リン
ひと安心して戻れば、アシはまだ帰っていない。
男たちに茶をいれているだろうから、まだしばらくかかるだろう。
―― そうだ、リンだ
今のことですっかり遅くなってしまった。気付けば水の催促にも現れていない子犬のところへいそぐ。
中庭は静かだった。
「リン?」
行儀が良くなったとはいえ、飯を運ぶこちらを見つければ、そのときはさすがに甘えた声をだすのに、それがない。
いつでも月明かりがある天宮の夜。
暗い中でも、青白い光に照らされ、小屋の場所はわかる。
石の卓が冷たく白い色で浮かび上がる。
自分の心音が聞こえた。
おかしい
「リン?」
卓をすぎたのに、鳴声も、気配もしない。
少し痛いが歩みをはやめる。
小屋が見え、再度、犬の名をよばおうとしたとき、それがぼんやり光った。
「っ―――――」 首から背に、寒気がはしる。
怒った暗い目の男が急に思い浮かぶ。
犬の小屋に、立てかけられた紙が、青白く光を放っていた。
触ってはいけない気がするのに、すでに手がのびている。
おそるおそる、指が触れた瞬間――
ばしん!
「っつ!」
はじかれるように痛みがあって手を引いた。
指先が切れ、血があふれる。
それをにぎりこみ、もう一度、今度は奪うように紙を拾った。
『 四の宮 』
ただ、それだけの文字なのに、シュンカは何かにあてられたように、吐き気に襲われる。
コウセンの笑顔が浮かぶ。
頭を撫でてくれる、暖かく大きな手を思い出す。
なにかあったら すぐに来いよ?
「 ――――― 」
拳をにぎる。 歯を、くしばる。
紙を握り締め、四の宮をめざした。
これよりあと、残虐場面となりますので ご注意ください。




