13話「現実は厳しい」
検問所のあの世話好きなおじさんが、とぼとぼと元気なく歩いてきた俺たちを見て、ためいきをついている。
「お前ら、確かついさっき入ったばかりだろ。予想はしてたが、それにしたって諦めるのが早すぎねえか」
そう、俺たちはダンジョンへ入った。そして現実の厳しさを知った。
「実は……」
* * *
遡ること5分前。
「おおー!これが転移機か!」
ダンジョン0階層である地上の遺跡に来た。遺跡はぼろぼろに崩れ去っていて、基礎を残すのみとなっている。当然、ここにはモンスターはいない。かつてはモンスターを排出する穴がここに開いていたらしいが、それは封印され、ダンジョンへ潜る際にはもっぱら転移機を利用することになっている。と、案内掲示板に書いてあった。
「うわあ、きれいだね!」
「ですなのー」
地面に浮かび上がった巨大な魔法陣。これが転移機だ。この上に乗って、行きたい階層を思い浮かべるとその階層へテレポートすることができる。と言っても、踏破した階層にしか転移できないので、俺たちはまだ一階層にしか行けない。チームで同時に転移する場合、全員が行きたい階層を一致させて念じないと、どの階層に行くかランダムで決められてしまうらしい。
この地上の魔法陣を「大転移機」と呼ぶ。そして、ダンジョンの各階層に設置された魔法陣が「小転移機」だ。この二つの間を行き来することができる。これも掲示板に書いてあった。
「よーし、そんじゃ行くぞー!」
意気揚々と魔法陣の中へ足を踏み入れる。すると、まぶしい光が俺たちを包み込み、強く瞬いて視界が閉ざされる。その瞬間に俺たちは移動してしまったようだ。周囲の様子が一変した。
「な、なによここ。真っ暗じゃない」
そう、地下にあるダンジョンなら予想すべきだった。暗すぎて一寸先も見えない。かろうじて小転移機が放つ弱い光が見えるだけだ。じめじめした土の臭いが嫌に鼻につく。
ワオーン……
「ひっ!今のなに!?」
オオカミの遠吠えのようなものが聞こえた。ヤコが俺の脚にしがみついてきた。役得とか思っている場合じゃない。自分の体の半分の重さを上回る獣に人間は武器なしで対抗することができないと聞いたことがある。ましてこの世界はファンタジー。ゲームなら序盤で登場するのが定石のウルフ系モンスターと、この暗闇で交戦することができようか。いや、無理!
オヤツがいれば何とかなると思っていた。そんな時代が俺にもあった。しかし、現実にモンスターの咆哮を耳にしてその考えは甘かったのだと気づく。これはちゃんと装備をそろえないとダメだ。戦力とかそういうこと以前に、精神的に。
「ち、ちくしょう!覚えてやがれ!」
俺たちはダンジョン突入後、わずか10秒ほどで撤退することになった。
* * *
「照明道具も持ってなかったのか、このアホンダラが。ダンジョン探索の基本中の基本だぞ。道具屋で行って買ってこい。これで頭が冷えただろう」
おっちゃんから説教をくらって追い出された。
それにしても、これはまいった。先立つ物がないというのは、これほどまでに辛いことなのか。どうにかして金策を講じなければ。
というわけで俺たちは昨日の噴水広場にて、今後の活動について話し合うことにした。
「お金がほしい。そのためにはモンスターを狩らないといけない。だが、モンスターを倒すためには装備が必要。しかし、装備を買うお金がないというこの状況。どうすれば打破できるか、諸君らの意見が聞きたい」
「うーん、そうだよねえ……生活保護を受けるのはどう?」
そんな先進的な福祉事業がこの中世レベルの社会体制国家において運営されているはずがない。奴隷制度が現役なのだ。救貧法すらないだろう。まあ、俺に奴隷の首輪をつけた宇宙人は地球よりもより先進的な惑星の住人だが。
「そんなの簡単よ。盗むのよ!金持ちそうな奴を襲うのよ!」
犯罪履歴が魔法で管理されている世界だ。その点で言えばある意味、地球よりも厳格で完成された実質的な刑法が確立している。一発でバレてしょっぴかれるのが落ちだろう。冒険者も続けられなくなる。
「油田を掘り当てるのですー」
ちょっとお前、黙れ。
