6話「さらに異世界のしくみ」
「なるほど、つまり盗品はその場で魔力を失ってしまうというわけね」
なにがつまりなのかわからないよ。レナがわけのわからん専門的な用語を使って説明したため、俺はおいてけぼりだ。
「えーと、要するに盗みをすると神様が怒って、その盗品から魔力を奪ってしまうというわけか?」
「そんなややこしく考えなくていいわ。盗む→魔力消失という単純なプログラムよ。あんたが思っているような神がいるわけじゃないわ」
「まてよ、プログラムってなんだ?」
「超高度現象界環境情報操作システムに類似したパターンが検出されましたですのー。不完全上位次元宇宙からこの多元宇宙の法則が管理者によって設定されていますのー」
「その正義神アスタって奴が管理者なわけ?」
「違うですなのー。このプログラムはこの宇宙時間で一〇〇〇〇〇〇〇〇年ほど更新されていないですのー。管理者からのアクセスもありませんですのー」
「アスタは単なるラベルね。管理者がいないのなら気が楽だわ。一応、多元宇宙管理条約で、環境情報操作による攻撃は禁止されているとは言っても、何をされるかわかったもんじゃないからね。まあ、こんな時代遅れのプログラムじゃ、どの道あたしたちには傷一つつけられないでしょうけど」
つ、ついていけねえ。これが本当の宇宙語か。あれ、でもなんだかオヤツの様子が変だぞ?
「うううーっ!」
「どうした、オヤツ!」
「あ、頭が痛いの……レナちゃんとヤコちゃんのお話が難しすぎて、あたまがいたいのーっ!」
「しっかりしろ、オヤツ!大丈夫だ、俺にもわからん」
「そうなの?私たち仲間だね!」
「ああ、そうともオヤツ!」
「キクタくん!」
俺たちはがっしりと強く抱き合う。オヤツ、お前は一人じゃない。俺がついているぞ!
「それにしても、そのプログラムとか何とかって、まるでこの世界がコンピュータで管理されているみたいな言い方だな。俺が見た感じ、まるっきりゲームっぽい世界だし、こんな異世界に偶然にもトリップするなんてなんだかご都合主義のような気がしないか?」
「ゲーム?あんたが何のことを言っているのかわからないけど、多元宇宙の存在は観測者から見て偏在するのよ。多元宇宙旅行をすると言っても、無作為にすべての宇宙に行ける可能性が選べるわけではないわ。時間軸の変化の上で微小に交錯する近似多元宇宙の域を超えるとしても、あたしたちの認識の限界ってものが存在する。宇宙を認識しうるということはその認識のあらゆる可能性の有無を決定する視点・基点が生じることになり、確かにすべての宇宙は限定され、どこかで完結することになるけれど、その中に無限の宇宙が存在するという矛盾は常に想定すべきね。宇宙を認識できるということは、すなわちあたしたちの中に基点がどこにあるか識別し、あらゆる可能性の中から現実を取捨選択するという超越的感覚があるということよ。ただ、それはアプリオリな認識に限定されるにとどまり、通常では論理的に理解することができない。でも、厳然たる事実として宇宙は存在しているわけで、そうなるとあたしたちはその宇宙の中での認識のアナロジーが通用する範疇でしか宇宙を認識できないのよ。それさえも宇宙という形で無限の存在を内包しているわけだから、その中に矛盾が発生してしまう。つまり、逆に考えればあたしたちの認識はその矛盾を何らかの形で合理化して有限と無限の狭間に存在する宇宙を整合化させているのよ。だけど、いくらなんでも基点に近い宇宙を論理的に認識することは無理。すべての可能性を包括すると言うことは、あらゆる矛盾する事象もひっくるめて存在する宇宙が成立するということだから、現象界のアナロジーが認識されている状態の観測者には到底理解することができない。多元宇宙旅行をする者にとって、自身のアナロジーを超えた宇宙に移動してしまうことは死よりも恐ろしい恐怖なのよ。まあ、シップにはそんなことにならないように、ちゃんと安全装置がついているんだけどね。そういうわけで、あたしたちがこうして普通に生きていられて、なんとなくこの世界が自分たちの居た世界と似ているなあって、感じることは必然なのよ。別にこの程度のアナロジーが発生することは珍しいことじゃないわ。わかった?」
「ぐはあっ!」
菊田の脳みそは100のダメージを受けた。菊田は瀕死だ。
「うぐえっ!」
オヤツの脳みそは500のダメージを受けた。オヤツは死んだ。
「もうやめろよ!オヤツが……オヤツがこんなになっちまったじゃねえか!」
「あ……あ……」
きっとオヤツの頭脳はヤコの話を聞こうとした結果、オーバーヒートしてしまったのだろう。白目をむいて、びくんっびくんっ!と痙攣している。
