命の恩人
まだ向こうをむいたままのこの子どもは、伍の宮の、住人になってしまったのだ。
スザクやセイテツのように、いつかは必ず、顔をあわすことになる。それは、わかっている。が・・。
息を吸い、覚悟をきめた。
「――はじめまして。ぼくが、弐の宮の大臣。ヒョウセツです」
むこうをむいたままのこどもの頭が、下げられた。
「はじめまして。伍の宮の、シュンカと申します。ヒョウセツさまのおかげで、父をここで送ることができ、おれは、スザクさまとセイテツさまに命を救っていただけました。ここにこうしておれがあるのは、ヒョウセツさまの、おかげです」
「・・・・・・・」
考えてもいなかった。
自分は、この子どもの、命の恩人なのだ。
「・・ぼくは、人間が嫌いです」
思わず出たそれに、子どもは「・・・はい・・」と淋しげな返事をした。
「ですが、天上人も、嫌いです。ぼくが、ほかの大臣たちとちがって、ここをあまり出ないのは、誰かに会うのが好きじゃないからで、・・・ ―――いや。こんな言葉を続けていても、しかたがない。振り向いてもらえば、すぐにわかるでしょう。いいですよ、シュンカ」
―― ふりむいてくださいという、自分の声が、震えるのを聞いた。
子どもがふりかえる間、少しばかり離れていてよかったと、ヒョウセツは考えた。
たとえ、慣れているとはいえ、相手の、息をのむ音など、聞きたくない。
ゆっくりとふりかえった顔は、やはり、知っている人間の面影と重なる。
不思議な色味のその眼も、おなじだった。
「 っつ、 」
「ヒョウセツさま?どうか、なさいましたか?ご気分でも?」
数歩寄った子どもに、おのれの足が数歩下がる。
嫌悪も、驚きも、どこにも見当たらない眼が、ヒョウセツをとらえる。
「 わあ・・・―― ヒョウセツさまは、空と、同じ色の眼を、なさってるんですね?」
のぞきあげるように、こどもの小さな顔が寄り、微笑んだ。
『気』にあたり、身体の毛が逆立ったヒョウセツは、声も出せず、おのれの左腕にかけられた、小さな手と、心配そうに傾いて見上げてくる顔を見比べた。
「・・・気持ち、悪く、ないのかい?」
「え?あっ、気持ち悪いのですか!?」
子どもは、ヒョウセツの手を引き、菓子を置いたテーブル横の長椅子へと腰掛けさせると、平気ですか?とあたりをみまわし、水をお持ちしましょう、台所は?とあたふたする。
「いや、そうでは、なくて・・・ ―― きみは、ぼくが気持ち悪くないのか?と質問したんです」
え?と首を傾いだ子どもに、馬鹿にされているような気になった。
ひょっとしてこの子は、この現実さえも、みようとは、してくれないのか――。
おのれの、この、人と獣の間のような、醜い姿を。




