第三章:真紅
あの空は何をみて悟ったのだろうか。
雲も太陽もなかった。
ただ。
暗い世界だけ。
ただ。
空が黒いままだっただから。
微動だしない美術室。
昼間の風景ではなかった。
外に一人・中に四人。
過去と未来。
双方の話が混ざり合う。
話し疲れた和美が一息ついた。
唾液をニ〜三回飲み、息を吐いた。
半ば、半泣き状態で話を続ける和美であったがやっとのことで話を切り上げた。
「そう…大体の状況はわかったわ…。ありがとね。無理矢理聴きだしてしまって…。」
九那が和美の目を見て言った。
「いえ。大丈夫です。私達だけでは解決できませんし…本当のことを言って何かスッキリしましたので…。本当に大丈夫なので。」
「うん。吉前さん、ありがとうね。本当に助かった。これで明確になったよ。」
空兎璃が重くなった腰を持ち上げた。
「…っし。それじゃ行動といきますか。」
「うん。そだね。沙那を呼ばないと…」
二人が椅子を机の中にいれ美術室の端を歩いて扉までいった。
すると、今まで喋らなかった楓が言った。
「お、おい!…俺にもなんかさせてくれ。」
「如月君…ちょ、ちょっと!」
和美が言う前より、既に楓は頭を深く下げていた。
これでもか、といいたいほどの下げ様。
「おい…ってこら。」
空兎璃がため息のように楓にいった。
「なんでお前が頼んでるんだよ?」
「そうだよ。なんで君が頭を下げるのかな?」
「…は?」
楓は目を大きく開け、キョトン顔っていう状態なのだろうか。
和美もビックリして二人の顔を眺めた。
「お前らが望むことは、犯人をみつけることだろうが。」
空兎璃は楓の顔を見ると微笑して言った。
「…おし。そろそろ動くぞ。水樹さん。まずどっからいく?」
軽く笑ったらすぐに九那と沙那のほうを向いた。
時間がやっと短針が右をすぎた時。
やっとのことで日が落ちるころ。
ただ美術室には二人だけが残された。
和美と楓はポツンと取り残されるだけ。
残りの三人はあてもなく学校の中を彷徨い始めた。
これから、誰が消えていなくならないように…。
―――次ハ誰ガ生ケ贄トナルンダ?―――
「秋山君。ここが怪しくない?」
沙那が屋上前の調理室に向かって指を指した。
美術室から1階だけ上がり右端のところ。
沙那が変に思うのもしかたがない。
なぜかあそこだけには光が刺さってないからである。
もう夕暮れ。
電気がつくころでもあるのだが、未だについていない。
…それに嫌な予感があるのもあるのだが。
「…いきましょう。」
ココナが先頭を行き調理室に向かう。
「時間をメモるか……よし。」
アズリがメモ帳に書き込み胸元のポケットになおす。
沙那・アズリがココナの後ろに立ち瞬きもせずに構える。
ココナは一気に開けた。
バンッ!
