さよなら
「あっ……」
九朗が真っ逆さまに井戸に落ちる。
「なっ⁉何をするんだ‼」
陰陽師が井戸を覗き込むと、途中で手と足を水平に延ばし、水中に落ちないように耐えていた。
四郎も井戸の中を眺める。
「そんな半端な、なま優しさ捨てちまいな。忍の世界で生き残れないぜ。獅子の子落とし、身をもって経験しな」
「ほんとに落とす奴があるか!しかも、血ィすら繋がってないですよね!僕たち!」
吠える九朗をよそに、陰陽師が四郎をドンと突き放し、井戸から遠ざける。
「おうっ、なんだい?」
四郎がニタッと笑う。
「どいていろ。クズ」
陰陽師が身を乗り出して、九朗に手を伸ばした。
「ほら、早く…」
「……ありがとう」
九朗が悲しそうに微笑んだ。
二人の手が繋がり、九朗が井戸の中から出てきた。
九朗の両足が井戸の淵を踏んだ瞬間、九朗は握っていた手を真下に引き、そして離した。
「えあっ」
陰陽師が井戸の中に落ち、「バッシャーン」と水の音が聞こえた。
落ちた男が水の中から顔を出し、上を見ると、ぽっかり空いた丸い夜空に九朗の顔が浮かんでいた。
九朗の手に、血で赤く光る八方手裏剣が見える。
「大丈夫。強力な毒を体に入れ込んだからすぐ死ねるよ。あんまり苦しまずにね…」
声が今までより、わずかに高く幼い。
「ゴゴゴゴゴ…」と井戸にフタがされてしまった。