役割
最初に甘楽さんの白衣だけ羽織っていた格好のせいで、僕は組織の他メンバーに「裸白衣の人」という不名誉な囁かれ方をしている。
まあそこに侮蔑の意図は感じられず、クロさんが律儀に「康夛だよ」と僕が答えるより先に答えてくれているうちに、最近では名前で呼ばれる方が多くなってきた。
だから変態扱いされることは問題ではない。問題は、
「なぜここはこんなにも侵入者やら危険生物の襲来やらがあるんです!?」
「今更?」
とクロさんに至極当然なツッコミを入れられてしまったが、だってだってと言い訳もしたくなるってもんだ。毎日毎日戦って、掃除して片付けて、疲れて眠って、……いやそんなのマシな時で、侵入者だったりクリーチャーだったりにやられてぶっ倒れて意識不明、目が覚めたら数日経っており安静にしている間は特に見舞いが来るわけでもない一室でリハビリとボードゲームやらクイズやら積み木やらして遊び、身体が治ればまたバトル……とかいう毎日である。
なぜ自分がメンタル病まないのかわからないくらいだ。
「そんなにまくし立てんなよ。今だってこうして優雅にお茶休憩してる身分だろが」
「戦ってる時以外はそりゃあ好きに過ごさせてもらってますがね。戦ってる時以外が少なすぎるんですよ!こんなに侵入を試みる奴が居るってどういうこと!?それを人力で始末せにゃならんのもどういうこと!!」
「コウくん、以前のこと何も覚えてないもんねえ」
あははと甘楽さんが会話に参加してくる。目の前のソファに座った彼が手に持っている湯飲みから虹色の湯気が立っている。……飲むのか?それ。
「そうだな。コウくんがヤル気あるなら平穏な仕事もしてみる?ちょうど新しい子ができて人手が必要になったんだ」
「え?」
虹色の湯気に気を取られているうちに話は進んでいた。
甘楽さんは特に僕の返事を待たず、「明日は俺のラボの方においで」と言って湯飲みの中身を飲んだ。
さて、というわけで平穏な方の仕事。
「コウター!」
「はいはい。おはよう~ヒカリ」
ぺたぺたと裸足の足音を立てて駆けよってきたのは、黄色い金髪の小さな子供。
全く切りそろえられていない段のある髪。ぴょこぴょこと毛先が外に跳ねている。そして細い手脚にまだ丸みのあるおなか、くりくりとした垂れ目。ひとみは薄い青に近い色に輝いて見える。雷を帯びてでもいるかのような。
僕の脚の長さくらいしかない身長。舌っ足らずな発声で紡がれる語彙の少ない言葉。
人間の子供だったら五歳程度だろうか。
この子は遊戯場と呼ばれるこの部屋に軟禁されている。
Rシリーズというらしい……ヒトガタの被検体。これでも実験動物なんだそうだ。識別名は「Right」。笑顔の眩しい希望の光。
人間の子供にしか見えない。
だからそのように接している。
「自分で着替えられたんですね」
「うん!」
白いゆったりとしたワンピースのような衣服は、ヒトガタの被検体に共通して与えられるものだそうだ。空調で一定の気温、室温に整えられたこの部屋で、この子に他の衣類は必要無い。
「体温は……異常ありませんね」
「うん!」
「宿題は終わりましたか?」
「うん!」
「……全問正解。すごいです」
「えへへ」
「運動はしていますか」
「今までの時間をスポンジして過ごしました」
「ずっと?すごい持久力です」
「えへへ」
「食事は全部食べられましたか」
「うん!」
……全部、食べられたのか。
あの中には人間では食べられない物も混じっていた。
「……残さず食べて偉いですね」
「好き嫌いはおっきくなれないってクロさんに言われたからね!」
「……」
あの人はまた、余計なことを。この子たちが「大きくなる」かなんて、わからないじゃないか。
自慢げに僕を見上げてくる笑顔の、ヒカリの頭を撫でる。跳ねた毛先がまるで生き物のようにぴょこぴょこと上下した。撫でられるがまま、僕たち研究員への警戒は皆無だ。
今のところ、何をされても「異常なし」だからこそ 警戒せずにいるのだろう。
僕らが自分に危害を加える、痛い苦しい思いをさせる存在だと思ってないんだ。この子がこんなにも無邪気なのは、それだけの理由。
「……ではお掃除をして、身体も綺麗にしましょう」
「うん!」
スッキリサッパリ綺麗に部屋を片付け、ホコリ一つ無い環境を整えて、自分も入浴を済ませたヒカリが満足げに僕の膝でうたた寝を始めた時、「コウくーん」と内線から主任の声がした。
「はい」
返事をして立ち上がると、寂しそうにしながらもヒカリはすぐに僕の膝からどいた。
主任に呼ばれて、室の方へ向かう。
防衛というか撃退というか、戦う役割も相変わらず兼任している。
どこをどう采配したかわからないが、クロさんと連れ立っての侵入者撃退があれだけ大変だったのだから、こうしてる間にもクロさんは戦っているんだろう。他の人にも少しずつ僕のやってた分が割り振られているのかもしれない。
ヒカリの世話と、戦闘要員。
組織内の僕の役割は、そんなところに落ち着きつつあった。