第二章:醜色
悪魔と堕天使が踊り狂う宴に、黒い燈が輝く。
ゆらゆらとなびく黒い光は目眩がしそうでふらつく足元。
そこに見えた仮面の男。
だが、その仮面は目のところの部分に太いボルトが差し込まれていた。
口だけがクチャと上下の前歯から汚い粘液と混ざり、異様な音をたて、喋りだす。
なにかの呪文のように唾液の音は鳴り響く。
そして、その呪文が唱え終わったのか口を閉じた。
仮面の男の口元が微かに歪み両端から小さな泡を出した。
「おい!高校の里崎ってやつが昨日死んでいたってよ!しかも相当原型を留めてないならしいぜ…」
茶髪の男が言った。
「うわ…あ、でも警察は?今ではみないが?」
小さな眼鏡をかけた男が返答した。
「それがウチの理事長が警察には喋らないとかいってんだよ。」
「はぁ?なんだそれ?だったらまだ犯人が誰だってわからないのか?」
「あぁ。そのことなら」
茶髪の男は手探りで胸ポケットから少々ふやけた煙草の箱を取出し火をつけた。
「…昨日は誰も外からの部外者はいなかったらしい。」
ため息と同時に白い煙が空気と混ざった。
眼鏡の男は言った。
「それって…犯人はウチの学校にいるってことか!?」
「そう、なるだろうな。」
眼鏡の男は慌て、左手の中指で眼鏡をあげた。
「それってやばくないか?だって犯人がまた殺人を犯す…」
「その可能性が高いな。だからウチの理事長は昨日の時点で教師を監禁してるんだよ。ほれ、見てみ。あの小里。少しやつれてみえるだろ?あいつが犯人じゃないかって噂なんだよ。」
「あ?なんでだよ?小里は人を殺すような人柄じゃないだろ。」
ようやく肺に燃料を溜め込みため息混じりに言った。
「そういう人間が殺る(やる)事例が多いだろ。それに考えてみろ。この学校はエリート。頭は良くても、変な輩が多いんだよ。」
「そうか…そうだな。確かに変な奴は多いな。変な宗教に入ってる奴とかいるもんな。」
「だろ?そう考えるとこの学校全体が疑いをかけられるんだよ。…おっとそろそろ集会だな。急ぐぞ。」
「わかって…っおい!待てよ秋羅!」
こうして、高校・中学の集会が始まった。
「え〜…このたびは皆さんも知っていると思いますが高校1年B組の里崎希さんがえ〜…昨日、学校でお亡くなりになりました…」
シンとする張り詰めた空気のなか理事長は話を続けた。
「どなたが彼女を殺害したのかまだわかっていません。え〜…すごく言いにくいのですが…」
ぼそぼそと言う理事長がそこにいた。
しびれを切らしたかのように大体半分あたりの場所から罵声が聞こえた。
「この学校の中に犯人がいるってことだろ?なぁ理事長?」
「な…!飾桜!お前は下がってろ!」
多数の先生がその飾桜という男子生徒に向かって怒鳴りつけた。
「だいたい…部外者が入ってきてないことはもうみんな知ってんだよ。だから回りくどいこというんじゃねぇよ。さっさとこの中に犯人がいるから出てこいって言えよ。クソハゲが。」
飾桜 亮雅。
この学校の中で、もっとも威厳のある生徒。
これまで警察に何度も面倒をみてもらっている程の悪である。
そんな亮雅はそう言い放つと堂々とドアを開けでていった。
またもや静まる空気。
「え〜…そ、それでですね。皆さんには悪いと思うのですが…警察が来るまでおよそ一週間かかるらしいのです。なので申し訳ないのですが、これから一週間、この学校で寝泊りをしてもらいます。でも、ちゃんと食料などは完備されてます。犯人を捕まえるためにはこうやって監禁状態にしなければならないのです。皆さんには迷惑だと思いますが協力をお願いしますね。」
長い長い理事長の言い訳みたいな説明を聞き終え、各自教室へ戻っていった。
その中で高校二年C組のある女子生徒が言った。
「ね…秋山君?秋山君ってば!」
「…んん?何んっすか?」
長身で少し寝呆けた表情のこの秋山という男子生徒に話し掛けた。
「ね。私ね。これはなにか裏があるとふんでるのよ!そこでなんだけど秋山君はどう思うかな?」
「どうって…んん?」
名札からは秋山 空莵璃(あきやま あずり)という少年であるがもっとも、女っぽい名前なのである意味での有名人である。
そんな空莵璃に話し掛けるのは同じクラスであり、新聞部の部長である、水樹 九那(みずき ここな)がいる。
そんな二人の会話である。
「ん〜…じゃあ単刀直入にいうね。誰が犯人だと思う?」
「はぃぃ?…犯人が誰だって…そんなの言えないし…大体、何千人いる学校から見つけだすのは困難かと…」
