おまけ
今日は皇都に来ているが、自分は正直、乗り気ではなかった。
父上の仕事の関係で田舎から皇都近くの街まで越してきたけれど、皇都という場所は何年暮らしても何度訪れても馴染めない。
自分の通う学び舎では『王宮勤めの役人を目指せ』と言われるけれど、そこまでして宮仕えしたいという志もない。
そもそも、自分には何かになりたいと思うほど、熱心に興味関心を向けるものが何もなかった。
だから自分は将来、田舎に戻って細々とではあるけれど、穏やかな暮らしをするのだろうなと思っていた。
ガヤガヤと騒がしい皇都から離れて、あの静かな田舎で、起伏のない平凡な暮らし……自分にはお似合いだろう。
そんなことを思いながら道を歩いていると、一つの牛車が目に入った。
その牛車の道を開けるためか、道の左右に人が分かれている。
皇都で牛車を見かけること自体は珍しいことではないけれど、牛車の造りも周囲にいる従者と思われる人も、周囲の様子も普段とは違うように見えた。
何事かと、自分も道の端に寄って牛車を見やる。
「皇帝陛下が皇都にいらっしゃるのは久しぶりだな」
「お顔を拝見できたりしないものか」
道の端でそんな街の人の声が聞こえて、牛車に乗り込んでいるのが皇帝陛下なのだと知る。
名君と名高い皇帝陛下のことはもちろん知っているが、街の人々のような特別な感情は持ち合わせていない。
興味のないことだと知った自分は、早々にその場を後にしようとした。
その時、子どもの声と女性の悲鳴、牛が大きく鳴く声が聞こえた。
何事かと、もう一度目をやると、牛車の前に子どもがへたり込んでいて、牛車の進みを止めていた。
「き、貴様……! 皇帝陛下の牛車の前に飛び出すとは、不敬であるぞ!」
牛車の傍にいた従者が、荒々しい口調で子どもに向かって叫んでいる。
子どもの方はすっかり怯えきっていて、声を発することも動くこともできない様子だった。
街の人々はざわざわとするばかりで、子どもに救いの手を差し伸べることはしない。
「子どもとて許されぬ……!」
そんな子どもに従者は声を荒げるだけでは収まらず、殴ろうとしているのか、手を振り上げていた。
「よせ」
自分が慌てて止めに入ろうとすると、街で聞くにはあまりにも場違いなほど、威厳のある声が聞こえた。
それが牛車の中から聞こえる声なのだと、皇帝陛下の声なのだと気がつくまでに、少しの時間が必要なほどだった。
「幼子が飛び出してきただけで、そこまで声を荒げるでない」
「こ、皇帝陛下……しかし……!」
「そなたは我が民を無闇に傷つけるのか?」
「め、滅相もございません……!」
「そなたとて我が民だ。同じ国の民を大事にしながら、道中の供を頼む」
「かしこまりました!」
牛車の中から聞こえる威厳ある声と、先程まで強気だった従者の慌てふためく声が、あまりにも正反対に感じた。
かと思うと、牛車の中から威厳の中に優しさを含んだ声が聞こえてくる。
「幼子よ。怪我はないか?」
「は……はい……っ」
「うむ、ならば良い。牛車の前に飛び出すのは危険ゆえ、以後気をつけるのだぞ」
子どもの答えを聞いた皇帝陛下は優しくそう告げると、従者に子どもが立つのを手伝ってやるようにという指示を残し、また静かに牛車は進み始めた。
その光景を見て、お声を初めて聞いて……皇帝陛下の民を思いやる心に感銘を受けた。
心に初めて、熱い何かが灯るのを感じる。
平民の子どもにまで自ら優しく声を掛け、そして従者を窘めつつも罰を与えることはしない……この場を声だけで丸く収めたその方に、純粋に尊敬の念を抱いた。
この御方のつくる国のために役立ちたい……!
そう思い、親戚の伝手を頼って王宮の勤め人になりたいと相談したけれど、現在は募集していないということだった。
けれど宦官なら募集している……という言葉を見やり、すぐに宦官になる決意を固めた。
やっと知った心の灯りを失ったら、自分に待っているのは何も無い田舎暮らしだけだ。
それも良いと思っていたはずなのに、今は行動しなければ後悔するという思いの方が強かった。
国のために尽力される皇帝陛下が心安らぐ憩いの場をつくりたい、後宮はどす黒い感情が渦巻く場所らしいから、自分がそこを皇帝陛下のための場所にしたいと思った。
そして王宮勤めの親戚に頼み込み、自分は宦官への道を進んだ。
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