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光の巫女姫

作者: 橘暁子


「巫女様!」

「巫女姫様!」

「眩き光の化身、嗚呼、どうか私どもに、尊き『光王』の祝福を!」



 光あふれる大聖堂。

 神に最も近い場所、祭壇の中央に佇むのは、真っ白な衣装を着た小柄な娘――光王の代行者としてその声を聴き、国民と神を繋ぐ役割を背負った、うつくしき「光の巫女姫」。


 頭から目元、そしてその背後へと長く伸びるベールは彼女の表情を覆い隠している。

 地まで伸びる金髪、華奢な体躯にすらりと伸びた手足、更にその清廉さを表すかのような純白のドレスに、ゆったりと弧を描く薄紅の唇は、衆目を一身に集めるのに充分すぎるほど。

 

 何百という信奉者の視線が彼女に注がれて、けれど巫女は揺らがず、動かず、ただ泰然とそこに在った。


 ややあって、大聖堂の鐘が鳴り響く。

 それは儀式の合図であった。

 神官らの指示により、熱狂していた民衆は段々と口を閉じていき、大聖堂は静けさを取り戻す。

 そして入り口から連れて来られたのは―――


 グゥルルゥゥゥゥ……


 そう唸り声を上げる、檻に繋がれた、大きく白い、身体中に傷を負った獣だった。


「あ、あれは」

「『白き聖獣』、『不可侵の森』に棲んでいたという、王の守護獣ではないか?」

「その通り!」


 民衆のどよめきに、巫女の近くに控えていた、綺羅綺羅しい装束の神官が、ここぞとばかりに声を張り上げる。


「この、『守護獣ヴァルクトゥス』は昨日、命を狙われた王を見事守護し、こうして大怪我を負ったのです!」

「まあ、なんてこと!」

「尊き守護獣が、あんなに深い傷を……」


 そんな民衆の声に、ご安心ください、と、またも神官は声を張り上げる。


「このような痛々しい大怪我ですらも、我らが神、『光王』の巫女の力を以てすれば――」


 そんな口上が終わらぬ内に。

 再び、ざわ、と民衆からどよめきが上がる。

 今までずっと、置物のように動かなかった巫女が突如、守護獣の許へ駆け出したのだ。


 泰然として見えた巫女の歩幅は以外にも小さく、足取りも、どこか頼りないもので。

 それでも程無くして彼女は獣の許へとたどり着き、檻の隙間から守護獣へと、精一杯手を伸ばす。


 その光景を間近で見ていた王城の兵士は震え上がる。

 守護獣は大変凶暴なことで有名なのだ。

 そんな獣に、いくら巫女姫といえども、人間の、生身の手を差し伸べるなど!


