3話「未知との遭遇」
目の前に現れたゼリー状の物体。わらび餅のようなぷるぷるの半透明。それは俺たちに向かって襲いかかってくる。
「うおおお!な、なんだこれはああ!」
「やだっ!きもいっ!はやく何とかしなさいよ!」
「お、落ちつこうよみんな!」
「ですなのー」
それは未知との遭遇だった。宇宙人以上の。
* * *
「見て、こっちに道があるよ」
オヤツが草原にある道を見つけてくれた。舗装はされていないが、獣道という感じではなかった。道があるということは人が住んでいて、集落が近くにあるのかもしれない。俺たちはこの道をたどって人がいないか探すことにした。
「でも、これはどうすんだ?」
俺が懸念したのはシップだ。ここに置いていくわけにはいかない。誰かが留守番をして見張ってないといけないのではないか。
「それならあたしに任せなさい。“ワームホール”!」
ヤコが手をかざすと、シップの直下の地面に黒い大きな穴が開いた。穴の口は恐ろしく幾何学的な美しい円。その中は一切の光を通さないかのように黒々としていて底が見えない。いや、穴というよりも地面に描いた絵のようにさえ見えた。
その円の中にシップが落ちていく。10メートルほどはあった円盤は一瞬で跡かたもなく消えてしまった。
「え!?今の何?」
「これはあたしの能力“ワームホール”よ。小規模な疑似次元断層を構築し、時空間に高度環境管理下におかれた超限定多元宇宙へと通じるゲートを作成できるの」
要するにドラえもんの四次元ポケットみたいなもののようだ。すげえな、宇宙人。
今までこいつらが宇宙人かどうか信じあぐねていたが、これを見て俺は考えを変えた。こんなことできる奴、宇宙人じゃなくてもただの幼女なわけがない。しかたない、信じよう。
ヤコの奴、俺が驚いているのを見て得意げだ。胸を張ってすました顔をしている。どうせ、地球人の科学技術じゃ及びもつかないでしょうけど、おほほほとか考えているに違いない。
「宇宙人はみんな、その、ワームホール?って能力が使えるのか?」
「いいえ、使える人と使えない人がいるわ。ワームホール以外にもいろんな超能力があるのよ。脳のキャパシティの問題で使える能力は一人につき一つ程度ね」
「じゃあ、オヤツとレナはどんな超能力を持ってるんだ?」
「私はサイコキネシスがちょっとだけ使えるんだよ!手足にエネルギーフィールドを張れるの。レナちゃんは、テレパシーだよ!」
サイコキネシスってポケ○ンの技であったな。念動力だっけ?テレパシーはテレパシーだよな。というか、オヤツも「レナ」って略称で呼んでるじゃねえか。
「レナちゃんの方がかわいいと思って。ねー、レナちゃん!」
「ですなのー」
「オヤツも傑作だと思うぞ」
「オヤツはだめだよー!おやつ好きだけど、かわいくないよー!」
オヤツをからかうのは面白い。でもサイコキネシスとかやばそうな超能力が使えるんだからあんまり怒らせない方がいいか。あれ?でも、それだとテレパシーの方がやばくないか?俺の思考がダダ漏れ!?
「はっ!もしや、レナ、俺の思考を読んでいないか!?」
「うふふ、ですなのー」
そんな、頭の中をのぞきこまれるなんて!レナがいる限り、俺にプライベートは存在しないのか!?