九那は右手の人差し指で空莵璃の鼻の中心に置きいった。
「むーふふっ。秋ー山君はまだまだですねー。いいですか?私が推測するに、その、殺し方…というのでしょうか。まぁ、あまりにも残虐な死に方だと聞きます。中でも指の先だけが無いということで、私は推測します。この犯行ができるのは…時間帯も考えれば中学の生徒・先生はできないと思います。」
「な、なんでですか?」
鼻から指を離しちょっと複雑な顔して返答した。
「それはですね。部活なんですよ。昨日は美術部は活動してない。それに5時を過ぎたら中学の生徒・先生すべては入れないのです。まぁ先生の中でも例外はいますが9割入れません。そして残る高校全体が誰にでも犯行ができるのです!」
力強く熱弁していると、後ろから手を叩く音と共に誰か、話に割り込んだ。
「素晴らしいわ九那。でも、一つだけいいかしら?」
「はいっ!ドーンときてくださいよ!沙菜さん!」
沙菜という女は口を開いた。
「確かに言ってることは正しいと思うわ。確かにそう。だけれど、問題は高校全体が犯行ができるわけではなくて?」
息継ぎをわざとして、
「その犯行ができるのは先生達のみではないかしら?」
「え…?な、なんで?」
「あら?わからない?犯行するには放課後が一番だけど、美術室は閉まってるはず。だけど開いていた。それに美術部は活動していなかった。どう?」
九那は口を強く噛んだ。
と、そこへ、
「あ、あの。そんなに知りたいならその…被害者の友達とかにその時の状況について話してもらえば…」
空莵璃が割り込み、沈黙を殺した。
「あら、いい考えだわ。さすがわ空莵璃君だわ。そうね。早速、いきましょ。ねぇ?九那?」
「えぇ…わかってるわ。」
そして健全である高校生の貴重な昼時を蹴って一年の教室へ向かった。
ちょうど帰り時であるがまだ校舎内は賑やかであった。
それもそのはず。
犯人が見つかるまで、そして警察がくるまでの一週間はこの学校で過ごさなければならない。
授業が終わり部活に行くものや教室で話すもの。
また、家に電話するもの。
誰もが慌ただしく動いていた。
「確か…1ーBだっけな?」
その動いている時にあの三人組は1年のクラスの前までやってきた。
「えぇ。そこの子に聞くと吉前和美って子が一番の親友だったと言ってたわ。」
沙菜が言うと頷くのは空莵璃だけで、九那は迷わず扉を勢いよく開けた。
壁にぶつかる音と押す時のレールを引きずる音が鳴り響いた。
「ねぇ。吉前和美さんって今、いる?」
「水樹さん!?ちょっといきなりは厳しいですよ!もっとやさしく…」
そんな空莵璃の声も虚しく九那の声は数少ない教室に響いた。
と、その叫びに引きついたのは一人の少女がいた。
「あのぅ…」少し怯えた声で九那の前に立った。
「あなたが吉前さん!?」
その罵声なる九那の声は少女を恐怖へと陥れた。
ビクッと肩が震えた。
少しばかり恐がった表情で重い口を開けた。
「…いえ。和美は今、如月君と美術室にいきました…なんでも、証拠がどうこうと。」
ようやく落ち着いた声で喋った。
「そう…。わかったわ。ありがとう。」
「あ、いえ。これくらいのことなら…」
少女は軽く頭を下げると、九那が走っていくのが見えた。
空莵璃と沙那は時間差で九那の跡をおった。
「さて…ここね。」
息を切らした沙那が言った。
ついで空莵璃が息を殺しながら、
「そうっすね。これでやっと謎が解けるんですね。」
二人はなぜか楽しい顔をしていたが、九那だけは眉間にしわをよせていた。
「早く入ろう…なんか嫌な感じがする。」
そう、不思議で哀しげな言葉が二人を揺らした。
時は夕刻を指す時間。
事件があった時刻と重なるように。
カラカラと乾いたようなレールの音がなった。
三人とも息を忘れたようにゆっくり、ゆっくり、と一歩ずつ足を前へ進む。
すると、奥から擦れた声が鳴った。
「…苦しいんだね。…大丈夫…私達がなんとかするから。きっと…きっとだからね。」
どうも女の声だ。
すると、九那が喉からでる息を薄めながら二人に耳打ちをした。
「…私が話にいく。二人はそこの机をくっつけてなにか書く物をもってきて。ね?理由はあとで話すからお願い。」
九那が真剣な目で二人を見た。
それに答えるように空莵璃と沙那は頷き、ゆっくりと動いた。
九那は二人が行くのを確認するとその声のほうへ歩いた。
二つの背中が丸まっていた。
