配属
バンバンと景気のいい破裂音が響く。
「はーぴばーすでー康夛~~~~」
「はあああああああ!?!?」
両手にもった拳銃をクラッカー代わりに鳴り響かせ、金髪の男が躍り出た。
建物内に入った瞬間、甘楽さんは大声で「ただいまー!!康夛くんだよーーー!!」と叫んだ。それを聞きつけて集まってきた組織のメンバーらしき白衣の御仁たちは、全裸に白衣を羽織っただけの僕を見てさっと視線を逸らし「変態だ……」と囁きあった。つらい。
さすがにこの対応については甘楽さんに苦言を呈そうかと思ったところで、二丁拳銃スーツ男が室内に飛び込んできたわけである。
甘楽さんは非常に小柄な方だが、この金髪男も長身とは言い難い。もしかしたら僕が長身なのかもしれないが、とにかく目線の結構下の方に、二人が揃って並んだ。
「紹介しよう。クロさんです」
クロ、と呼ばれた男は紹介されるとすぐ僕を指さした。細い垂れ目を開くだけ開く。
「まじで こいつ記憶、ないの?」
「ないよ~だからお手柔らかにね」
「なんだよガッカリだぜ」
「……」
何勝手にガッカリしてんだ。
ふと先程雨の中で見た、甘楽さんの表情が思い出される。……落胆は、確かにあの表情にもあった。しかしこの「クロ」さんの反応は、ガッカリと口で言ってても、どこまで本心だかわからない。
目を見ひらいて驚いたふうな表現をするのも、どこかわざとらしかった。
見た目と名前もしっくりこない。
黒は黒色を表す言葉だが……甘楽さんが「クロ」と言ったその人は、金髪に金眼、白い肌。スーツの黒以外、本人は色素薄めな人間。どこがクロなのだろう。腹の中とかだろうか。
「康夛くんなんか失礼なこと考えてない?」
「勝手にこっちの思考を読もうとしてくる方が失礼でしょう」
「イヤ失礼なこと考えてたんかい」
もしかしたら「クロ」というのはコードネームのようなもので、本名ではないのかもしれない。それを言うなら甘楽さんも、自分すらもあやしいわけだが。
ここは……どういった組織なのだろう。
クロさんに対して甘楽さんは「弾が勿体ないから大事に使ってねって言ったでしょ!」と肩パンしているが、母親が「まったくうちの子はやんちゃなんだから」って言う時と同じニュアンスだ。全然怒ってる感じではない。
「弾が勿体ないとかそういう問題か……?」
「そうだぞ甘楽、そんなの問題じゃねえ。康夛くんのお祝いに弾丸の十発や二十発惜しむなよ」
「ぶち殺したい相手の祝い方か?」
だからそういう問題ではなく。
「ここって……その、どういったことをしている施設なんですか?」
何を目的とした集団で
僕は 何をしていたんだ?
甘楽さんとクロさんは、僕の当然の疑問に対して、特に顔を見合わせるわけでもなく、示し合わせたわけでもなく、二人して同じ微笑みを返した。
……記憶の無い奴に向ける 笑顔だ。
しかし一応なのか、甘楽さんは少し考えたあとで
「今は そうだな……地上を元通りにしようとしてる」
と、答えた。
「え」
地上を、――――「元通り」に?
まるで今は地上が何か、「何か」が起きて、「どうにかなってしまった」から
復興しようとしている、みたいな言い方だ。
「甘楽さん、それは……」
「主任だよ」
「え?」
クロさんが僕の質問を遮り、甘楽さんを指でくいっと示す。
「主任研究官だ。役職名で呼べ、外部に呼び名が漏れるのも避けられる。甘楽はこれでも偉いんだよ下っ端くん」
「なっ」
「ちなみに俺は室長だ。各部署……室で一番偉いぞ、ひれ伏して従えや」
……話を逸らされたのも不満だけど言い草がムカつくなあこいつ。しかしまあ、甘楽さんも微笑むばかりだし、どうやらこれ以上内部事情に関する質問は認められないらしい。
そのへんは僕の記憶が戻ったら、あるいはもう一度職務を遂行できると証明されたら知ることができるんだろうか。
にしても、この人が室長ねえ。
「康夛くんなんか失礼なこと考えてない?」
「いや全然。お前なんか室長なわけないって僕の勘が言ってます」
「どこが全然だよマジでクソ失礼だよオイ」
「あはは、クロはフランクだからねえ。にしても本当に何も覚えてなさそうだなコウくんは。そんじゃラボ任せるわけにもいかないから、襲撃者撃退班からかな。クロよろしくね」
「この流れで俺の下につける!?」
「嫌です主任。他の誰でもいいけどクロさんは嫌です」
「おまええ」
「大丈夫でしょ。言いたいこと言い合えるなら遠慮してるより気兼ねないでしょ。……コウくんは前もクロのところに居たんだしさ」
甘楽さんに言われて一瞬だけクロさんはやや苦い顔をした。
「……」僕にとっては 記憶があった頃をなぞるように行動するのが、喪失を取り返すきっかけになるかもしれない。クロさんの下につくのは一理あるか……
「わかりました」
「アレッ急に素直?すげーすぐ態度変わる!俺は嫌だとかいいやがったくせによ」
「うるさいですよ」
うるさいとは何だと言い返してくるクロさんは相変わらず芝居がかっている気がしたが、
さっきの一瞬。
あの苦い顔だけは、悪くない真実味を感じた。