「レナは半径500メートル以内にいる知的生命体の思考を常に読み取っているわ。でもこの子はその情報を悪用なんかしないから大丈夫よ」
「なぜそう言い切れる!お前は自分の恥ずかしい記憶を詮索されて平気なのか!?」
「テレパシー使いは他人の思考が常に頭の中に入ってくるから、大抵の人は自我が崩壊してるのよ。アホだから無害よ」
「ヤコちゃん、そういうこと言っちゃダメだよ。レナちゃんに脳みそハックされるよ?」
「ですわー」
「や、やめてよね、あんたがそれやると冗談にならないんだから……」
レナ怖い。そして、ヤコも何気に略称を使っているという事実。いくら宇宙人でもあの名前は言いにくかったんだろう。うんうん。
「だいたい、キクタが変なこと聞くからいけないんでしょ!恥ずかしい記憶ってなによ。どうせ、スケベなこと考えてるに決まってるわ。あーいやらしい。あたしに近づかないでよね」
「根も葉もないことを言うな!」
まあ、8割方エロいことなわけだが。だって思春期だし。高校生だし。
そんな雑談をしていると、レナが俺の服の端をちょいちょいと引っ張ってきた。
「ん?どうした、レナ」
「何かいますわー」
レナが指差した方向の草藪が、ガサガサとざわめく。そして現れるモンスター。俺たちは謎のぷるぷる軟体生物とエンカウントしてしまった。
* * *
RPGでは序盤も序盤で登場する最弱モンスターの代表格、スライムという代物をご存じだろうか。奴らは体全体を伸縮させて移動し、ターゲットをそのぷるぷるの体で包み込んで捕食する。アメーバが巨大化した奴と言い換えてもいいだろう。
そんな非常識な生物が目の前に現れたとき、人はどのような反応をとるのか。
「ぬおおおっ!なんかこっち来たっ!」
「いやあああ!もういやああ!はやく倒して!やっつけてっ!」
「だから、みんないったん落ちついて……」
「ですなのー」
答え、うろたえる。
ごく普通の高校生である俺がゲームの主人公のように勇敢にモンスターに立ち向かえるはずもなく、ヤコは俺の足にしがみついて泣き叫ぶし、レナはですわーしか言わないし、オヤツは意外と落ちついているし、もうどうすればいいかわからないよ。
「お前、宇宙人だろ、宇宙的なパワーでなんとかしろよ!その次元なんちゃらに閉じ込めて封印するとかできないのか」
「無茶言わないでよっ!あんな気持ち悪い奴、あたしの超限定多元宇宙に入れれるわけないじゃない!」
ヤコ、なんかいつものツンツンしているイメージが壊れたな。実はビビリだったのか。そんなにしがみつくなよ、動きにくい。でも、ちょっとかわいいとか思っちゃったりしちゃって。
「じゃあ、武器はないのか?宇宙のオーバーテクノロジーで作られた兵器とか」
「そ、それならあるわ。ちょっと待って」
ヤコはワームホールを開いてそこに手を突っ込むと、中から何かを取り出す。
「はい、タキオン特殊圧縮ポッドボム。これで惑星の地殻から根こそぎ吹き飛ばせるわ」
「おお、これでスライムも木端微塵だな!って、アホか!」
威力が強すぎるわ!俺たちまで爆砕してしまうぞ!
「あんな気持ち悪いの、これで消毒滅殺してやったらいいのよ!」
「消毒どころの話じゃなくなるから。もっと、威力を抑えて!」
「なら、これね。生物兵器“虹色ブドウ球菌X”!あらゆる有機生命体を一秒で腐敗させ、一日で惑星を覆い尽くすほどの脅威の感染力よ」
「わお、新型インフルエンザも真っ青!って、アホか!漫才やっとる場合やないねん!うおっ、来た!」
そうこうしているうちにスライムが近付いてきた。ヤコを抱っこして逃げる。でも、スライムは見た目通り動きが遅かった。これならなんとか走って逃げ切れる気もする。
「キクタくん、私ならあのぷるぷるをやっつけられるかもしれないよ!」
「ほ、本当か!?」
オヤツはそう言うと、スライムと向かい合う。そういえば、オヤツはサイコキネシスが使えたんだった。たしか、手足にエネルギーフィールドを張れるんだっけ?