 けれど、次の瞬間。兵士は己の目を疑うことになる。


 今まで気が立ったように低いうなり声を上げていた守護獣が、ぴたりと鳴き止み。

 その頭を、巫女の手にこすりつけたのだ。


 兵士と同じように呆然とした民衆と、どこか忌々し気な神官の目を一切意に介さず、巫女は守護獣に顔を近づけ、それに応じるように、守護獣もまた、巫女に正対する。


「―――――――」


 彼女は二言、三言、守護獣に話しかけるように口を動かす。

 けれど、それは無音で行われていたのだと、兵士は祭壇の上の神官が発した、「巫女姫」という言葉が耳に入ってきたことによって自覚する。

 彼女は一瞬、ぐっと唇を噛み締め。

 数秒後、すぅっと息を吸い込む。


 そして彼女が起こした奇跡は、神の御業(みわざ)と言ってもまるで相応しいものだった。


 あれほど酷かった傷は、守護獣の身体を、巫女が発した金色の光が覆い、それが消えた後、まるで最初から何も無かったかのように綺麗さっぱりと消えてしまったのだ。


 それだけではない。連れて来られた時はどこかくすんだ白だった守護獣の体毛も、透明感のある美しい白銀へと変わっていた。

 きっと本来の色なのであろうそれは見惚れるほどに美しく、民衆の誰もがほうっとため息をついた。


「……皆様、いかがでしょうか! これこそが『光王』の代行者、巫女姫の力です!」

「あ、嗚呼、素晴らしい!」

「巫女姫様、万歳!」

「『光王』、万歳!!」


 神官の声で我を取り戻した民衆から、巫女と神を讃える歓声が沸き上がる。

 しかしそんな声を一切意に介することなく、再び動かなくなった巫女は、大聖堂を出ていく檻をただ只管(ひたすら)に、じっと見つめていた。



              ◆◆◆



「……お疲れ様でした、巫女姫様」


 儀式の後。私室に戻った巫女を、従者の青年がそう労った。


 彼は引いていた彼女の手をゆっくりと外し、そのまま彼女を覆う、仰々しい衣装を取り外しにかかる。

 後ろに伸びるベールをそっと外すと、巫女の長い金髪が乾いた音を立てて背に落ち、今まで隠されていた、彼女のかんばせが露になる。


 髪と同じ金色の瞳に、薄紅の唇。

 ぞっとするほどに白い肌を持つ巫女の素顔は、大層美しかった、に違いなかった――そう、かつては。


「……また、良くお眠りになれなかったのですか」


 青年が痛ましそうに、彼女の目の下――くっきりと浮き出た隈を、そっとなぞる。

 そうして触ってみると、肌はかさつき、薄紅の唇も近くで見ればひび割れかけているのが分かる。


 ドレスの飾りやローブを外すと、巫女は疲れたようにベッドに腰かけた。

 巫女姫としての装飾が何もなくなった彼女はずいぶん小さく、折れそうな程細い。

 年頃の娘とは思えないほどやせ細った巫女に少しでも何か食べてほしくて、青年は用意していた軽食を彼女に差し出そうとする。


 しかし丁度その時。コンコン、と扉が叩かれた。

 内心舌打ちしながら、青年は扉を開く。

 そこには、儀式で声を上げていた神官と、それに付き従う、装飾の少ない神官服を着た者が数名。


「……これはこれは、神官殿におかれましてはご機嫌麗しく」

「どけ。我々が用があるのは巫女姫だ」

「……」


 青年が脇に退くと、神官はズカズカと部屋に入り、巫女の前に立ち塞がる。


「巫女姫。先ほどの行動はどういうことですかな」

「……」

「儀式では我々の威厳を表さねばならないのですよ、それを、巫女姫御自ら近づくとは、まったく」


 ぶつぶつと文句を垂れる神官。それをぶつけられる巫女は、祭壇で浮かべていたものと寸分違わぬ笑みを浮かべながら、一寸たりとも動かず、それを聞いている。

 ……いや、まともに聞いていないであろうことは、従者の目から見れば明らかだった。

 しかし神官たちはまったく気づくことなく、銘々が自分の不満を好き勝手に並び立てていった。


 しばらくすると流石に、神官たちも巫女の様子に気付いたらしい。

 途端に不快そうな面差しになった、派手な装束の神官は、ややあってにやりと、薄気味悪い笑みを浮かべた。


「……まあ、巫女姫の御心境も、仕方のないことではありますかなぁ。あの『守護獣ヴァルクトゥス』は『不可侵の森』出身。巫女姫と同郷でありますからなぁ!」

「――」


 途端、今まで何の光も映さないようだった巫女の目が見開かれ、その瞳に激情の炎が燃え上がる。

 ……けれど、それは一瞬のこと。

 元の表情に戻った巫女は、けれど先ほどよりも深い微笑みを唇の端に乗せ。


「□、□、□、□、□、□」


 一言ずつ、ゆっくりと区切りながら、無音のメッセージを神官たちに放った。

「はぁ。従者、巫女は何と言っているんだね?」


 神官が後ろに待機していた従者を振り返る。従者は少しだけ考えた後、こう言った。


「……『もうしません』と」

「ふん、相変わらず上品な言葉遣いが出来ないことだ。まあ、その言葉通りだと反省しているんだろう。……今日のところはこれで帰りますが、以降はくれぐれも気を付けるように。分かりましたね?」

「……」


 何も返さない巫女に、ふん、と鼻を鳴らした後、神官たちは身を翻した。

 その足音が完全に遠くまで去っていったことを確認した後、従者は巫女の許へ戻る。

 どこか咎めるような視線を向ける巫女に、従者は頭を下げる。


「申し訳ありません。しかし、あの言葉を彼らに告げても、巫女姫様の為にならないと思いましたので」

「……」


 巫女は尚も従者をじっと見つめていたが、ふ、とため息をつく。

 そして無音の唇で、従者の名を呼んだ。


「□□、□□□□」

「はい、巫女姫様」

「□□□」

「『ちがう』?」

「『□□□□□□』」

「あ……ぅ、はい。……ミリエンドラ様」


 頬を少しだけ赤くしながら、従者は巫女が望むまま、彼女の本当の名前を呼ぶ。

 そこで今日初めて、少しだけ安らいだ表情を浮かべた巫女――ミリエンドラは、彼に話しかける。

「『ねえ、リオニス』」

「はい、ミリエンドラ様」

「『私の言葉が分かるのは、もうあなただけね』」

「……そんな、ことは」

「『私は故郷に帰ることも、自由に走り回ることも、言葉を話すことさえ、もうできない』」

「……」

「『『不可侵の森』の掟は保たれず、守護者は行方不明。……片割れは奴らの手によって、闇へ突き落された』」

「ミリエンドラ様……」

「『私も、もう限界。……見て御覧(ごらん)』」


 ミリエンドラは己の手を、窓から差し込む日の光に透かして見せる。それは折れそうに細く、ぞっとするほど真っ白で――次の瞬間。


「!?」


 リオニスは己の目を疑う。

 彼女の手の輪郭。それが一瞬ゆらりと、ブレた様に見えたのだ。

 それはそのまま光に溶けてしまいそうな、ぞっとする光景で。


「ミリエンドラ様、今のは、俺の見間違いでは」

「『ないでしょうね』」

「……嗚呼、なんてことだ……」


 リオニスはぎりりと、唇を噛み締める。

 その傍らで、ミリエンドラは肩を揺らし、くすくすと無音で笑ってみせた。


「『嗚呼、くだらない、本当に……この世の、すべて』」


 死、ん、で、し、ま、え。


 かつて、片割れと、緑の髪をなびかせ、聖域の森を自由に走り回っていた精霊は今、骨と皮だけの身体で、眩しすぎるほどの光を浴び、陰鬱な笑みを浮かべながらそう呟く。


 それをどうすることもできないまま、灰髪黒目――闇の眷属に近しい色だからと忌まれ、家族に捨てられ、名さえも与えられなかったところをかつて彼女に救われた青年は、己の無力を呪いながら俯き、ぐっとこぶしを握る。


 彼女に残された時間はもう少ない。

 どうすればこの尊き御方を救えるのかと、そればかりを考えながら。


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