やはり幼女たちに頼ることはできないか。俺の灰色の脳細胞をひらめかせてスペシャルな意見を出してやろう。
「現実的に考えて、今持っている所持品を質に入れるしかないだろうな」
「つくづく貧乏人思考よね、あんた」
思わずぬっころしてえふてぶてしさだな。強盗教唆犯に言われたくねえよ。
「とにかく、宇宙人ならオーバーテクノロジーの便利グッズをいっぱい持ってるんじゃないか?」
「シップの備品ならあるわよ。ほぼ惑星破壊規模の殲滅兵器だけど」
「お前はこの☆の歴史を終わらせる気か」
兵器はまずい。そんな核爆弾よりもヤバイブツを売っぱらったら俺たちにも危険が及ぶ。
「兵器以外には何かないのかよ」
「地球人で言うところのオーバーテクノロジーに当たる物品はほとんど兵器よ。それ以外の物は、たとえばこのサイバーナノテックニュートリノ繊維宇宙服とか、あんたがつけてる首輪とかあるけど」
スク水はあともう一着スペアが残っているようだ。首輪は俺がしているこれ一つしかない。言葉が話せないのは困るので、首輪は売れないな。スク水はあの尋常じゃない防御力から考えて高値で売れそうな気がするが、そんな大層な代物を売りに出せば目をつけられることは確実だ。こいつらも同じスク水を装備しているから狙われるかもしれない。そう考えると、そもそもオーバーテクノロジー仕様の品を売るのはやめた方がいいだろうか。
「まあ、シップにあと残ってるものと言えば、あたしの研究セットくらいかしら」
「あの注射器とかか」
これくらいの文明レベルなら売っても問題ないだろう。医療技術も発達していないだろうし、そういった研究に使う器具もこの世界にはないはずだ。使い捨ての注射器やメスを消毒もせずに何度も使用するとかそういうことはやめてほしいが、要は使い道がどうのこうのではなく物珍しさで売れるかもしれない。
「でもあたしの私物だから売るのはイヤ」
「お゛い゛!」
シップ自体、ヤコの所有物らしい。その備品も売りに出すのは嫌だと言ってきた。じゃあ今までの論議はなんだったんだよ。
俺は腰かけていた噴水のへりから立ち上がる。
「しかたない。俺が一肌脱ぐか」
やれやれ、やっぱり俺がついてないとダメなおちびちゃんたちだぜ。
* * *
「ふむ。これは上質な生地ですな。このように精緻に美しく織り込まれた服は今まで見たことがありません」
あの後、俺たちは骨董屋に寄った。そこで俺の携帯電話を10000ゴールドで売ることができた。ダンジョンで拾ったと言い張って具体的な使用法はわからないとごまかした。どうせ日本語表示なので中を見られても困らない。圏外だから使えないしな。それに電池ももうすぐ切れる。そうなったら文句を言われそうだが、知らなかったとしらを切るつもりだ。良心が痛まなくもない。しかし、これも金を手に入れるためだ。
骨董屋の主人は魔力も感じないのに光るのが不思議だと言って、はじめから1万円で売ると言ってきた。もっと吊りあげられた気がするが、後ろめたさもあったのでそれで納得する。使い道のないものが金になったのでもうけ物だ。
それから、財布とその中身も売った。3年使いこんで手あかのついた財布は50ゴールドで売れる。だが、面白いことに紙幣の方に興味をもたれた。造幣技術も進歩していないのだろう。薄い紙に細かく描かれた野口英世の肖像画が気に入られて、1枚900ゴールドで売れる。2枚あったので、合わせて1800ゴールド。硬貨は1枚につき200ゴールドだったので、¥351が1000ゴールドになった。お金を売ってお金を得るとは変な気分だ。あとは免許も持ってないし、カード類は財布に入ってなかったので売るものがない。
そして、次に服屋に来た。こうなったら身ぐるみ全部売ってしまおうというわけだ。俺の全財産を処分することに抵抗がないわけではない。だが、その悲しみを乗り越えて、俺たちは道の先へ進んでいくのだ。うう……
「ガクセイフク、というのですか?これはすばらしいものです。傷もないようなので20000ゴールドで買い取りましょう」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
