94.遂に決着
オレはソフィアとアンジェリカの身柄を取り戻すべく、大公の嫡男フランツが主催する地下格闘技イベントに出場している。
そしてヤツのボディーガードであるヨシアスと闘って勝利した。
これで契約通りにソフィアたちを助け出せると思ったのだが。
『フランツのボディーガードに勝利したら』という条件だったので、もう一人のボディーガードであるマティとも続けて闘わされることになった。
オレは既にオープンフィンガーのグローブを両手に嵌められているが、マティが装着している間に、会場内では新たな賭けの受付が始まっていた。
そして数分後、無情にもゴングは鳴り響いた。
ヨシアスよりコイツの方が身長もリーチも長いが、どんな闘い方をしてくるのか。
なんて思ってると、いきなりボクシングスタイルの構えをとって猛烈にジャブとストレートのコンビネーションを打ってきた。
ガードするが、ヤツの拳はグローブ越しでも硬くてめっちゃ痛い。
油断してるとフックやアッパーも混ぜてくるし防戦一方だ。
「オラオラどうした、さっきの威勢はどこに行ったんだタツロウ君よぉー!?」
好き勝手言いやがって。
でも隙が無いし、リーチも長いからなかなか懐に飛び込むチャンスも来ない。
「ぐあっ!」
そうこうしているうちに左フックを一発顔面に受けてしまった。
更に追い打ちで右ストレートを打ってこようとしている。
こうなったらイチかバチかでクロスカウンターしかない。
オレはヤツの右ストレートに被せるように左でカウンターを放った!
バチーン! とクロスカウンターが決まったかに思えたが……リーチ差が大きく、オレの拳はクリーンヒットしなかった。
足がガクガクして今にも倒れそうだ。
そこに最後のトドメを刺そうと、ヤツはオレの左腕を振り払って渾身の左フックを打ってきたが。
オレの両足は力が抜けてフッとしゃがみ込む。
「なっ! 急に姿が消えた!?」
左フックはオレの頭の上で空を切った。
不意に避けられて驚くヤツの顔は面白いが、全くの偶然だったのだ。
だけどこのチャンスは逃せない。
オレは絶対に勝たねばならんのだ。
最後の力を振り絞って、オレはカエル飛びのように伸び上がりながらアッパーを繰り出した。
「ガハッ!?」
意表を突いた攻撃で顎にパンチを当てて相手を大きく仰け反らせはしたが、必殺の威力はない。
でも怯んでいる隙に、オレはしゃがんでヤツの左足を取りにいく。
「この野郎、何すんだ。足を放せ!」
叫んで拳で背中を攻撃しようとするマティに構わず、左足を右脇に挟んで右足を払い、仰向けに倒した。
そして渾身の力で左足のアキレス腱をそのまま極めてやった!
最初は苦悶の表情を浮かべながらも耐えていたマティだが、オレは更に強く痛めつけていく。
「痛い痛い! ギブ、ギブアップだ!」
オレは、フランツのボディガード2人を連続して撃破することに成功したのだ!
マティはセコンドについた手下たちに抱えられてリングを去った。
これで終わりだ……オレはその場にへたり込んでしまった。
大番狂わせに観客席はもう何が何やらわからないくらいの騒ぎになっている。
「ああーっと、これは大波乱! 悪役がフランツ殿下の忠実なる下僕2人をどちらも倒してしまったーっ! いったい、この場はどうなってしまうのか? 狂犬タツロウが会場内を暴れまわってしまうのだろうかー!!」
リングアナの野郎、オレのことを怪獣みたいに言ってんじゃねえよ!
でもどうせなら本当に暴れまわってやるか!
と言いたいところだが、腕はボロボロでもう動かないし、足も力が入らなくて歩くのもままならない。
片膝をついて見せかけだけはファイティングポーズを崩さないようにはしているが、正直なところもう一人送り込まれてきたらどうにもならない。
いや、そんな弱音を吐いていられない。
ソフィアとアンジェリカの2人をフランツの元から救い出さなきゃならないんだ。
そういえば、2人とも無事なんだろうか?
ふとフランツたちがいる特等席を見ると、ソフィアはフランツに向かって猛烈に文句を言っているように見える。
しかしフランツは相変わらず聞く耳を持たないようで、それどころか手下に向かって怒り心頭の表情で何やら指示を飛ばしている。
やっぱりまだ終わらないのか……。
オレの心が折れかけたその時だった。
観客席からリングに向かって駆けてくる1人の人物が見えた。
そいつはリングの周りにいるスタッフの連中を軽く飛び越えてリングサイドに飛び移った。
そして一番上のロープを掴むとそのままジャンプで飛び越えてリング内に入ってきたのだ。
身体つきからすると男かな……顔には仮面舞踏会で着けるような仮面で目元と鼻を隠し、全身を覆うことができるマントを羽織っている。
コイツがフランツからの新たな刺客か?
リングアナは『謎の男が突如リングに!』とか叫んで観客を煽っているが、わかっててやってんじゃないのか?
それはともかく、オレは折れかけた心を無理矢理奮い立たせて何とか立ち上がる。
それから男の方を向いて、殴り掛かる構えで近づいていく。
「オラァ! フランツからの刺客なら相手してやんよ、かかってこいや!」
しかし男は微動だにせずオレが近づくのを待つ。
そして男から『やれやれ』という声が聞こえてきた瞬間に。
グルンッ!
