室町時代の池坊に弟子入りしたんだけど、現代の花束を活けたら天才扱いされた話
「もっとドカンとデカい、豪華な花束の注文入らないかなあ」
駅前のフラワーショップでバイトを始めてちょうど一年。大学二年生の私は、ほうきを手に店先を掃きながら、大きなため息をついていた。
最近、店長に教えてもらった「スパイラルブーケ」の技術にすっかりハマっている。茎を同じ方向に斜めに交差させ、螺旋状に束ねていく技法だ。これがバシッと決まると、花たちがふんわりと自立して、圧倒的なボリュームと華やかさが生まれる。
もっと色んな花を組み合わせて、腕が折れるくらいの巨大な花束を作ってみたい。そんな欲求がむくむくと湧いていた。
その時、ふっと風が吹き抜け、満開の街路樹から一枚の桜の花びらが舞い落ちてきた。
視界の真ん中に吸い込まれそうになり、私は思わず「うわっ」と強く目を瞑る。
「……あれ?」
風が止んだ。
目を開けると、そこはガラス張りのオシャレな花屋の店頭ではなかった。
青々とした苔むす庭園。重厚な木造の堂宇。
線香の煙と、濡れた土の匂い。
目の前には、薄汚れた麻の着物を着て、頭を剃り上げた男たちが数人、地面に座り込んで花と格闘していた。
「おい、そこなる女子。なにをぼけっと突っ立っておる」
「え? あ、あの……ここ、どこですか? 烏丸通の……?」
「烏丸? ここは六角堂(頂法寺)の坊中ぞ。池坊の師父のもとでいけばなの修行中と知っての問いか?」
(……六角堂? 池坊!? え、華道の元祖のあそこ!?)
混乱する頭を押さえながら、私は彼らが手にしている「花」に目を向けて、思わず固まった。
(……なんか、地味じゃない?)
そこに転がっていたのは、現代の温室で品種改良されつくした大輪のバラやカーネーションとは程遠いものだった。
花びらは小さく、色もどこかくすんでいる。茎は曲がりくねり、葉っぱには虫食いの穴すらあった。まるで山奥から適当に刈り取ってきた「野良の花」だ。
「あの……これ、売り物ですか? もうちょっと華やかな花はないんですか?」
「な……なんだと!?」
私の呟きに、一番体格のいい兄弟子風の男が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「無礼者め! これらは野山から賜った尊い命ぞ! 姿の歪み、枝の曲がりの中にこそ、自然の理が宿るのだ! 花の華やかさばかりを追い求めるなど、浅はかな素人めが!」
「いや、でも……せっかく飾るなら、もっとパーッと明るい方が……」
「だまれ! そこまで言うなら、お前の言う『華やか』とやらを見せてみよ! 腕もないくせに口ばかり叩きおって!」
兄弟子は足元に転がっていた山掘りの花々――小さな野菊、蔓草、歪んだツツジの枝などを、乱暴に私の足元へ放り投げた。陶器の広口の器も、どんっと置かれる。
「……いいんですか? 私、花束作ると止まらなくなりますよ?」
カチンときた私は、腕まくりをした。
作法も流派も知らない。だが、花を美しく見せるための「現代の理論」なら体に染み込んでいる。
私は落ちていた麻縄を一本拾うと、花々を手にとった。
(色味が地味なら、密度で勝負だ。枝の曲がりを打ち消すように交差させて……)
一本目のツツジの枝を軸に、野菊を斜めに重ねる。蔓草を巻き込みながら、茎を同じ方向へぐるぐるんと螺旋状に組み上げていく。
軸を支える左手に少しずつ重みが乗る。花たちの顔向きを計算し、全方位から見ても美しく、かつ中央が一番高くなるドーム状のグラデーションを構築していく。
「な、なにをやっているのだあいつは……!?」
「茎を紐で縛り上げているぞ!?」
「バカな! いけばなとは、器という小宇宙の中に一輪、一枝を立てる『引き算』の美! あんな風に押し込め合っては、花が息絶えてしまう!」
周囲の門弟たちが騒ぎ出す。だが、私の手は止まらない。
最後に、麻縄で茎の結び目をキュッと強く縛り上げた。
そして、その巨大な「野花のブーケ」を、そのまま器の真ん中にドスンと立てた。
自立した。
紐で強固に固定された野花たちは、まるで一つの巨大な「花の生命体」のように、圧倒的な密度と立体感を持って咲き誇っていた。地味だったはずの野菊やツツジが、互いの色を補い合い、溢れんばかりの躍動感を放っている。
「完成! 現代風・野山のスパイラルブーケです!」
「な……なんだこれは……!」
「無作法だ! 花の命を力任せに束ねて……品がない!」
「引きずり出せ! 師父のお目を汚す前に!」