「ふん、地球人にはちょっと難しすぎたかしら?」
「宇宙人でも理解できない奴が、約一名ここにいるわけだが」
しかし倒れこんだオヤツのことが心配だ。ここは人目につくし、場所を移して介抱してやった方がいいだろうと思っていると、こちらに一人の男が近づいてきた。
「fnwseubiou,quiwhieaoxya!」
突然、浴びせられる声。その男の体格は筋骨隆々としていた。鍛え上げられた筋肉を惜しげもなく披露するその野郎の頭には、まったく似合わないことにケモミミが生えていた。
いきなりの展開に思わずぽかんとしてしまう俺。
「な、なあ、レナ、通訳してくれないか?」
「ですなのー」
その獣人は、こちらに大声をあげて怒鳴っている。今にもつかみかかりそうな勢いだ。その表情から見て怒っているのだとわかるが、こちらは何かした覚えはないので対応に困る。レナに話を聞いてみた。
「キミィ!いったいこれはどういうことでござるか!このように可憐で幼い獣人のおにゃのこたちに、なんて格好をさせている!ハァハァ!うらやまけしからん!と言っていますのー」
「……」
さて、どこから突っ込めばいいのか。いや、もはや何も言うまい。スルーだスルー。
宇宙人たちの見た目はこの世界の獣人にそっくりである。ケモミミにケモシッポ。そして、問題なのがスクール水着だ。門の前でマルクさんに指摘されたように、どうもこの格好は破廉恥に見えるらしく、街中でそんな身なりをさせられていることは不自然だろう。結果的に身分の低い者、奴隷が主人にいやらしいことをされているように見られてもおかしくはないのだ。
この男の獣人は、おそらくうちの幼女たちを見て、同族の子どもがそんなエロい格好をさせられていることが許せなかった、ということではないだろうか。まさか変態紳士ではあるまい。ないよね?
「しかもそっちの子は体中、粘液でべとべとにされて白目をむいて気絶しているっ!なんといやらしいアヘ顔でござるか!幼いつぼみは花開くまで静かに見守り愛でるもの。それを欲望の赴くままに蹂躙するとは、貴様、紳士の風上にも置けぬっ!と言っていますのー」
「いえ!これはあなたの想像しているようなことでは……」
今のオヤツは、さっきのヤコの知的攻撃で頭がやられて失神している。しかも、スライムの粘液で体がべちょべちょ。この状況、まるで俺がオヤツ相手にハッスルしたみたいじゃねえか!いくらなんでも俺はそこまで獣じゃないよ!
「な、なんだと!?こいつらは俺の性奴隷だから何をしようがお前には関係ない、俺の(自主規制)でもっと(自主規制)して、たっぷりと(自主規制)してやる、いっひっひ、だとううう!!この鬼畜めが!と言っていますのー」
「レナさん!?お前どんな通訳してんだよ!?」
そんなことは一言も言ってない!ただでさえヤバイ状況なのに、相手を誤解させるような発言を……!
「絶対に許さん。貴様のような幼女の敵は滅ぶが世のためでござる。拙者のライジング雷ねこパンチで引導を渡してくれようぞ。そして、この幼女たちは拙者がもらうっ!と言っていますのー」
「ちょ、よ、よく話し合おう!あなたと俺との間には意見の相違がぐぼはあああああっ!!」
丸太のような腕が薙ぎ払われ、拳が俺の顔面に突き刺さる。この世の物とは思えないほどの衝撃で、俺はその一瞬だけ空を飛べた気がした。そして次の瞬間には固い地面と熱烈なキッスをするはめに。言わずもがな、超痛い。軽く痛覚が麻痺してその後ぶり返しが来るくらい痛い。よく気絶しなかったな俺。
くそ、ヤコの奴、俺の姿見て笑ってやがる!
「この程度で済むと思わないことでござる。貴様が犯した罪はあまりにも深い。拙者がその性根を叩きなおしてやるでござる。と言っていますのー」
マジですか。だれか止めてよ。俺死んじゃう。←菊田、辞世の句。
しかし、俺の心のSOSを聞きつけたのか、オヤツが目を覚ましてくれた。
「うーん、あれ?おはようキクタくん、って、その顔どうしたの!?」
顔面を殴られたせいで、口の中が切れて血を吐いている。鼻血のおまけつきだ。オヤツは驚いて俺に問いただす。俺は、獣人を指差して「あいつが……」と言うことしかできない。
オヤツは俺の言葉を聞くと、がらりと雰囲気が変わった。すっくと立ち上がり、俺を守るように獣人の前に立ちはだかる。
「そっか、あいつがキクタくんをいじめたんだね……」
「ま、まて、オヤツ……!」
オヤツから尋常ではない殺気があふれ出している。獣人もその気迫に思わずたじろぐ。オヤツ、そんなに怒らなくていいんだ。ちょっとその人の誤解を解いてくれれば、それで十分だから!ああっ!オヤツの手と足に光り輝くオーラが見えるっ!
「おらあああああ!!」
「やめろおおおお!!」
グシャ!