ガラスと木材が壁にあたり、音が反響した。
薄暗く足元ぐらいしかハッキリと見えない。
銀の光沢のある皿や鍋の微かな光だけが見える。
それと血の匂い。
「…っ。この匂いは…」
「水樹さん…俺がいくよ。」
アズリがココナの肩を持ち、手前に引いた。
「秋山君…気をつけてね…」
沙那が心配そうにアズリを見送った。
後ろに下がったココナは無言で頷いた。
アズリは壁沿いに歩いていった。
相変わらず光がない。
差し込む夕日の光なんて、余計に暗くしてるだけ。
ここだけが闇に染まった世界のように見えた。
アズリは壁の終わりまで歩きついた。
そこから聞こえたのは微かに…擦る音。
金属と金属を擦るような音。
調理室の真ん中から聞こえた。
だが…匂いは違った。
部屋中に伝ってる匂いだが、強烈な匂いはもっと違う場所。
しかし、暗くてよくわからない。
必死に目を凝らして眺めるが一向に見えない。
暗闇に慣れるとだんだんと見えてくる…そんなことはなかった。
「(もうかれこれ五分はこの暗闇を見てるんだぞ?なぜ見えない?)」
アズリの顔に焦りが見えてきた。
不意にしゃがみ必死に闇を見つめる。
だがやはり見えることはなかった。
しかも、金属の擦る音が近くなってくるのが感じた。
匂いとは違う場所から。
シンッ…シャン…シンッ…シャン
ゴクリと固唾を飲み込む。
耳からはいる情報は確かに正面からであった。
「(動かないと…だめなのか?)」
アズリは低い姿勢のままゆっくりと足音を出さぬように動いた。
あえて音のある方へと。
だが行く足は急に止まった。
丁度右端の真ん中でピッタリと。
非常に柔らかくまだ温かみがある感じ。
アズリはソレを見ないように触ってみた。
やはりな感触。
人の手だけがそこに。
腕ではなく、体ではなく。
手首より上のみ。
確かに感じたのは五本の棒。
アズリはその感触を確かめるとゆっくりと手を上げた。
勿論、落ちている手はそのままで。
しかし、血の匂いはここからではなかったようだ。
未だに金属の音が耐えない。
いや、むしろまた近づいてきているようだ。
恐怖心からであろうか、アズリは腰を抜かし後ずさりを始めた。
「(…っ。こんなことで…!)」
心では強いことを言えるが所詮は考えたこと。
それが実行できなければ意味がないのは承知。
後ずさりが始まってついに足音が響いた。
金属の音がピタリと止まった。
どうやら向こうも気付いたようだった。
音が頼りのアズリだったが、今では自分の勘が頼りとなった。
「(くそっ…!なにか…なにかないのか!?)」
見渡すが見えない場所にいる。
明かりをつければ問題がないのだが、そうすれば中にいる奴に逃げられてしまう。
いろいろと無駄と無駄でない思考が頭を叩く。
血の匂いが匂い始めた。
見えるものがないので目を閉じて音だけに集中し、あとは自分の勘だけ。
足を引きずるのは右斜め方面。
そして匂うのは左後ろ。
もう逃げ場所がないアズリは覚悟を決めた。
「う、うああぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!」
一気に立ち上がり右ではなく左ではなく、真っ直ぐに。
何があろうと走った。
だが所詮は自分の勘と暗闇。
すぐに何かの台にぶつかった。
「うぅ…ッゲァ!」
角が肋骨の下の空間にめり込んだ。
立ち上がりのダッシュ。
真っ直ぐでない走りなので姿勢が低すぎた。
それが裏目に出たようだ。
ゴフッと胃の中からなにか出そうな。
変な汗が額から大量にでた。
痛みに悩むアズリが聞いたのは。
シャンシャンシャン
確実に早くなっている金属の音。
身動きができない体。
あの痛みで足が震え、咳き込むアズリ。
しかし、確実に近づいてくる音。
その音さえも聞こえないアズリがそこにいた。
音が止みアズリの咳き込む音しか聞こえなかった。
だがどうだろうか。
次の瞬間には叫びと化すだろう。
「ぎゃぁあぁ!…ううぅぁいぃああぁぁああぁぁ!」
左足の脛の裏側に刺された。
重く冷たい感触。
声にならない声が響く。
刺されたまま手前に一気に引いた。
ビリッというビニールの裂くような音が鳴った。
