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黒き太陽と赤き月

作者: 夜雨見

彼女の人生はここから始まったと言えます。

人が生きる意味。生きる理由。


それ無しでも人は存在できます。


でも、それは悲しい事なのでは無いのでしょうか。

 空には暗雲がただよい、雨足が近そうな、そんな日だった。

 私は盗みの常習犯。職を手に入れられる年でも無く、お金や食料に困っていたから、日課の様に盗みを働いていた。

 そして私は家を持っていない。小さい頃、両親からの虐待を受け最終的にここ、ヴァビルの「第四地区」に放り捨てられた。そう、暴力と悪事が日常である、ここに。

 生きる為に、必死に腕を磨き。盗み奪って。虚無感が心の傷を見えなくする様、扉を閉じた。そこからはもう心は痛まなかった。

 そんな経緯があって今日が訪れた。

 財布を奪った相手が大きな暴力団だったみたいで、朝から夕方の今まで追っかけ回されている。人数は朝の時からずっと増え続けていた。どうやら諦める気は無いらしい。

 拳が痛い……さっきので捻挫したみたいだ。走り回って足がパンパン。もう疲れた……。

 そんな時だった。運命にであったのは。


 私はこの刻を忘れない。


 黒いロングコートの背の高い魔人が通りかかったのだ。人間とは思えない異質の雰囲気が辺りを包み込む。私は彼から目が離せなかった。心が高鳴って仕方が無い……。

 そして彼が私を見た。その時に私は彼から目を放せなかった理由を悟る。

 同じ眼をしているのだ。私と同じ、閉じた目を……。

 怒号が聞こえた。暴力団の人間に見つかったのだ。私は闘う為に立ち上がる。その時魔人の青年は驚くべき行動をとった。

 私と暴力団の間に立ち塞がったのだ。

 そして彼は口を開く。

「……何してんだお前ら」

「ガキには関係ねぇ! すっこんでろ!!」

 暴力団員達が魔人の青年に群がる。危ない……!

 彼の実力を知ったのはこの時が初めてだった。

 黒い後ろ姿がブレて、次の一瞬にして暴力団員達が崩れ落ちる。拳が見えなかった。いや、姿さえ見えなかったのだ。

 彼は唖然とした私の所に来て手を引っ張ると言った。

「ここは危ない……行くぞ」

「…どこに?」

「…わからん」

 そして歩き始めた。今はもう手を放していたが、先程手の触れた場所が妙にアツい。私……どうしちゃったんだろうか。

 そんな事を悶々と考えていると暴力団の新たな一団が現れた。その手には剣やらこん棒などの凶器が握られているのが見える。

 この「第四地区」において殺人などもはや日常茶飯事と言っても過言ではない。私の捕縛など諦め、本気で殺しにきた暴漢達には一種の同感さえ覚えて来る。陰謀、殺人、強盗の充満する世界の人種。

 生きる為には仕方が無い事なのだ。ここでは。

 私が身構えると、彼は言った。

「女の子が自分から戦おうなんて考えんな」

「でも……!」

「大丈夫だ。俺がお前を守る」

 その言葉に赤面すると同時に、異常に力強いモノを感じた。

 偽りを含まない、真実を具現した響き。だからこそこれ程までに安心感が身を包むのだ。

 そこで私は彼を見て驚いた。迫り来る巨漢達を次々と相手しながらも、その顔は倦怠感で曇っていた。敵を敵だと思わず、まるで道端に転がる小石を気まぐれで蹴り付ける、そんな感じだ。そして閉じた目も未だ変わらず。

 いよいよ本気でこの人が何者なのか知りたくなってくる。

 全員を片づけ終わって、再び歩き出す。そこで私は尋ねた。

「ねぇ……こんなとこで何してたの?」

「いや…ちょっと、な」

 言葉を濁す彼。普段あまり喋らない私なのだが、今は言葉が次々と溢れて来る。これも全部このヘンな気持のせいだと思った。

「……言いなさいよ」

「…断る」

「言わないと私、ここから動かないから」

「マジか…。仕方ないな…」

 また黙りこくる彼をちょっと強めに催促する。辛気臭いったらありゃしないわ。

「……早く言って」

「…迷った……道に」

 声を上げて笑う私。そして驚いて笑うのを止めた。おかしくて笑ったのここに来て一度も無かった事だから。

 私の些細な変化に彼が気付く。

「…どうした?」

「いや…別に何でも」

「言えよ」

「嫌」

「言わないと……別にどうもしないがな」

…本当に面白い人……。バクバクと止まらない心の高鳴りが更にヒートアップする。知りたい…もっとこの人を……。

気づくと人々の起こす雑多な音が聞こえて来る。どうやら人通りの良い場所が近いようだ。

二人は歩調を速める。そこで声がした。

「待ちなサーい。諸君」

 黒いスーツを着た礎人の男だった。変なアクセントから育ちは礎人の国だという事がわかる。筋張った頬にひょろりとした体格。見た目だけなら何ともひ弱そうなその容姿だが、何か恐ろしい力を感じる。

 とたんに悪寒が走った。この人はダメだ…早く逃げなきゃ……。

しかしその思いに反して、魔人の青年は口を開く。

「…誰だ」

「私シの名はケンゾウ。見ての通り礎人でアール」

「そうか…悪いが邪魔だ」

「そこの女ガね! 邪魔ナんだよ。ウチの団員が何度もコの地区で被害にアっている」

「それは悪かった。後で注意しとく」

「私シが出たからにはもう次は無いのダヨ!」

 魔法詠唱。召喚「キメラ」魔法の中でも最も至難である「召喚」。中くらいの大きさの魔法陣が現れ、その中心から法外の生物が出現した。

 紫色の肢体と、大きさも色も異なった腕が四本。そして背中からは束になった鋭い触手が数十本も蠢いていた。全体的に体毛が少ない体に対して、両足は黒い剛毛で覆われている。……キメラはあらゆる死肉から進化を続ける最凶の生物なのだ。その能力(スペック)は他の大型モンスターを軽く凌駕する。

