Level2:蒼空
※この小説は『デュエル・マスターズ』を題材にした小説です。
※あくまでもフィクションです。
実在する地名、氏名年齢住所電番などとはまったく関係がありません。
※なおカードの効果などはココ(http://www27.atwiki.jp/duel_masters/)で調べるといいと思います。
Next Level~輝ける切札~
DRでは、大会が終わった後にその場所をフリーデュエルスペースとして開放している場合が多い。そこでは大人子供問わずトレードをしていたり、デュエルしていたり、談笑していたりする。
その中にはシャークトレード(価値が釣り合わない不正トレード)やカードを盗む輩が居ることもあるが、この『トランプ』ではそういうのは少ない。店長がしっかりしているからだ。
翔は、受け取った優勝商品のプロモカードを黒いエナメルバックに入れると、バーのカウンターにあるような椅子に座った。
普通は、カードショップにこういうような椅子は置いていない。では何故置いてあるのだろうか?
その理由は簡単、ここが「バー」でもあるからだ。
この『トランプ』では昼の営業を終えると、紳士淑女の集まるバーに早変わりする。だからここは「カードバー」とも呼ばれているらしい。
バーの向かい側では、フリースペースのデュエルを楽しそうに眺めている若い女性がグラスを磨いていた。
その若い女性は髪をロングにして垂らし前髪をピンで留めている。顔から見るに20代前半で、日本人的な美しさを醸し出している。
「・・・店長、お茶ください」
若い女性は点いていた薬缶の火を止め、棚から取り出したコップにティーパックを入れ注ぐ。彼女は、笑顔で翔の前のカウンターにコップを置いた。
「火渡君。優勝おめでとう」
どう考えても彼女が店長であるはずは無い。若すぎる。
この『トランプ』は「デュエル・マスターズ」が発売された頃ぐらいに作られたものだ。
それを立証するように、壁にかけられている開店当初の『トランプ』の写真には2002とくっきり刻まれている。
彼女は20歳前半の容姿をしているので、そこから計算すると彼女は10代にこの店を開いたことになる。どう考えてもおかしい。
しかし、彼女はこの『トランプ』の店長なのは確かなのである。
彼女の年齢も出生も経歴も謎に包まれている。それは、翔にも、他の『トランプ』の常連も知らない。
以前、誰かの調べで、何かのカードゲームの世界一だったことが分かっていたが、それ以上のことは知らなかった。
しかし、誰も調べようとはしない。それは何故か?
簡単な理由だ。それがこの店の「禁忌」だからである。
翔は、静かにコップに手をとりそれをすする。中身はどうやら紅茶のようだ。
「店長も気付いていたでしょう?あの決勝の青年のイカサマ」
「えぇ、気付きましたよ。珍しいですね、あの手のイカサマは」
先程翔と決勝で戦った青年の姿はもう無い。2位に渡されるプロモカードも持っていかなかったらしい。
「‘すべてのカードの配置が分かる’‘好きなカードを手札とシールドに入れられる’。気付いたのがデュエルの始まった後だったのでジャッジに言えなかったですが、まさかあんな手があったとは驚きです」
翔がもう一度紅茶をすする。店長の入れる紅茶は人一倍おいしい。それが、この店の魅力の一つでもあるだろう。
「あなたと私以外誰も気付かなかったのですから。あれがかなり鍛錬された技であるのは間違いなかったですね。彼はマジシャンか何かだったのでしょう」
「で、店長はいつ気が付きましたか?」
翔が疑問を投げかける。彼女は、満面の笑みで答えた。
「もちろん、シャッフルしているときです」
フリーデュエルスペースは、DR程ではないが真剣なデュエルを楽しめる場所である。
どの大会形式でも優勝者は一人で、誰もが1回は負けているからだ。
カジュアルデッキやファンデッキでも、必ず勝ちを目指す。
ほとんどのデュエリストにおいて、負けは普通悔しいものだ。
相手の素晴らしいデッキやプレイングに心を奪われることもあるが、それでも自分の自身のあるデッキを使って負けるのは悔しい。
そんなフリーデュエルを鑑賞するプレイヤーも少なくは無い。
『トランプ』の一角で行われているデュエルは、決勝戦ほどではないがギャラリーが集まっていた。
