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TODYE HANDS  作者: 鳴海 慶
5/5

記憶


 地下から地上へ。


 ここの一員として迎えられたあの日から……つまり記憶にある一番最初の雨の日から、僕は地上に出たことはなかった。

 正直地上の記憶もない。自分自身に関する記憶は全部ないので当然なのかもしれないが、しかし知識として「地上の世界」のイメージのようなものはあった。屋内はまぁ色々だとして、屋外のイメージだ。

 例えば晴れた日の青空。舗装された道路。商店や民家。

 あるいは星の見える夜空、土や砂利、海や森。

 ……そこから来たイメージなのだろう。これが僕の個人的な記憶でないとしたら、一体何の知識だというのか……記憶喪失には違いないのだろうけど、自分でも不思議な状態だと思う。

 僕が最初にいたあの土のエリアも、雨が降り注いでいたのだから地上に抜けているはずなのだが、見渡してわかった崖からわかるように、断崖絶壁の下に位置していた。

 あの日は雨が激しくて見えていなかったが、組織の建物は崖にめり込むようにして……実際には崖の下の地下からあの部分だけ露出するようにして空の見える崖下に面しているようだった。

 さすがにの高さの崖は登れない。逆に言えば、あの崖から生きたまま侵入者が降りてくることもないだろう。





 地上へはクロさんとリアと僕の三人で行くことになり、僕以外の二人は既に何度か地上と行き来をしているベテランのようだったので、気楽に二人の後をついていくつもりでいた。

 のだが。


「まっっっったく地上に着かない!!」


 先程から延々と地下の何も無いトンネルの景色を歩き続けている。崩れてこないかどうかも不安だが、暗いし逃げ場もないしでおそろしすぎる通路だ。


「これが道!?憂鬱にもほどがありますよ!しかもずっと坂道じゃないですか」

「そりゃそうだろ地下から地上に出るんだから」

「もう少しですよ。頑張って」


 無表情のままだが気遣わしげに見詰めてくるリアくん。ガチの心配がいたたまれない。


「ヒカリの面倒みてるうちに身体なまったかぁ?一緒にスポンジボールで打ち合いしろよ」

「くっ……。いや、あれですよ僕は疲れたわけではなく。この通路があまりに退屈なので早く抜け出したいだけです」

「まあ、気が滅入りますよね。ずっと同じ景色ですし……。では、コウさんに会えたら訊いてみたかったことがあるので、お話でもしませんか?」


 リアくんはそう言って僕の隣に並んできた。狭い通路で隣に来られると肩が触れあうのは不可避なのだが、気にした様子もなく、微笑み掛けてくる。

 間近で見ても本当に面がいい。そしてその両眼は、青い夜空に浮かぶ月のように うっすら銀に光を帯びていた。


「……いいですよ」


 一瞬みとれてからそう返すと、リアくんは目を細めて微笑んでから、またもとの無表情に戻り

「康夛さんは記憶喪失なんですよね」

 と切り出した。

 僕は頷く。訊きたかったことってそういう話題か……


「うん、自分の名前も、何故組織に居たのかも思い出せないです」

「じゃあ今呼ばれている名前は……」

「甘楽さんが出会い頭にそう呼んでいて。僕の名前なんだろうって」

「実際にはそうだったか確信もなく、受け入れているんですか」

「まぁ……そう言われるとそうだな」


 そこまで疑ってすら居なかった。

 自分のことが何もわからず、相手が自分を知っていて。甘楽さんもクロさんも呼び慣れているようだったし。信じている方がマシだ、まず僕一人を陥れるために名前を偽って何の得がある?

 名前くらいまあいいか、とも思う。康夛だったら全裸白衣男よりよっぽどいい名前だ。


「気にならなかったんですか」

「うーん」

「自分の記憶を思い出そうとはしなかったんですか?」

「……」


 そういえば していないな。


「一応、クロさんのもとで働いていたらしいと聞いて……それならば以前と同じ状況下にいれば、記憶も戻るかも知れないと思った、それだけかな。他には特に何もしていないかも」

「どうして?」

「どうしてだろう……」


 言われてみれば、組織内部のこともあちこち歩き回るでもなく調べ回るでもなく、甘楽さんに呼ばれたら応じてクロさんにパシられたらそこへ入ってみて、侵入者が来た時に撃退しに行って……ずっと受け身だ。

 仕事なんて向上心が無ければそんなものかもしれないが、地上に出たいと思ったこともなかった。今日行くのだって希望したわけではない。


「僕、覚えてませんけど消極的なタイプだったんですかね」

「不満がなかっただけじゃね」

「なんだと」


 クロさんが割り込んで来て咄嗟に否定する。


「不満がないわけあるか。毎日毎日肉体労働、しかもしょっちゅう怪我する危険な仕事をほとんど休みなくこなしていたんですよ?」

「お前はそういうのが好きだろ」


 ……は?


「え?」


 それは

 僕、が?


「命の取り合いとかヒリつく交戦が。危険を承知で突っ込んでいくことが。ぬるい時間が暇で耐えがたいんだろ?休みの概念のねえ生き方をしてたのはお前自身だ、以前とあんま様子が違わねえよ」

「……そうなんですか」

「ああ、でもだからヒカリの世話役になったのはビックリした。似合わねえ~改めてウケるわ」

「なんですって少なくともあんたより似合う自信がありますしヒカリには懐いてもらってますから」

「うっせー俺だってこれでも好かれてるわ」

「それ実際に見るまで信じないですからね」

「おーおー帰ったら見せつけてやらあ」


 僕とクロさんのいつものような言い合いに、リアくんがくすっと笑う。

 記憶喪失について問いかけてきた彼の表情は少し……思い詰めたようにも感じられたけど、この通路の暗さで見間違えただけかもしれない。


「もう少しですよ。楽しく話しているとあっという間ですね」

「リアくん楽しかった?」

「お二人の掛け合いが」

「「……」」


 向かう先に薄明るい光が広がり始める

 通路もどんどん幅が広くなって、リアくんと触れあうほどの距離だったのがゆったり間隔を空けても歩けるようになった

 頭上から土がなくなって 横の土も坂と一体化していく

 振り向けばどこが道なのかわからないほどに周囲の景色と馴染んだ坂がそこにあった

 もう一度振り返る

 歩みを進め、木々の合間から更に陽光の差し込む方へ抜ける



 ぱっと目前に景色が広がった。

 僕の記憶にあった……といっても知識的な記憶だが、その知識として知っている覚えのある世界とは、全く違う世界だった。


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