「“リフューザル”」
オヤツの手と足がうっすらと光だす。光の粒子のようなものが集まってきていた。
「これがエネルギーフィールドか!?それで、どうするんだ?あれ?オヤツ?」
「がるるううう……」
オヤツの様子がおかしい。獣ような唸り声をあげ、目つきも鋭くなっている。いつものオヤツじゃない!
「おらあああああ!!」
オヤツはオタケビをあげると、瞬間移動のようなスピードでスライムに接近し、横から素手で殴りつけた。その直後、バシュンというあっけない音とともにスライムは破裂。数十メートル先までしぶきが飛び散る。まさに瞬殺。
その様子を呆然と見ていた俺をしり目に、オヤツは何を思ったのかスライムの残骸をむさぼり食いはじめた。
「オヤツ!なにやってんだ!」
「もらああああ!!」
俺は慌ててオヤツのところへ駆けより、四つん這いになっていたオヤツを抱き起こす。そして口の中に指を突っ込んで飲み込んだスライムを吐かせた。
「ぺーしなさい!ぺー!」
「ケホッ、ケホッ!あ、あれ?キクタくんどうしたの?うえ、口の中が気持ち悪い……それに、身体じゅうぬるぬるだよー!」
さっきの殺戮モードのことなどすっかり忘れてしまったかのような口ぶりだ。至近距離でスライムの破裂に直撃してしまったため、全身に透明のぬめぬめがついている。スク水にローションぶっかけたみたいでエロい。
「オヤツみたいな未熟なサイキッカーは能力の発動に伴って、性格が凶暴化することがよくあるのよ。野生の狩猟本能が目覚めてしまうようね。だから、獲物を殺して食べようとしたのよ」
オヤツェ……あんなにいい子だった君がどうして。
「あ、ヤコちゃん見て見て!ぬるぬるだよー」
「きゃあああ!!こっちこないで、いやあああ!!」
ヤコは俺の背中に飛び乗ってくる。そんなにスライムが苦手なのか。地球外生命体とかに、そういうバケモノはいっぱいいそうな気がするけど。
ヤコとオヤツが騒いでいると、レナがまた俺の服の端を引っ張った。
「な、なんだ、またスライムか!?」
「これですなのー」
レナは何かを手に持っている。ドロドロした丸い物体。それはアメーバスライムの核だった。単細胞生物の核といっても、元がバケモノサイズなので異常にデカくて気色悪い。よく触れるな。
「そんなものはポイしなさい!ポイ!」
「ですなのー」
なんで近づけてくるんだ!?俺に食わす気か!?
だが、どうやらそうではないらしい。レナが持っているスライムの核が割れて、中から青色のビー玉みたいなものが出てくる。それを俺に見せたかったようだ。
「綺麗だな。これなんなんだ?」
「これを集めればー、幸せになれますわー」
新手の宗教の勧誘か?
レナは核の中からねちょねちょの粘液まみれビー玉を取り出す。すると、なんとそのビー玉が光り出したのだ。しばらく発光した玉は、だんだん光が弱まって行き、何の変哲もない玉にもどった。
光を失った玉はさっきまでの透き通った青色がなくなって、灰色の石ころみたいになっている。
「この光は……!もしかしたら、これを利用できるかもしれないわ」
「どういうこと?」
「さっきの光の中にサイキックエナジーと近い性質の力を感じた。あの玉にはエネルギーが蓄えられているのよ。つまり、あの玉をたくさん集めれば、シップの燃料代わりになるかもしれない」
「マジか!やったな、これで帰れるぞ!」
要するに、スライムを狩りまくってあのビー玉をゲットすれば地球に帰ることができるのだ。目標が決まると人間、元気が湧いてくるものだ。よーし、スライムの十匹や二十匹、相手してやろうじゃないか!
「今の力の発散から測定すると……だいたい10000個くらい集めれば時空間移動できるわ」
俺の元気が急速になくなっていった。