対戦しているのは、メガネをかけた少年と今日のDRであのイカサマ師に準決勝で敗北した4位の青年。
メガネの少年は、灰色の地味なTシャツの上に青チェックのパーカーを着て、そのパーカーのチャックをそれなりに閉めている。背丈と顔から推測するにどうやら中学生のようだ。
対して、4位の青年は、緑の長袖Tシャツの上に少し黒めの灰色のVネックのトレーナーを着ている。こちらはどうやら高校生のようだ。
今は高校生のターン。シールドは5枚の無傷でバトルゾーンには、《マイキーのペンチ》とその効果でスピードアタッカーになった《時空の封殺ディアスZ》がそれぞれ1体ずつ鎮座している。どうやら「超次元ペンチビート」のようだ。
対して、メガネの中学生のシールドはバトルゾーンには《魔光騎聖ブラッディ・シャドウ》と、《時空の精圧ドラヴィタ》、前のターン《ヘブンズ・ゲート》からバトルゾーンに出した《神令の精霊ウルテミス》と《知識の精霊ロードリエス》のエンジェル・コマンドを中心としたブロッカーが並んでいる。
盤面だけを見ると明らかに中学生の方が有利に見えるが、高校生の手札には、それを覆せるカードが存在した。
「俺のターン。《クリムゾン・メガ・ドラグーン》召喚。ブロッカーを全て破壊!」
中学生のバトルゾーンの殆どのクリーチャーが吹き飛ぶ。残ったのは《ドラヴィタ》のみだ。
「《ディアスZ》でシールドに攻撃!殲滅返霊発動。墓地をそれぞれ4枚ずつ戻します。」
「……手札を二枚山札の一番下に置きます。」
中学生の4枚あった手札が2枚削られ半分になる。
「シールドをW・ブレイク!」
今度は中学生の手札が2枚増える。しかし、中学生は有利にならない。
「さらにスピードアタッカーとなった《クリムゾン・メガ・ドラグーン》でシールドに攻撃!最後のシールドをブレイク!」
中学生を守っていた最後の盾が削られる。絶体絶命―――。
「S(シ-ルド)・トリガー発動!《ヘブンズ・ゲート》!手札から《魔光大帝ネロ・グリフィス》を2体バトルゾーンに!」
中学生の手札から大型ブロッカーが2体バトルゾーンに出された。高校生が舌打ちする。
高校生の攻撃の手が止まる。しかし、まだ高校生が有利なことには変わりない。
このターン中学生のバトルゾーンを離れたクリーチャーは3体。つまり―――。
「ターンエンド。このターン君のバトルゾーンを離れたクリーチャーは3体なので《ディアスZ (ゼータ)》覚醒―――《殲滅の覚醒者ディアボロスZ》!」
翔の飲んでいた紅茶はもうはじめにあった量の半分を切っている。
もう湯気の立たなくなった紅茶を見ながら翔はため息をついた。
「ハァ…………。やっぱりはじめから気付いていましたか」
「まあジャッジが気付かなかったのは驚きましたけどね。今度私からあのジャッジに指導しなければならないようです」
ジャッジをやっていた店員がギクリと跳ねこちらを見た。
店長は自分で磨いていたグラスにボトルを注ぎ、それを飲み干す。
「店長。それお酒」
「あ」
彼女の手元にあったボトルには、きっちりと「マティーニ」と刻まれていた。
中学生は今、窮地に立たされていた。
彼のバトルゾーンにあるエンジェル・コマンド達は高校生の《ディアボロスZ》によって、ただの雑魚クリーチャーに変化してしまっている。
対して高校生のバトルゾーンにはその《ディアボロスZ》と先程中学生のブロッカーを吹き飛ばした《クリムゾン・メガ・ドラグーン》、《マイキーのペンチ》の3体バトルゾーンにある。
中学生のシールドは0。つまり、この高校生の3体のクリーチャーを除去しない限り、中学生の敗北は決定する。
さらに《ディアボロスZ》は「解除」能力を持っているため、破壊されてもバトルゾーンに残る。つまり、計4回除去しなければならない。
中学生のデッキには《魔刻の斬将オルゼキア》が入っているようだったが、それでも足りない。その場しのぎにはなっても、結局ジリ貧になって負けてしまうだろう。
このターンが彼の運命の分岐点だ。
「僕のターン」
高校生はまだ気がついてはいない。ここからはじまる大逆転劇を。
「進化GV―――」
彼の引き起こす大逆転劇を。
「《超神星ネプチューン・シュトローム》!」
周りのギャラリーがざわめく。気付いたのだ。この状況をひっくり返すことが出来る唯一の方法に。
