蓮も咲く
「正直に言ってくれてかまいません。だって、この姿ですよ?ほら、見てください。 爪からして、獣のような、鉤爪だ。顔は見ての通り、人からはほど遠い。顔中黒い毛だらけで、獣の型の鼻先がついている。耳もごらんの通りとがっているし、歯など、まさしく犬そのものだ。二本足で歩き、腕もあり、指先も五つに分かれた人の型を、かろうじて保っていますが、どこをどう見たって、山犬だ。ほら、腕だって、こんな獣毛に覆われている。なのに、・・・人のように、肌があわだったりするのですよ? 笑えるでしょう?」
「・・・ヒョウセツさま・・・」
「下界にいた頃は、何度も山狩りにあいました。だって、どうみたってチクショウですからね。この姿で、人語を解し操るときては、すでに妖物だ。今の世だったら、スザクとセイテツに、すぐにも退治され――」
「ヒョウセツさま」
いきなりこどもが抱きついてきて、ヒョウセツは口を開けたまま黙る。
「――ヒョウセツさまが退治されるなら、おれだって、退治されなきゃなりません。おれのせいで、――みんな、殺されました。 父も、母も、里の人たちも・・。 -― 下界にいた、いちばんひどい妖物は、きっと、おれです」
「・・・そ、・・」
言葉の出せないヒョウセツから、ぱっとこどもがはなれた。
「ありがとうございます。・・・本当は、おれ、ヒョウセツさまにお会いするのが、恐かったんです。だって、父も母も里の人たちも、おれが使っちゃいけない『力』を他の人にほどこしていたのが原因で、死ななきゃいけなかった。それを、・・・ヒョウセツさまは、ご存知だろうし、おれが天宮にくるのを反対なさっていたって、スザクさまが教えてくださって・・。きっと、おれに怒ってるのかなって、思ってました。嫌われてるんだろうなって、わかってたから・・、お会いするの、ちょっと恐かったんですけど・・・。実際にこうしてお話できて、嬉しいです。直にお礼も言えたし。押しかけて、すみませんでした」
「そ、それは、――」
違う。坊主め、よけいなことを。
「――正直に言うと、ヒョウセツさまのお姿、ちょっと驚きました。でも、嬉しかったです。降りてきてくださって、ありがとうございます。もう、来ないので、ご安心ください」
帰ろうとしてまた頭をさげる子どもの肩に、あわてて手をおいた。
「待って。 ―― まだ・・・ ゆっくり話したい」
そんな言葉、考えてもいなかったのに、口が勝手に動いていた。
子どもの顔が微笑んで、池に浮かぶ蓮が開くのが眼の端にみえた。




