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“次女”ニア

(あるじ)、おはようだ」

「やぁニア。おはよう」

 イアの建てた立派な城を案内してもらって上機嫌だったところ、森を歩く僕に涼やかな声で挨拶をしてきたのは次女のニアだ。

 表情も口元に微笑みを(たた)え、そのハキハキと喋る姿は、ザ・爽やか。黒髪は短く切りそろえていて、もう少し成長すれば立派な大和撫子になると思われるほどに、清楚可憐な見た目。

「薪割り?」

「そうだ」

「薪はまだ拠点にいっぱいあるけど……」

「これは習慣だからな。主もやっていくか?」

「いや、遠慮しておこうかな」

「そうか………朝から主の華麗なる薪割りが見れると思ったのだがな………」

「……」

 ………そう。もう察している方も多いだろう。

 そのお嬢様然とした、清楚可憐な見た目をいっそ清々しいほどに裏切って「華麗なる薪割り」などと意味不明なことをのたまう彼女は、その大人しそうな印象からは信じられないほどの脳筋である。

 その頭蓋にまで密度の高い筋肉を詰め込んだのかっていうくらい。

 その腹筋だけでなく脳みそまでシックスパックなのかと疑いたくなるくらい、脳筋なのである。

 現に、その大人しそうなおかっぱ頭からは、信じられない速度と威力の頭突きを繰り出す。

 筋肉の付き始めた腕に魔力まで乗せて振るい、広範囲の地面を割ったこともある。僕は二度と彼女と「頭ごっつんこ」の遊びをしないと決めている。

 それゆえ、四姉妹の中でも随一の武闘派。その徒手空拳は並の魔法を寄せ付けず、魔道を極めた者でもその拳を「ある意味では魔法の究極」と評するほど。

 何より、彼女はその思考も筋肉の魔法にでもかかったかのように脳筋だ、僕でも偶に意思疎通に苦労することがあるくらい。

「………あ、良かったら主の華麗なる薪割り、もう一度ボクに見せてくれないか?」

「さっき僕が言った遠慮するって言葉は忘れてしまったのかな?」

 まぁ、彼女のコミュニケーションが彼女自身にとって非常に都合が良いのもいつものこと。

 さて、そんな脳筋気質の彼女の才能だが、言うまでもなく“武”に極振りしたものだ。

 さっきから、そんな彼女に催促される僕の薪割りが、果たしてどれほどすごいのだろうと想像する人も多いと思う。

 希望を裏切る前に言っておく。

 僕の薪割りは、別に普通だ。

「なるほど、やはり主の薪割りは素晴らしい!」

「……」

 パチパチパチ、大袈裟に拍手をされて、薪割りでひと汗かいた僕は別の汗をかきそうになる。

「無駄のない足腰の動き、それでいて無駄のない力の伝え方………相変わらず惚れ惚れするよ! 薪割りで生計を立てていたこと、あったりしないかい?」

「それどんな褒め方だよ、って僕はツッコむべきかな?」

 お世辞にしても大袈裟だしヘタクソだしいい加減だ。僕は借りていた普通の斧をぽいっと投げ捨てる。

 ちなみにニアのやつ、この斧を使った形跡がなかった。ただ、鍛錬の一環である薪割りに本気で取り組んでいた証拠に、その首筋にはほんのり汗をかいている。つまりどういうわけかというと、彼女はどうせまた手刀で薪を割っていたのだろう。手にこびりついた木くずが、彼女の身振り手振りで地面にパラパラと落ちていく。

 やることが達人のそれなんだよね、まったく。

「いやいや。武の頂を目指す者として、ボクはやはり最終的には主を超えることを目的としているからね!」

「そうかい。ほどほどにね………」

「主、待っていてよ……ボクが必ず隣に並ぶからね……!」

「ほどほどにって言っただろ? ニアの執念が怖くて仕方ないよ僕は」

「フンフンッ! 今日も主の教えの通り、魔力と筋肉の調和を続けているよ! 最近は特に絶好調! きっとボクが主の隣で腕を振るう『その日』は遠くない!」

 僕からのツッコミなんて、やっぱり意に介した様子もなくて、次女はふんふんと鼻息を荒くしながら僕の側までやって来た。

 何の用だろうと見遣る僕を、彼女は幼子のように見上げて腕を伸ばしてきた。

「さっ、今日も日課の腕リフトしてくれ! アレが無いとボクの一日は、鍛錬はっ、始まらないんだっ!!」

「はいはい」

 これに関しては、ニアの鍛錬とは一切の関係ない気がするけれど………彼女としてはこれも「鍛錬の一環」らしい。

 まったく、脳筋のくせに謎が多いんだ。

「あははー♪ ボクの主は力持ち♪ 世界最強♪」

「はいはい、そうだねぇ~」

 僕はそれなりの筋肉量があるし、最低でも同級生の一人くらいは持ち上げられるけれども……何とも、ニアは体重よりも僕に対する期待が重いんだよね。

 まぁ、信者の気持ちに応えてこそ教祖で教主で主様なわけだし、娘の手本となるのが父親だ。

 ニアのこうしたところだって、可愛いものじゃないか。そう思えば、僕も頑張るしかないんだよね。

 将来は大成するであろう娘達を差し置いて僕が「世界最強」を名乗れるかという疑問は、置いておくとしてもね。

「あっはっは! すごい、高い高い♪ 遠くまで見えるよ♪」

「それはニアの視力が良いからだろうねぇ」

 ニアは僕の腕にぶら下がっているだけだから、別に位置が高くもなければ、遠くまで見えるということもない。

 けれども彼女は無邪気に、やや盲目的にこの刹那のひと時を楽しんでいたようだった。

 良かったね、ニア。

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