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18話「キクタ式トレニンーグ」

 

 どうやらHPが0になっても気絶するだけで、死ぬことはないようだ。ヤコの攻撃によりとどめを刺された俺は、気を失ってシップまで運ばれた。

 オヤツは燃え尽きた俺を見て正気にかえり、ビーストモードから元の性格に戻った。色々あったが、モンスターを倒して皆のレベルが上がり、ビーストオヤツの暴走を抑える方法を見つけることができ、ヤコが魔法を使えるようになった。初の本格的な実戦にしては、まずまずの成果ではないだろうか。

 

 「って、んなわけあるか! 人を火あぶりにしといて、なに良い話で終わらせようとしてんだ!」

 

 「うっさいわね。無事だったんだから別にいいじゃない」

 

 実際、ヤコの魔法は爆竹を投げつけられた程度のダメージしかなかった。最低価格の店売り魔道書なのでそこまで期待はしていなかったが、しょぼすぎる威力である。俺のHPが狼とのバトルで削られたところに食らったので気絶に追い込まれたのだ。

 それに元を正せばヤコに怒られる原因を作ったのは俺。

 

 「ねぇ、それよりお腹空いたよ。ごはん食べようよぅ」

 

 オヤツがくーくーお腹を鳴らしながら飯を要求してくる。お前、朝に説明したじゃないか。備蓄していた食糧はなくなった。したがって今日の晩飯もない。

 

 「えっ!? ウソ……」

 

 「どんだけショック受けてんだよ」

 

 オヤツの瞳からハイライトが消えた。まぁ、今日のオヤツは戦闘で大活躍だったので、その分お腹がたくさん空いているのかもしれない。気の毒としか言いようがない。

 現在、食卓には街の近くの井戸で汲んで来た水が置いてあるのみだ。現代社会の生活から離れて改めて気づいたのが、この水のありがたみだろうか。人間は1カ月、何も食べなくても生きられるが、水を飲まなければ3日持たないと話に聞いたことがあった。まったくその通りだと実感する。なぜか、宇宙人はジュースしか飲まないのに平気なようだが。

 

 「食べ物ならあるわよ」

 

 「ホント!?」

 

 しかし意気消沈するオヤツに対し、ヤコはえらくあっけらかんと答えた。どうやら食糧はまだ残っていたようだ。ヤコのことだから、どうせ独り占めしようと秘蔵の菓子を隠していたのだろう。

 

 「ほら、あそこに」

 

 やけにあっさり隠し場所を明かしたヤコが指差す先には、俺がいた。俺の後ろに何かあるのかと振り返って見るが、シップの金属質な壁があるだけだ。

 と、ベタな反応をしてみたが、俺も薄々気づいていた。ヤコがエサを前にした犬のようにシッポを振ってこちらを見ていることに。

 俺は即座に立ち上がり、隙を見せないように身構える。どうやら腹を空かせたエイリアンどもが俺の血を狙っているようだ。じゅるりとよだれを垂らしながら迫りくる3人の幼女。だめだ、こいつら血に飢えている。説得に応じそうな者は1人もいない。

 

 「おい待て! こっちだってものすごく腹が減ってるし、今日は疲れてへとへとなんだよ! そのうえ血まで吸われてたまるか!」

 

 「何言ってるのよ、若くて健康な個体なんだから血液の1リットルや2リットル、搾り出したところでなんてことないでしょ?」

 

 「死ぬわ!」

 

 「キクタくん、お願い……注射器1本分でいいから……」

 

 「その手に持ってる自転車の空気入れみたいな注射器は何だ!?」

 

 「うりぃぃぃぃぃ! ですなのー!」

 

 「話が通じねえええ!」

 

 俺は壁際に追いつめられた。このままでは干からびるまで採血されてしまう。

 別に俺としても血を分けてやる気が全くないわけではない。宇宙人たちが生きていくためには俺の血に含まれているダイオカシスキンとかいう意味不明な物質の摂取が不可欠らしいし、俺としてもこいつらに死なれては困るので協力したいという気持ちはある。だが、ここでなし崩し的に奴らの思うまま好き放題に血を取られてしまっていいのか。それはまずい。それではまるで家畜だ。