兄弟子たちが激怒し、私の腕を掴もうとした、その時だった。
「――控えよ」
奥の襖が静かに開き、小柄な老僧が歩み出てきた。
一瞬で場の空気が緊張に包まれる。門弟たちが一斉にひれ伏した。池坊の師父――池坊専慶その人だった。
専慶は静かな歩調で私の作品に近づくと、じっとその「花束」を見つめた。
一分。二分。沈黙が重くのしかかる。
(……やばい、やっぱり怒られるかも)
私が固まっていると、専慶がぽつりと呟いた。
「……野山が、ここにある」
「え?」
「わしらはこれまで、一輪の立ち姿に自然の真理を見出そうとしてきた。枝を削ぎ落とし、静寂を写し取ることに腐心してきた……。だが、この者は違う」
専慶の目が、少年のような輝きを帯びる。
「生気あふれる命の群れを、そのままここに連れてきたのだ。束ねることで、個の花が消え、新たな大きな命が芽生えている。……見事だ。花にこのような『爛漫たる表現』があったとは」
「し、師父!? このような無作法の束ねものを認められるのですか!?」
動揺する兄弟子に、専慶は首を振った。
「無作法ではない。極めて理にかなった骨格(構造)がある。……女子よ、名は何という。今日からお前を、我が一番弟子として迎えたい」
「ええっ!? いや私、ただの花屋のバイトなんですけどー!?」
「まあ待て」
専慶は微笑み、脇に飾られていた小さな花瓶を指さした。
そこには、たった一輪の、すっと伸びた椿の花が活けられていた。余計な葉はすべて削ぎ落とされ、ただ一輪だけが静かに咲いている。
「お前の花は賑やかで、真に美しい。だが……この一輪の『静けさ』が、お前には見えるか?」
私は、その一輪の椿に目を奪われた。
私の作った豪華な花束とは真逆の、削ぎ落とされた美。
ごちゃごちゃした装飾がないからこそ、一輪の生き様が、凛とした刃物のように胸に刺さってくる。
(……っ! なにこれ……地味だと思ってたのに、ゾクッとするほど綺麗……!)
「足し算の美を知る者が、引き算の静けさを知れば……お前の花は、さらに化けるぞ」
専慶の言葉が、深く胸に染み込んでいく。
華道って、こんなに深いんだ――。
感銘に打たれていると、ふいに強い風が吹き抜けた。
庭の桜の花びらが、視界いっぱいに舞い散る。
「あ――」
私は思わず、もう一度強く目を瞑った。
◇
「……ちょっと、大丈夫? ぼーっとして」
ハッと目を開けると、目の前には店長の心配そうな顔があった。
車が行き交う効果音。ガラス張りのオシャレな店内。現代の烏丸通に戻ってきたのだ。
「あ……店長。私、どれくらい固まってました?」
「一瞬よ? 桜の花びらでも目に入ったのかと思ったわ」
店長は苦笑しながら、手元の注文票を私に手渡した。
「ほら、お祝い用のフラワーアレンジメントの注文入ったわよ。『個性的で、凛とした格好いい感じで』だって。やってみる?」
「……はい! やらせてください!」
私は作業台に向かい、現代の大輪の花々を手にとった。
今までの私なら、とにかく花を詰め込んで豪華に見せようとしただろう。
でも、今の私には「室町で教わった視点」がある。
たくさん咲き誇る花々の中から、あえてメインの数本を際立たせるために、周りの葉を思い切り削ぎ落とす。空間(間)を作り、茎の自然な曲がりを活かして、一輪一輪が一番美しく呼吸できる位置に収めていく。
足し算の豪華さと、引き算の美学。
出来上がったアレンジメントを見た店長が、息をのんだ。
「……えっ、何これ!? いつもの豪華さに加えて、なんか……ものすごく静かで凛とした品があるんだけど! あなた、急に上手くなってない!?」
「ふふん」
私は胸を張って、心の中でドヤ顔をした。
(当たり前ですよ。私、室町時代で池坊の師匠に一目置かれてきたんですから!)
【後書き】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
「現代の技術(足し算)×室町の美学(引き算)」のギャップを楽しんでいただけたら嬉しいです。
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【作者からのお知らせ】
普段は、織田信長と森蘭丸が現代の安土にタイムスリップして、安土の隆盛を決意する歴史コメディも連載中です!
テンポの良い掛け合いがお好きな方は、ぜひこちらも覗いてみてください!
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