アズリの足からは白い部分が見え隠れした。
充満する金属の音と匂い。
左足はまるで人形のように動かない。
裂いたままで金属は滑った音を出し風を切った。
だが瞬間に風が止まった。
アズリは痛みを堪えて立ち上がったのだ。
床を涙目で見ていながらも必死に振り返ろうとした。
しかし、その瞬間に明かりが見えた。
「秋山君!!」
二人の声が一斉に聞こえた。
調理室の電気がついた。
アズリは二人の顔を見ると安堵の笑顔でその場に倒れた。
力が抜けた人形のように…。
「…きやま君!秋山君!」
気付けば視界には沙那のドアップが。
「…っ!倉田さん!近いって!」
「あぁ!ご、ごめんね。」
沙那は困った顔をして身を引いた。
沙那がいなくって見上げる天井。
そこは白くなっている世界だった。
「…?ここは?」
アズリが左右を見る。
「保健室。大丈夫だよ。秋山君。」
ココナがアズリの額の汗を手で拭う。
その姿を見てそっぽを向いた沙那。
左の腕についている時計を覗き込む、だが。
「あり?時計がない…」
どっかで落としたのだろうか。
「…?私たちが見つけた時にはそんなの無かったよ?」
ココナが言う。
「うん。秋山君がいたところには何にも落ちてはなかったよ?」
沙那もココナに続いていった。
「…俺は?あの時…。」
アズリが頭を抱えて考え出した。
頭を左手で支え傷を負った左の太ももを触れて唸った。
「…でもね。」
ココナは顔を下に向けた。
トーンが下がったまま更に続く。
「秋山君が倒れている調理台のキャビネットのとこ…えっと包丁とか入ってるところにね。」
それを聞くと沙那も俯いた。
「そのとこに…」
ココナの声が更に低くなった。
「え?その中に?何があったの?」
アズリはその声を聞こうとして顔を近づけた。
ココナの口がアズリの耳の前にある。
ココナの口が開いた。
白い保健室には甘く乾いた匂いと、耳を刺すような無音。
少し汚れたカーテンの中で三人。
他には誰も、何もない。
ただ独特な匂いと、やはり無音。
――――アズリが倒れた時。
ココナと沙那はまた扉の外に佇んでいた。
「秋山君…遅いな。」
沙那が呟くがココナはずっと扉を見つめたまま。
もうそろそろ夕暮れ。
太陽が隠れる時間。
しかし、太陽の光はまだ赤く照らすだけ。
調理室からは何も聞こえないし、動かない。
「…沙那?」
「うん?」
「はいろっか。」
ココナが扉のノブに手をかけた。
「…ちょ、ちょっと!ココナ?だめだって。」
「何で?秋山君。もうあれから30分以上もここに入ってるんだよ?もう出てきて状況を言いにくる時間じゃないかな?」
「確かにもうそれぐらいたつけど…逆に私達がいって状況が悪化したらどうするのよ?」
「…その時はそん時よ。」
「ちょっと!ココナ!」
ココナが引こうとした時。
沙那がココナを止めようとした時。
誰かの叫び声。
聞き覚えのある声。
「「!!」」
二人が止まった。
何も躊躇することなく扉を開けた。
そこは―――何もない世界が広がった。
「秋山君!!」
沙那はその闇に飛び込んだ。
ココナは手探りで電気を探した。
小指にあたったスイッチを押して走った。
調理台が多くある中でその真ん中で右端辺りから聞こえる。
そこでアズリが見つかった。
アズリの足からは血が大量に出てきてる。
「あ、あ、あぁ!!!」
沙那が叫び、ココナは絶句した。
死んだと思った。
微動だしないアズリを見た二人は息を呑んだ。
「…沙那。秋山君を起こそう。」
ココナは冷静にアズリの左腕を掴む。
「ちょっと!なんであんたはそこまで冷静なのよっ!」
泣き顔でココナを睨みつける。
「秋山君が死んでるかもしれないのよ!なんで…なんで!」
「死んでるかも、でしょ?死んでないかもしれないのよ?助ける側がパニックになったら助けられる側はどうすればいいの?ただ傷を負っていくだけなのよ。」
ココナはアズリの左腕を掴み、持ち上げようとしていた。
「…。」
沙那は黙ったままで今にも大泣きしそうな顔で。
「ほら。沙那がやらなきゃ秋山君が助からないかもよ?」
「…わかってるわよっ!」
沙那は少しだけの涙を出してアズリの右腕を持ち上げた。