 

 「等価交換だっ!」

 

 「……は?」

 

 そう、俺は精神的に未発達なこいつらのまとめ役として、育成係としてきちんとした教育を施さなければならない。何かを得るためには相応の対価を払わなければならないのだ。ただで人の血が得られるほど世間は優しくはないぞ。献血だって粗品がもらえるんだぞ。

 

 「対価って何よ。お金でも取る気?」

 

 「お前ら金持ってないし、後で請求するなんてがめついことをする気はない。そうだな、こういうのはどうだ。俺の一回だけ言うことを何でも聞くというのは」

 

 別に即物的な利を得ることが真の目的ではない。要は、なめられないようにすることだ。俺たちが対等な立場にあるということを教えてやらないとな。

 

 「…………」

 

 しかし、俺の発言と同時に周囲の空気は凍りついていた。宇宙人たちはまるで何事もなかったかのように、無言で採血の準備を整え始める。無言で。てきぱきと。

 ヤバい、これは露骨過ぎたか。どうせエロいこと考えてるんでしょ、的な視線をひしひしと感じる。みんな腹が減っているせいでいつもより冗談が通じない。

 

 「待って、その空気ヤメテ! わかった、ここからは真剣だ……よし、では俺の血をやる代わりにお前たちには訓練をしてもらおう」

 

 「訓練って、何の?」

 

 「もちろん、戦闘のための訓練だ。と言っても、実戦はあぶないから、まずは体力づくりが中心になるだろうけどな」

 

 「……なんでこのタイミングでそれ? 対価って言う割には、あんたにとって何の得にもならないじゃない」

 

 「じゃあ、聞くがヤコ。お前、こういう機会でも設けない限り、訓練なんかしないだろ?」

 

 「そっ、それは」

 

 面倒くさがって絶対にやらないと断言できる。オヤツは素直に言うことを聞いてくれそうだが、レナに関しては不明である。おそらくレナも真面目に取り組んではくれないだろう。これから俺たちはたくさんのモンスターを倒していかなければならない。上質な魔石を得るためには強いモンスターにも挑まなければならないだろう。そのために、基礎的な運動能力の底上げは必須である。毎日、継続して訓練していくことが重要だ。

 こればかりは俺だけがいくら躍起になって頑張ってもどうしようもないことである。かわいそうだとは思うが、宇宙人たちは貴重な戦力。遊ばせておく余裕はない。だが、こいつらの性格からいって自主的に訓練なんかしようとは思わないはずだ。子どもだから、それはしかたなない。最初はこちらから働き掛けてやらせるしかないが、徐々に習慣づけさせていこう。

 

 「そんなことしなくても、あたしたちの能力があればモンスターなんて簡単に倒せるわ」

 

 「でもヤコちゃん、現に今日は散々な目に遭ったんだよ。やっぱり訓練した方がいいと思う」

 

 「オヤツの言うとおりだ。言うことを聞かない悪い子には、ご褒美はやらんぞ」

 

 「ぬう……わかったわよ。やればいいんでしょ。でも、きついのは嫌だからね」

 

 相変わらずのわがままぶりだ。だが、俺も最初からハードな特訓内容を課すつもりはない。餌を与えながら少しずつ簡単な内容から体に覚えさせていけばいいのだ。

 

 「そうだな、じゃあまずは、柔軟運動からやろう」

 

 「はぁ? なにそれ。それが何の役に立つっていうのよ」

 

 「愚かだな、ヤコ。柔軟の大切さに気づいていないとは」

 

 どんなスポーツでも、より高いパフォーマンスを発揮するために事前の柔軟運動は欠かせない。別に体操のような身体の柔軟性そのものが競技として関わってくるスポーツでなくとも、柔軟を軽んじてはならない。柔軟性とは、あらゆる運動の前提にあるものだ。

