自由の空
「おやすみなさい、お嬢様」
寝たふりをしていたら、ばあやが部屋から出て行った。
そろりそろりベッドから降りて、パジャマのまんまテラスに出る。
門の向こう側に馬車が見えた。
お母様は今日もパーティにお出かけ。
馬が駆けていくのをぼうっと眺めていたら、流れ星を見つけた。
キラキラ、キラキラ、すー。
お願い事しなきゃって考えてたら、流れ星がベランダに落ちてきた。
「やぁ、こんばんは」
流れ星は、黒いマントをヒラヒラをさせて、真っ赤な宝石のついた杖をフリフリしたお兄さんだった。
「あなた、流れ星で魔法使いの王子様ね!」
どーんと飛びついたらお星様がよろけちゃった。
「お転婆なお姫様だね」
お星様はしりもちをついたまま、クスリと笑って抱きしめてくれた。
その腕の中は暖かでとっても気持ちが良くて、わたしは大きな胸にそっと顔を埋めたの。
そしたら、トクン、トクンって生きている音がした。
流れ星なのに、不思議だわ。
きっと魔法ね。
だからわたしはお星様を見上げてお願いをした。
「お星様、お願い。
わたしをお空に連れて行って」
「おやおや、お姫様はもう寝る時間だよ―――ああ、そんな顔をしないで。
そうだ、代わりにちょっとだけ良い夢を見させてあげるよ」
お星様が魔法の杖を振ると、わたしの部屋の中がぱぁっと明るくなった。
おもちゃ箱から飛び出したお人形やテディベアや木馬たち。
「わぁっ、すごい……」
おもちゃ達は、わたしに向かって優雅にお辞儀した。
すると、どこからか聴こえてきたワルツに合わせてダンスをはじめたの。
「どう? 気に入ってくれた?」
「もちろん!」
「では僕と一曲お願いします、お姫様?」
お星様はわたしの手を取る。
うっとりするような流れるステップ。
「魔法だけじゃなくてダンスも上手なのね」
「光栄です」
長いブロンドの髪を揺らしながら微笑むお星様はステキ過ぎて目眩がしそう。
ああ、どうか夢ではありませんように!
「まあ、お嬢様! どうしてソファなどで寝てらっしゃるのです?」
朝、ビックリした顔のばあやに起こされた。
ええと……そう。
昨晩はお星様と踊って疲れて、そのまま寝ちゃったんだわ。
ぼうっとしてたら、ばあやに身支度を急かされちゃった。
それからダンスの授業があった。
「お嬢様、急に上達なさいましたね。
こっそり練習なさいましたか?」
先生が褒めてくれた。
だからわたしはピカピカに磨かれたダンスホールの床を見ながらコクリと頷いたわ。
ダンスのレッスンが終わって部屋に戻ると、お母様がいらっしゃった。
お母様は大きな声で何か一生懸命仰っていたけど、わたしはばかだから、よく分からなかった。
だからわたしは部屋に飾られた真っ赤な一輪のバラをじっと見つめて黙っていたの。
その晩、ベッドの中で寝返りを繰り返していたらテラスからカタカタと音がした。
「やぁ、こんばんは」
「お星様! 今日も来てくれたの?」
嬉しくて飛びつくと、やっぱりお星様はよろけてしりもちをついた。
そのままわたしの髪の毛を一房手にとって、目を細めてる。
そして羽のようにふんわりと頬に触れたの。
壊れ物に触れるように。
「君はこんなに素直で可愛いのに…………」
わたしはばかだから、よく分からなかった。
だからわたしはお星様の腕の中で、澄んだ空色の瞳をじっと見つめて黙っていたの。
そしたら何故か涙がポロポロ流れて止まらなくなった。
「ごめんなさい。お星様の綺麗な服が汚れちゃうわ」
慌てて身体を離そうとしたのに、お星様はわたしを包む腕を強くした。
「いいよ。泣きたいだけ泣いてごらん」
とっても温かな声。
お星様があんまり優しすぎるから、ますます涙が溢れて止まらなくなっちゃった。
きっと魔法ね。
だからわたしはお星様を見上げてお願いをした。
「お星様、お願い。
わたしをお空に連れて行って」
「連れて行こう、僕のお姫様。
だから、もう苦しまないで」
お星様は頬を伝う涙に口付けて、わたしを抱き上げて飛び出した。
幾千幾万の星が瞬く、大きな大きな夜空に向かって。
最後までご覧頂きまして、ありがとうございました。
少々重いテーマで書きましたが、敢えてそれとない描写に留めてありますのでご想像にお任せいたします。