『 ハンゴン 』
驚いた顔のアキラは、見たことがなかったのだろう。シュンカが「ほんと?阿吽」と呼ぶのへ、声をもらしそうになった。
普段はイヌのような型の石像になって門を守る二頭が、人型になることはあまりない。
男の型をした吽がシュンカの懐へもぐりこむ子犬に腕をのばし、ひょいとつかみあげる。
「任せておけ」
「安心しろ」
シュンカが、二人まとめて、というように抱きついて礼をいう。
人型になると、(絵師に止められていて)子どもにあまり、じゃれてはいけないことになっているので、二頭はそれを、うっとりとした顔で受けた。
「――おまえたちが戻って門を通ったときに、気にはなっておったのだ」
シュンカが迎えにきたアシと姿を消せば、阿吽が子犬を撫で、きりだす。
「その犬、一度は死んでおるだろ。コウセンが、《戻した》な?」
褐色の肌をさらけ出すような布幅の小さな着物をまとった、大柄の美男美女に同時にふりむかれ、チョクシがうろたえるように、アキラと目を合わせる。
「―― わたしたちも、まさかコウセン様が、『ハンゴン』をなさろうとは・・」
魂を、呼び戻すという――。
「別に、大臣には《禁術》ではなかろう」
「ただ、戻った者が、前と同じになるかどうかは、わからんだけだ」
チョクシと阿吽の会話に、アキラが、膝をのりだした。
「コウセン様は、これが人だったら、決して『ハンゴン』はしなかったと思います。ですが、・・・子犬が、切り裂かれた喉からもらした声を、・・・コウセン様は、拾われてしまいました・・」
茂みへ突進していった男は、懐へ、血まみれのそれを抱えて戻ってきた。
カメの酒で手を清めると、ひかりだした手が、あっというまにその赤黒く開いた傷口を閉ざし、何かに耐えるように手をかざし続ける男が、生きろ、生きろ、とつぶやく様子を、従者はみな、口もきけずに見守ったのだ。