 特に問題となるのは不測の事態、とっさの判断を要求されたときの可動性に大きく関わる点だ。反射神経が高ければ体は思うように動くというものではない。下手をすれば思わぬ怪我を招く事態にさえなりかねる。緊張状態が作り出す筋肉の委縮を適度にコントロールし、反応を即座に動きに反映させるためにも柔軟性は必要なのだ。

 と、思うよ?(疑問形)

 

 「ぶつくさ文句を言う暇があったらさっさとやらんか」

 

 渋々といった様子で柔軟体操に取り掛かる宇宙人たち。

 案の定、真っ先に文句を言ってきたヤコが全くできていなかった。

 

 「なんだその格好はぁ! おじぎか!」

 

 「くぅ……!」

 

 前屈をやらせてみたが、驚くほど曲がらない。手の先は膝より少し下に届くといったところか。一応、全力は出し切っているのか、しっぽがプルプルと小刻みに震えている。

 

 「それに比べて、オヤツは体が柔らかいようだな」

 

 「えへへー」

 

 同じ前屈運動で、難なく手が床についている。そればかりか、ぺったりと手のひらを床に当てることができている。武闘系の適性を持っているだけあり、相当な柔軟性があるようだ。

 

 「もしかして股割りもできるんじゃないか?」

 

 「股割りって?」

 

 開脚した状態で尻が地面に着くまで下ろす練習である。両脚の角度は180度、一直線になるまで開かなければならない。その見た目のインパクト通り、言うまでもなく高い柔軟性が要求される技だ。口では説明しにくいが、俺はできないのでやって見せることもできない。なんとかニュアンスを伝えた。

 

 「うーん、できるかな? やってみるね」

 

 股割りは体質によってできやすい人もいるが、一般的にできるようになるまでにはかなり長い練習がいる。無理にやらせて靭帯を痛めては元も子もないので、軽く試させるにとどめよう。

 

 「あ、いけそうかも」

 

 なるほど、確かにこの調子なら股割りができるかもしれない。オヤツは両手で体を支えながら、ゆっくりと脚を大きく開いて腰を落としていく。腰を落として……

 ぬんっ!?

 ちょっと待て。落ち着いて考えるんだ。今、俺はオヤツに何をさせている。スク水を着た幼女が大股開き。当然、その局部は……後はわかるな?

 いや、俺は何を考えているんだ。これは柔軟性を養うための訓練。何もやましいことはない。むしろ、やましい気持ちを持つことが失礼というもの。そう、俺はコーチとして厳かな気持ちで粛々とオヤツを見守っていればいいのだ。

 OGOSOKA!

 

 「いけ、オヤツ! そこだ! もう少し、もう少しでできるぞ!」

 

 「う、うん、がんばる……!」

 

 足の指をピンと伸ばし、ゆっくりじわじわとオヤツの脚が開いていく。俺はその光景を固唾をのんで見守っていた。地に這いつくばり、オヤツの股下にできた小さな空間を見ていた。凝視、圧倒的凝視。俺の熱い視線がオヤツの股間に注がれる。スク水の生地独特の黒い艶が光る。その部分と脚の付け根、肌の白さとのコントラスト。いよいよこの時がやってまいりました。今、オヤツ選手の最大限まで開ききった脚の間、全国の紳士待望、桃源郷の丘が! 床に! 床に! あ、床に!

 

 「きゃっ!」

 

 床に着いたあああああああああああ!

 やりましたオヤツ選手うううううう!

 

 「ごめん、失敗しちゃったよー。あれ、キクタくん?」

 

 もう少しで股割り成功というところまでいったオヤツだったが、残念ながら最後で体勢を崩した。

 だが、そんなことはもはやどうでもよかった。

 ぺたん座りをして、恥ずかしそうにペロリと舌を出すオヤツ。

 そして俺はただ、感無量だった。気がつけばその場で立ち上がり天を仰いでいた。俺はまるで空から降る雪をやさしく受け止めるかのごとく、両手を胸のあたりの高さで前方に差し出していた。言うなれば、その姿が今の俺の心境の全てを物語っていた。

 

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