そういう俺は今、布の服を着ている。この店で一番安い服だ。首輪と相まって本物の奴隷に見えるくらいみすぼらしくなった。
だが、防御力1点の学生服が2万円で売れたのは僥倖だ。これで所持金は32850Gである。ちなみにこの世界のお金はすべて硬貨である。銅貨が1G、鉄貨が10G、大鉄貨が100G、銀貨が1000G、大銀貨が10000G、金貨が100000Gに相当する。大金貨は100万Gらしいが、これは庶民の日常の買い物では使わない単位の硬貨だ。だが、まったくお目にかかれないというほどのものではない。
布の服が上下合わせて2700ゴールドだったので、所持金は現在30150G。これで武器が買えるぞ!
「キクタ、あれ買って!」
ヤコが指差したのはショーウインドウに飾られているマジッククロースアーマー。シンプルだがデザインもなんだかカッコイイ気がする。でもお高いんでしょ?
「ほう、お目が高い!これはハタルニ組合製の信頼のおける品質の商品でして、アーマードボアとライトニングホースの皮の二重構造で作りあげた逸品です。内側に防御陣も仕込んであり、魔法耐性も抜群ですぞ。お値段据え置き127900ゴールド!」
「すんません、無理です」
アホみたいに高いな。冒険者の装備は自分の命を預けるものに等しい。それだけの高い金額を払ってでも質のいいものを手に入れないとやっていけないのだろう。
「キクタくん見て見てー!」
「こらオヤツ、勝手に商品にさわらないの」
オヤツが帽子をかぶって見せびらかしてきた。皿βって感じの帽子。このAAわかる?羽付きの帽子ね。
「見て見てーですなのー!」
「こらレナ!パンツを頭にかぶるんじゃありません!」
もうこいつら……すごく疲れる。
* * *
先ほどの服屋で幼女たちの服を買ってもよかったのだが、マジッククロースアーマーもそうであったように、冒険者の装備はべらぼうに高い。なので、まずは武器屋で武器の値段を調べてから服を買う予算を決めようということになった。ダンジョンを探索する上での生命線だ。なによりも優先して武器を買うべきだろう。
とういうわけで、武器屋にやってきました。
「やっぱ高ええ……」
一番安そうな武器でも3000Gはする。高い物になると10万越えはざらだ。下手をすると100万に近い武器がごろごろある。信じられん。
武器以外にも買いたい物はたくさんある。ここで所持金を使い切るわけにはいかない。なるべく質のいいものがほしいが、たった3万ぽっちでは望むべくもないだろうな。
「らっしゃい!……あー、みるからにぺーぺーの初心者だな。あんたクラスは何だ?」
「あ、ハンマー士です」
「ハンマー士ぃ?そのひょろひょろの体でハンマー士とは、大外れ引いちまったな坊主。ハンマーならそこの一つ先の棚を左に行ったところに置いてある」
気さくな店主だ。やはりハンマー士は失敗だったか。本気でクラスチェンジを考えるか。でもまだ一度も実戦でハンマー使ったことないからな。クラスごとのスキルもあるみたいだし、せっかくだからハンマーを見てみるか。
店主に言われた場所にハンマーが並べてあった。大工道具にしか見えない小さなものから、どう考えても人間に扱えるとは思えない巨大なものまで種類は様々だ。一番安い4500Gのハンマーを手にとった。アイテム名「とんかちハンマー」。ひどいなこりゃ。
いつの間にかカウンターを出ていた店主が商品の解説をしてくれた。この時間帯は客足が少ないようで、初心者の俺に世話を焼いてくれているようだ。
「売っててなんだが、それよりもこっちの『ケイブハンマー』の方がいい。値段もそんなに変わらないぞ」
「6800ゴールドですか……うーん」
「なんだ、金がないのか。駆け出しほどいい武器を使ってほしいもんなんだがなあ」
ケイブハンマーは少し柄が長めで振り回しやすい。頭の一方がくぎ抜きのようにとがっているので攻撃力もありそうだ。それに比べてとんかちハンマーはただの金槌だ。これでモンスターを薙ぎ払えるビジョンが全く浮かばないのだが。
とんかちハンマーでモンスターを相手にするのは怖い。贅沢かもしれないがケイブハンマーを買おう。すまん!
