8話「宇宙人の食卓」
「いはいいはいっへ!やふぇろ!」
「くちごたえするんじゃないわよ、変態」
レナといちゃいちゃしたのが癪にさわったのか、ヤコが不機嫌だ。俺の顔をいじってくる。モテる男はつらいね。ちょっと、目はやめろ!
フル幼女装備は通常時の1.5倍目立つ。その衆目に冷や汗をかきつつ、街の外壁の内側で、通り抜けるのにちょうどよさそうな場所を探していた。売地になっているだれも住んでいない古い物件を見つけた。壁沿いに建てられていて、裏手に回り込むと外壁との間にせまい隙間がある。ここなら通り抜けても人目につかない。
念のため、ホールをちょっとだけ開けて塀の外を確認する。外にだれもいないことを確かめてから穴をくぐった。今はもう夜に差し掛かっている。辺りは大分暗く、紫色の空に星が瞬き始めていた。
俺たちには金がない。したがって宿も取れない。だが、シップがあるのでなんとか野宿だけは免れることができる。こんな幼女たちを野宿させることなんてできないからな。
「なあ、ワームホールの中にシップを保管しているんだろ?だったら、わざわざ街の外に出なくても、ホールに直接入ってその中で一泊すればいいんじゃないのか?」
ワームホールはいつでもどこでも開くことができて、中は四次元空間になっている。その中に俺たちが入り込んで、シップに乗り込めば済むではないか。
「ホールの中は宇宙空間と同じ環境になっているのよ。真空状態だから呼吸ができないわ」
シップの機能が停止していて機内の空気も確保できていないので一度、外に出す必要があるという。
俺たちは街の郊外まで歩き、人気のない林に入った。そこでヤコがワームホールを開き、シップを取り出す。
「あたしはこれから予備バッテリーを使ってシップを起動させるわ。一時間くらいかかると思うから、その間モンスターが来ないか見張ってなさい」
認識疎外エリアフィールド(ステルスの進化番みたいなやつ)を作ってこの場所にとどまるより、シップに空気を圧縮してため込んだ後、またワームホールの中に入れなおした方がコストがかからないらしい。エネルギーが残り少ないので、なるべく節約したほうがいいだろう。
「首輪ですなのー」
「どうしたんだ、レナ?」
レナは俺の奴隷の首輪が気になるようだ。この首輪、首の後ろのところに指紋認証と暗証番号のロックという無駄に高性能なセキュリティがかかっており、自分でははずすことができない。レナにかがんで見せてやると、首輪をはずしてシップの中に持って行った。何がしたかったのだろう。
ヤコとレナが行ってしまったので、俺とオヤツが残される。戦闘面に関してはオヤツがいれば問題ない。俺はオヤツのストッパー役に努めよう。幼女に守られる俺ェ。
「キクタくん」
「ん?なんだ、オヤツ」
「私ね、並行宇宙旅行トラブルってこれが初めてだから、ものすごく不安だったんだ。もしかしたら、もうおうちに帰れないんじゃないかって……」
「……」
オヤツの不安はもっともだ。俺だって怖い。でも、今はなんとなく、何とかなりそうな気がしている。それは多分、この宇宙人たちのおかげだ。まあ、こいつらが原因でトリップしてしまったわけだが、不思議なことに憎めない。
「でもね、ヤコちゃんとレナちゃんと、キクタくんがいてくれるから、がんばれる気がするんだ」
「そうか。安心しろ、俺が頑張ってお前らを元の世界に返してやるよ」
「ふふっ、ありがとう!」
オヤツも俺と同じ気持ちなんだろう。異世界に地球人一人と宇宙人三人、協力してこの苦境を乗り越えようじゃないか。楽しいこともたくさんあるはずだ。なんたってここは異世界なんだからな。
俺はこれでも面倒見のよさなら人一倍と自負する男だ。誘拐されただの巻き込まれただのと、そんな女々しいことをいつまでもチクチクあげつらうのはもうやめだ。まだ一日の付き合いでしかないが、こいつらは俺にとって妹も同然。時間なんて関係ねえ。兄貴としてでっかく守ってやるのが、男ってもんじゃねえか。
そうやって俺自身、こいつらに救われるのかもな。
* * *
「じゃあ、準備できたからホールに落とすわよ」
しばらく見張りをしていたが、モンスターが現れる様子がないのでオヤツとあっちむいてホイをして遊んでいた。結果は俺の圧勝。オヤツは動く物につい反応してしまうワンコだということがわかった。負けてもシッポを振って喜んでいたのでかわいかった。
ヤコがシップの調整を終えたようで、今からホール内の四次元空間にシップを移動させるようだ。俺とオヤツがシップに乗り込むと、がくんと揺れが起こって静かになる。シップには窓がないので外の様子はわからないが、すでにホール内に入っているのだろう。照明がついているので室内は明るい。
