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拾いもの(2)/触手ってスゲー

 僕はまず、彼女達の枷をはずして自由にしてやった後、その身体にこびりついた垢や汗や糞尿などを、軽く拭いてやる。この作業だけでもちょっとした“戦い”だったけれど、なんてことはない、現代日本でもボランティアが野良猫の保護活動の時にやっていることと大差ないのだ。

 でも、他の動物より人間の糞尿の方が嫌悪感が強いのは本当だった。彼女達の膝の裏、そして足の指の間に挟まった茶色のカタマリは、何ともこちらの鼻を利かなくさせる。人間の嗅覚があっという間に疲労してしまうのは、ある意味で欠かせない自己の防衛機能にも思えるね。ニオイに慣れる、とも言うけれど、それがこれほどありがたい現象だとは。

 有名な話の真相を確認できてちょっと得した気分だ。

「……ふぅ。もうちょっとだからね、もうちょっと待ってねぇ」

 ―――さて、布やら水の入ったバケツやら、そんなものが次から次へと手元まで運ばれてくる。

 言うまでもなく、今は目の前の四人の少女達と僕しか、この砦内では生き残っていないけれど―――それもこれも、この触手の為せる技。

 必要な物は、地面から生やしたこれら無数の触手を使って、それこそバケツリレーの要領で、この地下牢まで運んできた。ほとんど全自動だ。触手のコントロールは僕が念じて行っているわけだけれど。

「痛くないかい?」

「…」

「そうかそうかぁ。頑張ったねぇ」

 白々しく、慰めの言葉なんかをかけてやりつつ。会話のキャッチボールどころかただの投球練習だけれど、これはこれで不思議な感覚だ。無視しているだけなのか聞こえていないのか、それとも聞こえているけれど言葉の意味が理解できないのか、観察していても分からないからこそ面白いよね。

「意外とケガが少ないね」

「…」

 少女達の身体において、枷が食い込んで痣ができていたのは足首くらいなものだった。このくらいなら歩いているだけでできるものだし、問題はない。

 それよりもやはり問題なのは、栄養失調と心神耗弱(こうじゃく)―――いや心神喪失による心身の衰弱の方だろう。捕まってから日が浅いのに暴れた痕跡が極端に少ないのは、自分の故郷が滅ぼされたことによる精神的なショックが大き過ぎたためと考えられるかな。外圧により抱く恐怖心は、案外長続きしないもの。そうした点でも、弱り切った彼女達の様子は、いっそ清々しいくらいに「生」を放棄した動物のようだった。ライオンに首根っこを咥えられたウサギでも、もうちょっと元気だと思う。

 可哀想だ。可哀想だから、僕が拾ってあげよう。

 責任? もちろん取るさ。僕がね。

 僕が、この子達の命に責任を持とう。

 犬猫を育てるのとは違う、同じ人間を育てることで生じる責任。

 どんな責任が僕に生まれるのか、それすら楽しみだ。

 その楽しみをくれたお礼っていうんじゃないけれど、この子達にも僕が帰った後の楽しみ―――「肉じゃが」を食す栄誉にあずからせてあげようじゃないか。

 まぁ今の状態じゃ味なんて分からないだろうけれど、いずれあの美味しさが分かるようになるさ。

 良かったね、君達。

 君達……? ああそうか、名前、知らないや。

 この子達に後で名前、聞いてみよう。

 まぁ、この子達が()()()()に限り―――()()()()()()()()()()()()()()()()()に限り、新しい名前と新しい生をプレゼントすることくらいしか、僕にはできないけれどね。

「あれ? 泣いてる? おい触手、布!」

 少女達の内一人が虚ろな目から涙を流したので、急いで拭いてあげた。今のその肉体にとっては貴重な水分のはずなのに………。

 微かに意識があった分、心がわずかに生きていた分、なけなしの防衛本能が顔を覗かせているようだった。

「おい触手、水!」

 僕は自分の触手を操作しながら一人芝居をして、彼女達に大至急水分補給をさせるのだった。

 出す触手、というか形成するモノによるけれど、殺菌効果のある粘液を出させることもできる。

 水に粘液をちょっと混ぜて、軽く殺菌・消毒。ついでに僕の手や、この砦内にあった木製のコップも、粘液と水で洗う。

 何か塩素っぽい香りがするけれど気にせず、僕はコップに水を満たして、少女達の口に少しずつ含ませた。

「………こりゃあ、」

 この子達を連れ帰るのにもちょっと苦労するかもな、と今さらながらに覚悟しながら。

 彼女達を地下牢から(触手に跨らせながら)連れ出すと、辺りはすっかり夕暮れに。

「結局遅くなった………って、おいおい!」

 ところが、さて歩き始めようかなんて矢先、ちょっとしたハプニングに見舞われる。

「またおしっこ………いや、触手! 動くんじゃない! お前にその動きは許されてないからな!」

 触手は肌に優しいタイプを自律稼働で使用していたけれど、この触手、ちょっと意識が高いのか糞尿を垂れ流されるのを嫌がって、ウネウネと動くのだ。触手のくせに……! 上に乗せられた……というより「載」せられた少女達は、寝そべったまま触手の上を滑った。中華鍋に満たした油の上を泳ぐタマゴみたいに。

 すぐに自律稼働ではなく僕の思念による操作に切り替え、帰路に就くことに。

「ふぅ………でも、触手って運搬にも向いてるんだな。新しい収穫だよ」

 方法としては、地面に一定間隔で触手を生やし、それらにリレーさせる、先程のバケツリレーとまさに同様のやり方。ワンパターンかもしれないけれど、これをバケツでなく、触手の上に人を寝かせたまま行えるのに感動してしまったのだ。

「ただ―――」

 生えた触手はそのままにしておけないのですぐに自壊する設定にして………そして僕達の通った後には、巨大なナメクジが這いずったような粘液の跡が残ることに。

 これはいくら何でもマズいだろう。目立ち過ぎる。

「粘液を消す触手を生やして………」

 だから僕は、それがどういう原理なのかはいまいち分かっていない触手の一つ、『触手の痕跡を消す触手』を並行して生やす必要に迫られた。

 面倒なので余程の隠密行動が求められている時じゃないと出さないヤツだ。

 多分、触手の粘液が含む成分をさらに分解しているんだと思うんだけど、役立っている酵素とかその辺は謎だ。前世で、生物関係のバケガクをもっとちゃんと勉強しておけば良かったな。

「何にしても、触手ってスゲー。ねぇ? 皆もそう思うよね? 見た目最悪だけど」

「「「「…」」」」

 触手ですっかりヌルッヌルの少女達。元々死んだ目をしていたけれど、今はそれが別の理由で絶望しているようにも見える。

 本当にそうだったら良かったんだけれどね。触手のヌルヌル程度で絶望できるのは、心が健康な証拠だから。

「……でさぁ、これが中々に巧妙な罠だったんだよ。僕はてっきり、触手のヌルヌルを薬として加工したらすぐに―――」

「「「「…」」」」

 僕は彼女達に、触手の利点と欠点についての愚痴を、道中でずっと言い続けるのだった。

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