「これにします。あと、魔道書はありますか」
「おう、こっちだ」
武器屋の一角の本棚に案内された。古そうなホコリかぶった分厚い本がいくつも並んでいる。
「うちは専門店じゃないから選ぶほどの数はないぜ。もっと吟味したいなら魔道具店へ行きな」
「この中で安いのってどれですか?」
「何の魔法が欲しいんだ?属性は?」
「火よ。あたしは火魔術士なの」
「火なら確か……これだな『アチチの書』。10170ゴールド」
「え?い、今なんと……」
「10170ゴールドだ」
「ウソダドンドコドーン!」
なんでそんなに高いんだよ!?俺のケイブハンマーと合わせてほぼ所持金の2分の1を使いきってしまう!
「魔道書は装備するだけで魔法スキルが覚えられるからな。近接武器よりも少し値が張る」
「少しじゃないよ!もっとまけてよ!」
「そいつはできねえな。これでも良心的な価格のつもりだぜ?」
くそ、なんでこんなG○ヒロミみたいな名前の古本が10000Gもすんだよ。しかもまけてくれないし。だが、これで戦力アップになることは間違いない。
ところで、火魔術士だから火属性の魔道書しか使えないというわけではない。風も水も土も使える。だから、装備する魔道書を変えることで異なる属性の魔法を使い分けることは、魔術士の定番の戦法である。ただ、四属性魔術士は自分の属性を強化するスキルを早いうちに覚えるらしいし、『アチチの書』には火属性攻撃のダメージを上げる効果もあるらしい。魔道書はたいてい属性強化の効果がついている。なので、自分の属性と同じ魔道書を選んでもデメリットはない。
「坊主、これは必要な出費だ。ケチケチしてちゃあ、自分の命を代金にされちまうぜ」
「それはわかってるんですがね。ああそうだ。無手近接戦闘職ってどんな武器を装備するんですか?」
「格闘家がチームにいるのか?」
「はいはいっ!私がそーなのですっ!」
店主は元気いっぱいに返事をしてくれたオヤツを見てひきつった笑い顔になっている。
「格闘家は武器を装備しない。己の拳で戦うスタイルの戦闘職だ。だが、レベルが上がらないうちはスキルも覚えられないし、使いこなせないからな。適当な武器を持たせておいた方が無難だろう」
しかし、オヤツが真の力を発揮すればスライムもイチコロだからな。というわけでオヤツの武器は一旦、保留にしてレナの武器を探そう。
「そうなんですか、なら祈祷士の武器はどんなのですか?」
「祈祷士の武器?……うちは剣が専門なんだが。ええと、確かこの辺にあったような……おお、これこれ」
店の奥の方にガラクタが積みあがった物置きみたいな場所がある。そこから店主がぼろっちい木の棒を持ってきた。
アイテム名「かんたん大幣」。価格8900G也。
俺は真っ白に燃え尽きた。