苦しがるアズリの顔を見るとココナは言った。
「良かった…まだ息はしてる。早く手当てをしなきゃ…」
調理台の上に乗せ、左の足に持っている小さいがタオルで血止めをした。
アズリを背負っていくのは難しい…だがそうしなければまだ危ないかもしれない。
「…沙那?おもいっきり力を出して。秋山君を運ぶ。」
「わかってるわよ。私もその気だからね!」
二人がアズリの腕を肩に乗せる時。
「…あれ?」
沙那が気付いた。
アズリの血で染められた床に黒い液体。
それはアズリを乗せてる調理台のとこから出てきている。
いや…出ていたといっておこうか。
アズリをそのまま台に乗せたまま、沙那はキャビネットを開く。
「…?沙那?」
ココナもまたアズリを寝かせ、沙那の行動に目を向けた。
沙那はキャビネットを開けた。
暗いそこから見えたのは。
―――目に空間を空けた人が三人―――
「…うぅうううぅう!あはぁぁ!」
「…っ!」
沙那は吐き気を抑え、ココナは下唇とかみ締めて目を逸らした。
ゴロリと二人倒れてきた。
口を大きく開けた女と、前歯が上唇を押し破り下の歯は上顎に突き刺さっていた。
なかに丸まった女は両腕が折れ、脇だけが見える形で死んでいた。
やはり三人とも目には空間があった。
赤くはない赤い血。
電灯で照らしているのだが、赤ではなく黒色である。
何か、こっちをみて笑っているような顔をしてる三人。
それだけで怖かった。
「…でここまで二人は俺を担できたんだ…。」
「うん…」
重い口をあけてアズリが言った。
そに反応し、ココナが口を手で押さえた。
未だに明るいような空が残る。
三人とも重い空気の中。
「…あっ。そういえば。」
アズリは天井を向いて喋った。
「如月たちはどうなったんだろうか…?」
如月たち=楓&和美。
「そういえば…どっかに移動してるんじゃないかな?」
「っていうかまだ美術室にいるかもよ?」
三人の意見がバラバラになった保健室は少しだけ軽くなった。
――――アズリたちと別れた楓たちは。
昼過ぎまで美術室で何かを探していた。
それは証拠品だろうか。
「吉前さん。本当に証拠なんてあるんだろうか…?」
「・・あの時、如月君が見つけた注射器はあるけどそれじゃ先生が犯人って限らない。」
黙々と引き出しや隙間を覗く。
太陽と向かい合うこの部屋には明かりではなく閃光が輝いていた。
しかし、未だにあの人間独特の匂いは消えていない。
日照りで乾いた血は余計に異臭を漂っている。
臭い。その一言に限る。
そして無音。
静かすぎる音が耳を刺す。
その無音を殺すように高々と音が鳴った。
ピルルルルルッ
「うわぁ!」
「何!」
二人とも部屋の中心を見る。
まだなり続ける音。
携帯の音と判明したのはアズリが腰にあるポケットから携帯を取り出したからだった。
「はい…なんだアキラか。いやいいんだ。で、なんだ?」
アキラ、山田秋羅。
楓の中学からの友人であり、和美の友達でもある存在。
「おう…。は?里崎のとこ?…確かに今それを探してるよ。…あぁわかったよ。」
「何だって?」
「アキラ…あいつ、亜希奈とここに来るってさ。」
「何でなのかな?皆、希のことを心配してるのかな?」
「そうじゃないか?だって俺ら、一番の仲良しだったじゃん?」
「そうだけど…いいのかな?二人にもこんなことさせて。」
「いいじゃん。友達だから。手伝うのが筋ってもんだろ。」
和美は少し不安な顔をして楓を見た。
楓はそんな和美の顔なのど知らず、その場から立ち上がった。
―――確かにあのメモは16時30分と書いてあった。
カエデ達は美術室からでて下へとさがっていった。
辺りは夕暮れとなる時間。
ふと窓をみるカエデとカズミ。
「あれ?…なんで煙が立ち上がってるんだろう?」
カズミが指摘したその窓の向こうには微かではあるが、煙がたっていた。
先ほどもいった通り、夕方の時間である。
今は生徒や先生らは学校の中で非難、という形で監禁されているようなもの。
しかもこの時間、焼却炉を使えるのは鍵を持っている人、つまり先生達のみである。
なにが。彼らをそこへ導かせるのだろうか。
真相はあの煙の下。