曜日、昼下がり。茅ヶ崎市。
白く日に焼かれたコンクリ塀が、海に挑むように、旧海岸道に沿って延びていました。その塀の、ゲートに続く一角に、少年がただ一人、海に向かって腰掛けていたのでした。
へそを見せた白麻の開襟シャツ、青麻のハーフズボン。すらりと伸びた足の先に黄色のサンダルつっかけて。腕は細く、肌の色は白っぽい。
シャツの襟には、身分を公的に示す、銀色の小さな校章のピンバッチが留められています。中学生です。地元茅ヶ崎乃中学校、“茅中”は、今日から夏休みなのでした。
肩まで伸びた黒い髪の毛は柔らかく潮風に掻き混ぜられ、少年は気だるそうに首を振る。前髪が長い睫にかかり、目を瞬く。瞳は菫色に透明に、しかしぼんやりと、暑い空気を見つめている。午前のうちに今日の分の課題は済ませた。この調子だと、このさき一週間ですべて終わらせられるだろう。その後は――
「ぼくは、何をしたらいいのでしょう」
かすれ気味に、少年は口に出してそう言い、ついでほろ苦く笑ったのでした。
来年は三年生であり受験生です。今のうちから図書館に通うのもアリでしょう。
反面、心置きなく遊び興じることのできる最後の期間であることも自身、よく承知しており、さりとてどう遊んだらよいのか分からぬ自分に、“湘南の海”を眺めながら軽く呆れていたり、していたのでした。
もちろん希望はあります。ロングバケーションを利して、やってみたいことがちゃんとあったのです。空を見て、またしても薄い唇を開いて、少年はハスキーボイスにその言霊を託してみたのでした。
「旅してみたい」
無理でした。
いくらなんでも、その歳ではまだ幼い。旅は危険であり万一の時どうするのだ、と戒められるでしょうし、事実すでにそう諭されもしていたのでした。
「……」
少年はまた、瞳を浜に戻します。
と――