 どうやら私達の運も尽きたらしい。いや…彼にだけでも逃げて貰おう。

「ねぇ…! 私が時間を稼ぐから…あんたは逃げて…!」

「お前は見てろ」

「はぁ…!? 何言ってるのよ…!」

「忘れたか。何があってもお前は、俺が守る」

「…っ!?」

 で、でも…! 私は恥ずかしさに赤くなる。しかし彼を巻き込ませる訳にはいかない。彼は全く関係ないのだ。

口を開きかけたがケンゾウに遮られる。

「過去に役立タず同然だト言われテイタ君も、征服者の学びを受けテ少しは変わっタみたいではアルが……」

「………」

 え……。役立たず…? 征服者…?

「私シが製造途中のコのキメラの生贄となっテモラおう!! そして…死ネ!!」

 ケンゾウの声が合図にキメラが吼え、伸縮自在の手を伸ばして来た。

 超高速で迫るそれに、両足が動かない。もうダメだと思った瞬間、

 ……風が吹いた。魔人の青年が武器を召喚したのだ。不思議な形状をしているその四本の刃は、なぜか私に風を連想させる。

 ……彼が動いた気配がした。実際には彼の姿は見えなく、気配に気付くだけで精いっぱいだった。

 刹那。迫る手を斬り落とし、次の瞬間、キメラの頭上に現れそして……両断した。

 それはあまりに速く、斬られたキメラはその直後から動かない。

 彼はゆっくりと降り立つ。

「……何か言ったか?」

 瞬殺……だ。

 違法と認定される程の魔獣を彼は瞬殺したのだ。

「う、嘘でしょ…?」

 これは夢……?いや違う。間違いなく現実だった。

 ふと気付きケンゾウを見ると、やはり膝をついて唖然としていた。理解が追いつかないのだろう。

 斬られたキメラが崩れる音で、ケンゾウも意識を取り戻す。

「はは…、これはどう言った冗談なのダね?」

「さっさとお家へ帰れ。その才能をムダにするな」

 ケンゾウは立ち上がると魔人の青年に殴りかかった。

「こんナ事が……こんナ事があってタマるかホォォォォォォ!!!」

「あっち行け」そして張り飛ばされた。

 気絶して無様に倒れるケンゾウを道の隅に押しやると、彼はへたり込んだ私に手を差し伸べ、言った。

「さぁ、行くぞ」



 それから私達は町の人々に道を聞き、ついに到着した。

<マオウ・キャッスル>に。

「…えっ……え~!? あんたって次期魔王だったの!?」

「ああ。……継ぐ気は無いがな」

 ケンゾウが彼を知っていたのにも納得がいく。

「……名前は?」

「…ラスネイド。ラスネイド・メルフ」

「…うん。やっぱり聞いたことある…。私は…ユニ」

「ユニ……か。これからどうするつもりだ?」

「どうするって……」

 私はまた前の生活に戻らなければならない。魔界の治安状況がこうであるのは魔王の責任ではあるが、今のラスネイドには関係ないのだ。

 私の身なりやケンゾウの言葉から、私が常日頃どういった生活を行っているかはすでに検討がついているだろう。心の中のこのヘンな気持が相乗して、感情があふれ始める。

 もうラスネイドの顔さえ見られない。

「あんたには関係ないでしょ……。いきなり現れて、色々手を出して……何がしたいのよ……」

「関係あるからな……助けただけだ」

「……どんな関係…?」

「…手ぇ握った」

「そんなの関係した内に入らないわよ!!」

 気付いたら怒鳴っていた。アツい感情が胸の内をグルグル渦巻き始める、涙が……止まらない。

 今まで経験したありとあらゆる辛く苦しい事が想灯馬の様に甦った。両親にゴミ同様扱われ、捨てられた事。顔の怖い男に腹を殴られ嘔吐(えず)いた事。一瞬の気の迷いから自分の将来を考えてしまい、絶望に涙を流したこと。

 ユニは知らなかった。閉じた心が様々な感情により、再びまた扉を開こうとしている事に。

 しかし混沌と化した記憶に、ユニの心は潰れかける。虚無と言う名の支えを失った心は脆く、儚かった。絶望に曇った眼はもう、何も見えない。

「死にたいよ…!」

 その時……

 ユニの頭に乗っかるものがあり、それがユニの綺麗な紅い髪を撫でた。

 数秒後、ラスネイドが私の頭を撫でたのだと理解した。彼の手の触れた場所がゆっくりと温まる。

「……未来はゴミ屑にも、無限の可能性にさえもなりえる本当に大切なものだ。だから自分から未来を摘み取るような事だけは絶対にやめろ……」

 この出来事は、記憶の本流を緩やかなものにし、混沌を整理した。全てが静まってゆく……

 同時に悟る。この心に溢れ出した温かくも優しく、幸せな気持ちの何たるかを。

 ユニは想った。この人ならきっと……。

 私は彼を強く抱き締め、そして…空が晴れた。




                              END


   Plus Episode


 新しい服。新しい仕事。……新しい髪型。気に入ってくれるかなぁ。

 

 私はうきうきした気分でそこに向かう。

 

 彼のところに。

 

 大きい扉の前で大きく息を吸い……

 

 吹き飛ばした



「ラスネ様ぁ!! 朝ですよーぉ!!!」


                          The END

めでたしめでたし

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