シップの中は二部屋しかない。ひとつは操縦室。もうひとつは実験室。操縦室は座席分のスペースでほとんど埋まっているので、実験室にみんな集まった。ヤコがクーラーボックスのようなものを持ってくる。
「一息ついたことだし、食事にしましょ。非常食を積んで置いてよかったわ」
ボックスを開けると入っていたのは、ポテトチップス、クッキー、菓子パン、せんべい……
「お菓子ばっかりじゃねえか」
「これがメガスイーツ星の主食なのよ。文句言うのなら食べなくていいわ」
こいつらの母星の名前がついに発覚、メガスイーツ星。そんな名前の星の住人に地球は侵略されようとしていたのか。笑えねえ。
手術台の上にお菓子を並べられる。不健康だな。いや、こいつらにとってはこれが普通の食事なのか。このお菓子、普通に地球で売られているものに見えるが、実はメガスイーツ星産らしい。よく見ると、パッケージには宇宙語のロゴが書いてある。ダイオカシスキン成分が含まれているそうだ。
「ヤコちゃん、そのクリームパン、私にも半分ちょうだいっ!」
「だーめ、これはあたしのよ」
「いいじゃん!はんぶんちょうだいよー!」
「せんべい食えですなのー」
楽しんで食べてるからいいか。でも、お金が手に入ったらもっとうまい飯を食わせてやりたい。
俺も腹が減ったので胃の中に何か入れておきたいところだ。明日は今日よりハードな一日になりそうな予感がするし。疲れを取るためにもとっとと食って寝よう。
しかし、菓子なんてそんなにたくさん食えるもんじゃない。チョコレートを少し食べたが甘ったるくてしかたがない。代わりにポテチを食べたら喉が渇いてきた。
「なあ、飲み物ないか?」
「あるよ。なに飲む?コーラ、ファンタ、ヤクルトもあるよ!」
「……お茶とかないのか?それかコーヒー」
「えー、お茶?かわったチョイスだね。甘茶があるよ。コーヒーならカフェオレがあったと思うけど……」
なんで全部甘くしたいんだよ。胸やけするだろうが。逆に喉が渇きそうだ。
「俺は砂糖が入っていない飲み物がほしいんだが」
そういうと、オヤツとヤコは信じられないものでも見たかのよう顔になる。レナはせんべいをばりばり食べている。
「あんた、随分おとなぶるのね。メガスイーツ星では、未成年は砂糖が入ってない苦い系の飲料を飲んではいけないのよ」
「法律で決まってるの」
「どんな法律だ!規制する意味がわからない!?」
「ちなみにコーヒーで許される苦さは微糖まで。無糖コーヒーは劇薬指定よ」
砂糖中毒かコイツら。ダイオカシスキンってもしかして、砂糖のことなんじゃないのか。
「でも、しょっぱい系のお菓子ならお前らも食べてるだろ。ポテチとかせんべいとか砂糖入ってないぞ」
「せんべいですのー!」
「それはお菓子だからいいのよ。でもお茶とかコーヒーはスイーツじゃないからダメ」
こいつらの味覚の基準がわからん。激辛スナックは大丈夫なのだろうか?
* * *
俺の口に執拗にせんべいを押し付けてくるレナの猛攻を回避して食事は終了した。後は寝るだけだ。
「そういや、お前らハブラシ持ってるか?歯磨きしたいんだが」
俺がそういうと、またしても信じられないものをみるような顔になる幼女たち。
「まさか地球人がこれほどまでにマゾヒスティックな生命体だとは知らなかったわ。自ら“歯磨き”をしたいだなんてね」
「き、キクタくん!はやまっちゃダメだよ!考え直して!」
「で、ですなのー!」
え、ただの歯磨きだろ。歯磨きにどんな宇宙的意味があるんだよ。
「どうしたんだ、寝る前に歯磨きするのは当然だろ」
「な、なんておそろしいことを平然と口にするの……これほどまでに地球人に恐怖を抱いたことはかつてないわ」
「おかしいぞお前ら。宇宙人は歯磨きしないのか?まあ、これだけの科学技術があれば虫歯になんてかからないか」
虫歯菌も消毒するような薬があるのだろうか。それとも虫歯の超再石灰化治療法とか、インプラントよりも高性能な差し歯とか。
「キクタくん、メガスイーツ星人の病気による死因のトップは虫歯なんだよ。二位は糖尿病、三位は急性砂糖中毒」
なんで並行宇宙旅行ができて、虫歯治療ができないんだよ。おかしいだろ宇宙人の科学技術。
「だったら余計に歯磨きしないとダメだろ。こんだけ甘い物食べて、歯磨きもせずに寝たら虫歯になるぞ」
幼女三人は汗をだらだら流しながら黙りこむ。歯磨きをしないと虫歯にかかるという常識は知っているようだな。歯磨きするのは嫌だ、でも虫歯になるのはもっと嫌だというような表情。
俺はハブラシを用意するよう、宇宙人たちに命令した。