九那はその丸みのある背中に話し掛けた。
「あの…吉前さんかな?あ、あの私ね…」
九那が喋った瞬間に少女は振り向いた。
それも片手に凶器を持って。
「…なんですか?私達を笑いにきたんですか…?」
「違うの…。私達は犯人の行動に不信感を持ったからあなた達のとこへきたの。別に笑いにきたわけではないわ。ただ、話がしたいだけよ。」
「…話?」
もう一つな丸みが顔をあげて言った。
「えぇそう。話よ。」
「…いったいなんですか?」
和美は九那の話にのった感じで向きを変え、半ば中腰な格好で九那のほうをむいた。
「私ね…どうも里崎さんの死が受け入れられないのよ。そこには何か裏があると思って…いろいろと誰が犯行をしたのか、て。もちろん、それは面白半分ではなくて。」
そっと生暖かい風が頬を掠めていった。
音もなくただ九那の声だけが美術室に響いた。
「だから…里崎さんの行動を教えてほしいの。なぜここにいたのかって。犯人が見つかれば他の生徒に被害はないし、里崎さんの死も報われるって。」
そんな九那の話を聞いていた楓が口にした。
「さっきから聞いてれば…あんたらはただ自分が死にたくないように聞こえるんだが?違うか?里崎のことも知らないくせにでしゃばるなよ。」
「ち、ちがうの!別にそういうことじゃ…!」
九那が焦ってると後ろから喧嘩ごしの声が聞こえた。
「…そりゃそうさ。誰でも死にたくはないだろ。俺だってそうお前だってそう。里崎ってやつは…かわいそうなことをされたがな…だから被害を広げないようにこうして話をしたいっていってんだよ。お前はそのくらいもわからない馬鹿なのか?」
「…!!んだとっ!?」
空莵璃の言葉は楓の逆鱗にふれた。
「とことん馬鹿で愚かな男だなお前は。そんなこと理解もできない奴が人の死を語るなよ。」
「秋山君…」
真剣な眼差しで楓を睨めつける空莵璃。
ちょっと上をみればわかる、一人の男性。
「如月…だっけな。お前はなんのために生きる?なんのために生きようとするんだ?」
「…あ?」
楓が呆れたような、困った顔を見せた。
「ただ生まれてきただけの形なら死んでしまえばいい。だがな、生きたいっていう理由がなければこんな場所なんかいない。ましてや、死んでもいいっていう奴だっていない。お前はどっちなんだ?」
「…ふざけんな。何のため?生きててなにが悪い?死んでなにが悪いっていうんだよ?なぁ!?」
楓が怒鳴りつけた。
だが、楓の頬に硬く速い重みが伝わった。
「ざけんじゃねぇ!!…死んでいいわけないだろっ!死んだらそこで終わりなんだよ!てめぇはそれを知らないだけのただのバカにすぎないんだよ!」
「空莵璃君!」
後ろから沙菜が振り上げる空莵璃の右腕を両手で止めた。
軽く唾を吐きすて空莵璃を睨めつけた。
「如月君。もう…いいの。」
「…ふざけんなよ。吉前、あのバカの言うことなんて従うんじゃねぇよ。里崎のこと忘れたんじゃねぇだろうな?」
少し湿った手が楓の頬をなぞる。
「忘れるわけないわ…希のことは死ぬまで忘れない。だけど…私たちが死んだら誰が犯人を見つけるの?死んだら時間は止まってしまう。時間を止めてしまえば私たちの生死の話は終わってしまうわ…。なら、時間を進ませばいいのよ。」
和美が言った言葉は揺れる楓の気持ちを受けとめるように、暖かく意味のある言葉。
死ねばそこで終わる。
はかない時間の中に彼らは存在するのだ。
遥か遠くにある、刻は何を教えることなくただ刻む針だけの存在。
そんな意味のある言葉だった。
「話します。あの日、里崎希が殺されたすべてを。」
ゆっくりと動く針は、惑わす魔女の指。
彼らに与えた奇跡とはなんだろうか。
それもまた運命。
切れない運なんだと。
片腕の堕天使。
そう、天使はいったのだ。
若すぎる人間に与えられたのは、一つの試練というものだろう。
あれは光。
吐き出された綺麗な光。
繋がっていただけで。
死んでしまったあの花。
彼はぎゅっと両手でかざす、光が暴れた。
醜い彼女は、影にくるまって死ぬんだ。
いつだって、壁の向こう。
生きることに永遠を。
花を。
生きることに栄光を。
殺した。
鮮やかに光って、死んでくれ。
綺麗なままで、彼を殺して。
綺麗なここで、彼女が殺されて。
それでも彼女の手は白く、綺麗で。
それでも彼は生きるように、彼女が眠るように。
それでも生きるよ。
願っていきたい。
それでも彼は生きる。
だから――どうか。
もう、誰も死なないでくれ。