下界におりる
ゆらぐ 噺をば―――
― ひとつ ―
天宮の大臣たちは、めったに下界には降りないものだ。
一人の大臣をのぞいて・・。
ふああああああ
と、身振りも大きく伸びをしながら、荷車の上、菰の上に寝転んだ男が、あくびをふりまき、身を起こす。
寝ぼけた様子で周りをみまわすと、車を引かせる牛の横、馬に跨る男に声をかけた。
「おい、アキラ。まだ、天の橋まで着いてないのか?」
「コウセンさま、いつもの道がないので、今日は南の領地から遠回りすると、おっしゃったじゃありませんか?」
「・・ああ、そうか・・」
男はぼりぼりと顎を掻き、おのれで言い出したそれを思い出す。
「土砂でふさがれちまってんじゃ、しかたねえ。東も災難だったな。―どうせなら・・西の山が崩れりゃ良かったのによ・・」
ぼつりとつぶやくのを、荷車の後ろを馬で付く年寄りのチョクシが、コウセンさま、と咎めて黙らせた。
この男が、本心からつぶやいたそれには、自分も同意するが、めったなことを口にしてはならぬ身分なのだ。
今日のような買出しの時には、シャムショから選ばれた人間も数名供をしており、先をゆく馬は天宮の列であることを知らせる深い藍色の織物を鞍に垂らす。
人々が頭を垂れて道を譲るのを、コウセンは好まないが、じろじろと見られるよりは良いと思っている。
買い出す先の店の者は慣れていて、この、うっそりとした、身なりのだらけた男が四の大臣なのを受け入れているが、はてさて、そこゆく者にいきなり身分を明かしても、すんなり受け入れられるかどうかは、すこし、あやうい。
なので、年寄りの考えにより、常に荷車に揺られて下界へおりる男を、馬に乗ったシャムショの者で囲うようにして動くのだ。
コウセンは、ありがたいと笑いながら、いつもふざけてむしろを被る。
「・・・コウセンさま、この酒すべて、わたくしがお預かりいたしましょう」
男の気分を変えるように、年寄りは、大きな荷車の上、その大半を占める、ビンとカメを指して言う。
「げっ・・・いや、チョクシ、待ってくれ。すべて、は、ちょっと・・」
身を起こしたすぐそばにある、一番大きなカメを撫でながら男は弱った顔をしてみせる。
「では、セイテツさまとお飲みになる分、ひとつだけ、残しましょう」
「ひとつ?だけか?」
「だけです」
はっきりと答える年寄りの声に、がくりと肩を落としたコウセンが、カメに抱きつき、これが一番でかいから、このひとつでいい、と淋しげに言った。