第21話
珍しく馬車に乗り込んでいるわたくしの眼前には、陽の光を反射してキラキラと煌めく美しい湖が広がっている。
「まぁ……なんて美しい……」
自然と、誰に言うでもなく、そんな声を漏らす。
わたくしは今、ハディ国へと向かう道中にいる。
先日、隣国・ハディ国の姫君であるガルシア様がロン国へといらっしゃったのとは逆に、今度はロン国皇帝陛下の妃であるわたくしが、ハディ国を訪問しているのだ。
皇帝陛下はわたくしを隣国へ向かわせることに難色を示していらしたけれど、王宮の役人たちに『ガルシア様と親しげに話されていたメイリン様をぜひ』と押し切られたらしい。
どうやら皇帝陛下の寵愛を受けているわたくしを外に出して、その間に妃である自分の娘を皇帝陛下とお近づきにさせたいという目論見があるようだ。
不服そうな顔をなさっていた皇帝陛下は、『腹が立つから仕事を詰め込んで、妃の元に通うのを一時的に休もうか』なんて仰っていた。
どこまで本気か分からないけれど、お元気に過ごされていると良いな。
そんなことをぼんやりと思いながら、流れ行く美しい風景に目をやる。
今回の訪問では同行する役人や護衛はいるけれど、イェン兄様や皇帝陛下、他の妃はおらず、わたくし一人だ。
わたくしはロン国を出るのすら初めてだというのに、一人ということもあり、緊張と不安が入り混じっていたけれど、美しい景色を見ると少しだけ心がほぐれるのを感じる。
さらに道を進んでいくと、だんだんと道が舗装されていき、家が立ち並ぶようになり、人々も見かけるようになる。
そのどれもがロン国では見ない様相だ。
わたくしはおもちゃを見た子どものようにそれらを夢中で見つめ、新鮮な町並みを堪能した。
そして王城へと到着すると、玉座の間へと案内されて国王陛下と謁見する。
「この度は招待していただき、誠にありがとうございます。ロン国皇帝陛下の妃、メイリンと申します。ハディ国国王陛下にお会いでき、大変光栄でございます」
国王陛下の前で跪いて手を組み合わせ挨拶をすると、玉座に座る四十代ほどの整った見目をなさった皇帝陛下が笑みを浮かべる。
「メイリン殿。こちらこそハディ国までお越しいただき感謝する。今回は先日、ロン国でお世話になった娘のガルシアに案内をさせるので、どうかゆっくりと過ごされよ」
すると国王陛下の傍にいたガルシア様が笑みを浮かべ、小さく手を振ってくださったので、わたくしも笑みを返す。
こうして、わたくしのハディ国で過ごす数日間が始まった。
――ハディ国を訪問した日の夜、早速わたくしを歓迎する宴が開かれた。
王宮の広い会場で行われる宴には、数多くのハディ国の貴族たちが美しい装いをして集まり、次々に挨拶をしてくる。
わたくしは彼らに笑みを浮かべて挨拶を返し、『美しい』という言葉をこれでもかというほど浴びせられたが、笑顔で受け入れた。
そうして挨拶が落ち着いた頃、会場に流れていた楽団の曲が止まったかと思うと、中央部分が広く開けられ、そこにガルシア様と、彼女のお兄様であるハディ国第一王子様が入る。
かと思うと手を取り合い、身体を密着させて、ハディ国の踊りが始まった。
兄弟とは言え、公衆の面前であまりにも男女が密着している姿に驚きを隠せなかったが、くるりくるり、ひらりひらりと舞い踊るガルシア様は、実に美しいとも感じた。
二人の踊りが終わると、会場全体から大きな拍手が送られ、二人は人混みの中へと消えてゆき、代わりに多くの人が二人の後に続くように中央の空間で踊り始めた。
暫くの間、わたくしがそれらを眺めていると、後ろからぽんっと肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、そこには笑顔のガルシア様が。
「久しぶりね、メイリン様。パーティーは楽しんでる?」
「えぇ、楽しませていただいております」
わたくしが笑みを浮かべてそう返すと、ガルシア様は「それなら良かった」と満足げな笑みを浮かべていた。
「メイリン様もダンスを踊ってみる?」
「皇帝陛下の妃として、あまり他の男性と密着するのは好ましくないので遠慮しておきます」
「あら、残念ね」
わたくしは笑みを浮かべながらではあるものの、控えめに遠慮する。
すると今度は、ずいっと料理の乗ったお皿をこちらに向けられる。
「なら、ぜひハディ国の料理を堪能して頂戴。ロン国とは素材も味付けも違って、美味しいわよ」
「ありがとうございます」
立ったまま食べることに少しの居心地の悪さを感じながらも、慣れない食器で食事を口に運ぶと、わたくしは驚きのあまり目を見開く。
それを見たガルシア様は、満足げな笑みを浮かべている。
「ね、美味しいでしょ?」
「は、はい。野菜は瑞々しくて、お肉も柔らかく、味付けもくどくなくて美味しいです」
「そうでしょ、そうでしょ。ぜひスイーツも食べてみてもらいたいわ」
「す、すいーつ……?」
ガルシア様とそんなやり取りをしながら、わたくしは未知の味を堪能した。
そしてその後口にしたスイーツというものに受けた衝撃は、生涯忘れることがないだろう。
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