第37話
皇帝陛下のおかげで、失恋とイェン兄様の結婚という事実を、少しずつ受け入れられるようになっていた頃。
確かに恋が成就することはなかったけれど、そんなことは最初から覚悟の上だっただろうと。
わたくしが後宮に入った理由は、イェン兄様とどうこうなろうということではなく、お傍にいられるだけで良いと思っていたはずだろうと、自分の心を落ち着けていた。
それにたとえ振られたからといって、わたくしのイェン兄様に対する想いが突然なくなる……なんてことはない。
悲しみも叶わない恋心も抱えたまま、わたくしはそれなりに変わらない日常を過ごしていた。
そんなある日、また皇太后様からお茶会のお誘いを受けた。
場所は皇太后様の宮にある庭園ということだったので、わたくしは彼女の宮を訪問する。
わたくしを出迎える皇太后様は、以前お会いした時と何も変わらず、穏やかな笑みを浮かべながら物腰柔らかな口調だけれど……笑みの奥から、強い圧を感じた。
皇太后様からの呼び出しなど、良いことであるはずがないと……わたくしは、緊張しながらも、表面上は笑みを浮かべる。
「息子とは、最近どうなのですか? メイリンさん」
「変わらず、大切にしていただいております」
「大切に……ね」
皇太后様は薄く笑みを浮かべてこちらを見つめているけれど、細められた目の奥には暗い何かを孕んでいた。
わたくしはごくりと生唾を飲み込みながらも、笑みを崩さないように努める。
「息子はあなたのところにばかり通っているわね」
「そのようなことは……他のお妃様のところへも通っていらっしゃると聞いております」
「確かに通っているけれど、頻度は明らかに減っているわ。そのくらい、あなたも把握しているでしょう?」
「存じておりますが、どなたの元へ通われるかは、皇帝陛下がお決めになることですので。わたくしの力ではどうしようもございません」
わたくしは分かりやすく眉尻を下げ、申し訳無さそうに見えるように振る舞う。
できるだけ皇太后様のご機嫌を損ねないように、わたくしは悪くないというところをしっかりと主張する。
「そうね。息子にはできるだけ早く子どものことを考えてほしいというのに……あの子ったら、しょうがないわね」
皇太后様はわたくしの言葉を聞いて、笑みを崩して少し悲しげな表情を見せてから口を開く。
皇太后様は本当に皇帝陛下に早く子どもをと仰るなと思いながらも、そこについて追求することはなく、わたくしも困ったような笑みを浮かべるだけに留めた。
「子を成さない妃の元へいくら通っても、何の意味もないというのに……」
皇太后様が、先程までと変わらない調子でそう言う。
わたくしは一瞬、何を言われているのか分からなかったが、すぐに自分のことを言われているのだと理解する。
「あなたもそう思うでしょう?」
「はぁ……」
嫌味を言われている。
そう分かっていても皇太后様の言葉を否定することなどできず、わたくしは曖昧な返事をして、困惑したままに笑みを浮かべるしかできない。
しかしわたくしの曖昧な返事を『肯定』と取ったらしい皇太后様は、ぱっと明るい表情を見せる。
「良かった。あなたならばきっと分かってくれると思っていたわ」
わたくしは先ほどまでの嫌味から、なぜこのような明るい表情になるのか意味が分からず、笑みこそ浮かべているものの内心困惑していた。
そんなわたくしに向けて、皇太后様が告げる。
「わたくし、子を成さないあなたとの離縁話を役人たちと進めているの」
「離縁話……?」
皇太后様が何を仰っているのか、全く意味が分からなかった。
だから、ただ呆然と……言われた言葉を繰り返すことしかできない。
皇太后様は嬉しそうな笑みを浮かべているように見えて、纏わりつく毒蛇のような嫌な視線をこちらに向けていた。
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