「《ネプチューン・シュトローム》で《ディアボロスZ》に攻撃!メテオバーンを発動!あなたのバトルゾーンのクリーチャーをすべて手札に戻します!」
「!」
高校生のバトルゾーンから解除された《ディアスZ》以外のクリーチャーがすべて手札に戻る。さらに《ディアスZ》を対象にした攻撃はまだ終わっていないので、追撃をかけるように《ディアスZ》もバトルゾーンを離れ、超次元ゾーンに戻ってしまった。
「くっ、俺のターン!」
高校生が焦ったようにドローする。
青年の手札には先程に戻された《マイキーのペンチ》と《クリムゾン・メガ・ドラグーン》しかない。このドローのみがこの状況を打破できる唯一の鍵だ。
「……!《鎧亜の咆哮キリュー・ジルヴェス》召喚!」
高校生はデッキの中に入っている唯一のスピードアタッカーを召喚した。
中学生のシールドは0枚。ブロッカーも無い。
「《キリュー・ジルヴェス》でトドメ!」
周りのギャラリーが全員息を呑む。しかし、中学生の目はまだ諦めていない。
「Nストライク《威牙の幻ハンゾウ》!《キリュー・ジルヴェス》を-6000!」
高校生には攻撃が通ったように見えた。しかし、その攻撃さえ一枚のクリーチャーによって阻まれてしまう。高校生は彼のデッキが究極の防御型デッキだと改めて気付かされた。
「僕のターン。《魔光帝フェルナンドⅦ世》をコスト軽減して召喚します!そして呪文《魔弾バレッド・バイス》。手札を2枚捨ててください」
高校生の手札は2枚しかない。もちろん全て捨てられる。
もともとこの状況を逆転できるようなカードでは無かったが、手札アドバンテージをすべて奪われてしまった。これは痛い。
「《ネプチューン・シュトローム》でシールドをT・ブレイク!」
高校生のシールドが3枚も削られる。1枚1枚高校生は期待しながら捲っていったが、S・トリガーは無かったようだ。
「俺のターン…………」
引いたカードを見ても、先程ブレイクされたカードと同じように、この状況をひっくり返すことの出来るカードではなかった。尤も、彼のデッキにはこの状況をひっくり返せるようなカードは無いだろうが。
高校生は、完全に諦めた。
「僕のターン。《魔弾オープン・ブレイン》。4枚ドローします。そして呪文を唱えたので《魔光騎聖ブラッディ・シャドウ》をG・0で召喚―――」
高校生の顔が引きつる。まだ防御を固めるつもりなのだろうかと。
「《フェルナンドⅦ世》でシールドをW・ブレイク!」
高校生は機械的にシールドを捲り、全て手札に加える。もう逆転することは出来ない。
「《ネプチューン・シュトローム》でトドメをさします!」
翔の飲んでいた紅茶はもう空になった。
翔は壁に掛けられている時計を見る。6時―――。
多少日が伸びたとはいえ、もうすぐ帰らなければならない時間だ。
もう店長はカウンターの向かい側にはいない。多分、夜のバーの準備をしているのだろう。
そう思いながら自分のバックの中にデッキをしまっていると、ふいに後ろから声をかけられた。
「翔、そろそろ帰ろうか」
話しかけたのは先程のメガネの中学生のようだ。
「そうだな、優也」
店を出ようとするメガネの少年―――蒼木 優也の後を追うように翔は席を立ち上がった。
日が暮れている。その光は自転車に乗って家に帰ろうとする二人を包み込む。
「火渡 翔と蒼木 優也。共に中学2年生か……。」
その光景を見ながら『トランプ』の2階のベランダから、店長―――鈴宮 麗奈はグラスにボトルを注ぎ、それを飲み干した。
「もしかしたら…………ね………」
彼女はグラスを軽く揺らし、その中にわずかに入っていた液体が跳ねる。
「店長、それカクテルです」
「あ」
先程から正座で座っているジャッジが指摘した、彼女が飲んでいたボトルには、しっかりと「ベルモット」と刻まれていた。
そんなわけで第2話でーす。早ぇー!執筆早ぇー!プロット追いつかねー!
この話では《超神星ネプチューン・シュトローム》を操る蒼木 優也君が登場しました。
彼のデッキはコントロール系なので執筆するのにとても苦労しました。ビート脳ェ・・・。
しかしどうしても使わせたかったのですよ。彼に《ネプチューン・シュトローム》を。
もう少し使われて良いと思うんだけどなあ。