第8話
「――父上は位が高いだけでなく皇帝陛下からの信頼も厚く、ソ家の娘であるわたくしの輿入れも喜んで受けてくださったと聞いております。皇后の椅子も、わたくしが座ることになるでしょう」
「……さようでございますか」
丸い机を挟んだ正面の椅子に座る女性は、赤みがかった髪を指先で弄りながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべてそう言う。
わたくしとしてはそれを決めるのはあなた様ではなく皇帝陛下だろうと、なぜ勝ち誇った笑みで自慢しているのだろうかという考えが過ぎりながらも、ただ笑顔で受け流した。
その答えに満足したのか、見下すようにわたくしを見つめる黒い瞳は『参ったか』と言わんばかりだったが、わたくしの心に浮かぶ感情は特にない。
あぁ、少しだけ安堵があったかもしれないわね。
ただニコニコと笑みを浮かべ、彼女の長々と続く自慢話を聞き続けなければならない苦行のような時間が、やっと終わったことを喜ぶ感情が。
まぁ、わたくしは彼女のように感情を顔に出すことはしないけれど。
気が強そうな表情・豪奢な装い・濃い化粧が気になるが、顔立ち自体は美人な彼女は、相変わらず勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
そんなわたくしの視線に気がついてか、彼女はさらにふんっと鼻を鳴らして自慢げに口を開く。
「お気づきになって? この服も化粧品も、陛下からの贈り物ですの。陛下は《《頻繁に》》、このような贈り物をくださるのですよ」
「まぁ……」
なんと答えるべきか考えたが、どんな答えでも別に問題なさそうだという結論に行き着き、笑顔で適当な返事をする。
それに対してやはり彼女は満足げな、自慢げな笑みを浮かべていた。
そしてそんな彼女をよいしょするように「さすがフォンス様」「皇后にふさわしいのはやはりフォンス様ですわ」と、左右にいる女性たちが言う。
彼女たちも同じ皇帝陛下の妃なのだけれど、どうやら皇后の座を目指すことはなく、上位貴族である彼女に媚びへつらうことで、後宮内でうまく立ち回っているらしい。
おそらく皇帝陛下のお通りが少ないからこその立ち回りなのだろう。
そんな妃たちを取り巻きのようにしていることを思うと、彼女自身にはそれなりに皇帝陛下の通いがあるのかもしれない。
「わたくしの宮にある壺も、掛け軸も、陛下からの贈り物なんですの。あんなに頂いても置き場所は限られているというのに、本当に困ってしまいますわ」
彼女からは微塵も困った様子は感じず、ただただ自慢げだ。
そんな彼女を、左右に纏わりつくように座っている妃たちが、媚びへつらうようによいしょする……さっきからずっとこれの繰り返し。
わたくしはそんな光景に、疲れたため息が漏れそうになるのをぐっとこらえて、にこにこと笑みを浮かべ続けた。
――今日はこの勝ち気な赤髪の女性……フォンス様というお妃様にお茶会に招待していただいたので、後宮の庭園にあるお茶会用の大きめの東屋を訪れていた。
同じ皇帝陛下の妃同士でお茶会をするなんて、面倒なことになるだろうとは思っていたけれど……想像以上にくだらない光景をずっと見せられて、げんなりする。
早くこのお茶会が終わらないかなと、笑顔を顔に貼り付けたまま時が過ぎるのを待っていると、フォンス様が憐れむように、眉根を寄せて口元に手をやって口を開く。
「そういうことで、いくら後宮の美姫と言われようとも調子に乗らず、立場を弁えてくださいね」
「……はい?」
フォンス様の言葉の意味がよくわからず、気の抜けた困惑の声を漏らすと、先程までとは打って変わって彼女は苛立った様子で言葉を続ける。
「最近は皇帝陛下の通いも多く、寵愛を受けていると思っているかもしれませんが、そんなのは一時的なものです。真の寵愛はわたくしに注がれているので、勘違いをなさらないで」
そう話す彼女は、自信に満ちあふれているように見えて、焦っているようにも感じた。
要するに、皇帝陛下の関心がわたくしに向いているのが面白くないということらしい。
嫉妬心と自尊心が入り乱れた結果が、今日の今まで続いた自慢話につながるのかと思うと、今日という日が全て無駄だったように思える。
内心げんなりとしながらも、わたくしはただ穏やかな笑みを浮かべて答える。
「皇帝陛下の御心は皇帝陛下ご自身がお決めになることですから、わたくしは勘違いすることも調子に乗ることもなく、ただ皇帝陛下のお望みになるままに致します」
わたくしの心が皇帝陛下に向いていないからこその言葉なのかもしれないが、わたくしは皇帝陛下の妃として、正しい受け答えをできたのではないかなと思う。
けれどフォンス様はそうは思ってくださらないらしく、わなわなと怒りに震えていらっしゃる様子だった。
そして怒りのままに机に置かれたお茶を手に取って、わたくしに向けて勢いよく振り、中のお茶をかけてくる。
長い自慢話が幸いして、温度がすでに冷えていたのでやけどすることはなかったけれど、わたくしは驚いて動くことができず、水浸しになってしまった。
フォンス様はスッキリとしたのか、ざまぁみなさいと言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべていらしたが、濡れそぼったわたくしの姿を見ると笑みはすぐに消えて固まっていた。
左右にいた妃たちがクスクスと小さくこぼしていた笑みも止まり、彼女たちは頬を染めてどこか惚けた様子でわたくしを見つめている。
理由は分かりきっていた。
そう……濡れていたわたくしが美しいからだろう。
幼い頃、お風呂に入っていただけで侍女たちから「まるで人魚のようです……」と感嘆の声を挙げられたことがあるから、彼女たちも似たようなことを思っているのだろう。
その考えを証明するように、取り巻きの妃の一人が「なんて美しい……」と無意識に口から本心を漏らしていた。
そんな言葉にハッとしたフォンス様は、苛立った様子で本心を漏らした妃を睨む。
けれど反論の言葉は持ち合わせていなかったのか、ただ無言で忌々しげに睨んでいるだけだった。
その視線に気がついた妃は、慌てて口を抑えていたけれど、フォンス様の不機嫌は直らない。
……このままこの場にいては、面倒事に巻き込まれそうね。
そう思ったわたくしは、濡れそぼったままにっこりと笑みを浮かべる。
「……服が濡れてしまいましたので、わたくしはこれで失礼いたします。本日はお茶会へのお招き、誠にありがとうございました」
そう言ってぺこりと頭を下げて、わたくしは穏やかな笑みを浮かべたまま、フォンス様のお茶会から去った。
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