オレの視線は地面と天井を一瞬で回転すると、マットの上に背中から叩きつけられていた。
何が起きたのかもわからないが、もう一度立ち上がれそうにはないことだけは感じた。
そのあとオレの耳元で「キミはこのまま寝ていろ」と呟いた男の声は、オレがよく知る相手だった。
「なんだテメーは!? そこどきやがれ!」
「おっと、今度はどこからかヤンキー軍団が武器を持ってリングに! 狂犬タツロウの仲間か?」
こんなチンピラども知らねえよ!
もしかして、こいつらをオレの仲間ということにして、この場で仲間割れのフリでもさせてボコボコにしようって算段か。
フランツなら契約を有耶無耶にするためにそれくらいやりかねん。
そして武器を手にしたチンピラ数人は邪魔になるであろう仮面の男に迫ってきた。
「ぐほおっ!」
「がはっ!?」
しかしチンピラどもはあっという間に全員宙を舞いマットに叩きつけられてしまった。
「うおーっ! なんだこの展開、面白れー!」
「今日は試合後のギミックがやたらと凝ってるじゃねーか!」
観客たちはこれもイベントのギミックの一つだと思っているようだ。
仮面の男はフランツを指さすと、サッとリングを降りて特等席へと駆け上っていった。
男は仮面を上にずらして、逃げずに相対したフランツと何か話しているが、その内容はオレには聞き取れない。
◇
「こうやって会うのは何年ぶりだろうね、フランツ」
「お前は……イーガルブルク家のマクシミリアン!」
「覚えていてもらって良かったよ。早速だけど、あそこに倒れているタツロウとは何か契約でも交わしているのだろう? その内容を遵守してもらいたい」
「……誰がお前の言うことなど。そもそもお前には関係ない話だ、引っ込んでいろ」
「それが関係あるのさ。ボクはタツロウとは同じ神学校に在籍していてね、放っておくわけにもいかない。さあ、早く実行したまえ」
「昔馴染みだからって調子に乗るなよ。子爵家の子息の分際で、大公家の嫡男に命令できるとでも思っているのか?」
「その子爵家に、世間には言えないようなことで大きな借りがあるのは、どこの大公殿下なのだろうねぇ?」
「……」
「わかったら、とっとと契約書を渡して、そこの2人のレディたちを解放したまえ。ボクはさっさと宿舎に戻りたいんだ」
◇
どうやらマクシミリアンはフランツと話をつけたようだが、どうやってヤツを丸め込んだんだ?
オレの頭がわけがわからない状態なのを待ってはくれずに事態は急激に動いていく。
フランツは手下に何やら指示を出して、リングアナのところに伝言を伝えさせた。
「観客席の皆様! なんと驚くべきことに、謎の仮面男はフランツ殿下の古くからのご友人だったのです! 狂犬タツロウとその一味の前に窮地に立たされた殿下を助けるため、急遽リングに立ったとのこと!」
なんだよそれ、めちゃくちゃな設定じゃねえか。
しかし観客たちはこれもギミックとしてとらえて既にざわつき始めている。
「そしてなんとなんと、皆様にはビッグなお知らせ! 日頃よりイベントに来てくださっている皆様への感謝と、今日の友との再会を祝して、本日のイベント入場料を全額還元すると殿下が表明されました!」
それってオレが勝った時の条件の一つじゃん!
つまり、契約通りに事を収めるということでフランツとマクシミリアンで話の決着をつけたということか。
そして場内は割れんばかりの拍手と歓声で耳が痛くなるほどの状態になった。
「スゲー! さすがフランツさん、太っ腹だぜ!」
「おれたち、ずっとアンタについていくからなー!」
収益を大幅に減少させたのはフランツへのペナルティとして十分だったと思うが、ヤツの信者を増やしてしまったのは何とも複雑な気分だ。
フランツとマクシミリアンは肩を組んで歓声に答えているが、本当に知り合いだったのか。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
マクシミリアンがソフィアとアンジェリカを連れて特等席から去っていくのを見てから、オレは黙ってしれっとリングを降り、フラフラな足取りで会場から出ていく。
オレの行く先を邪魔する者は、もういなかった。
◇
「タツロウくん……良かったよ、無事に戻ってこれて!」
フランツの手下から、観客たちの目につかないように館の裏口へ向かうように言われたオレはゆっくりと歩いていく。
その途中でマクシミリアンたちと先導役のカミラのグループに合流できたのだが、アンジェリカが会うなり腕に抱きついてきたのだ。
ソフィアは……なぜかオレの方へ前傾姿勢で止まっているが、普通に近づいてくれればいいのに。
「……お互いにまた会うことができて嬉しいです」
結局は姿勢を正してから再会を喜ぶコメントをくれた。
「ああ、そうだな」
オレは一言だけ返したが、本当はもっといろいろ言いたいんだけど上手く話せないのだ。
「やれやれ、キミはどこまで世話を焼かせるんだい? あの程度のピンチも切り抜けられないとはね!」
マクシミリアンからは厳しい言葉が投げつけられた。
そんな簡単に言われてもな!
でも今回は何も反論できない。
「お前がいなかったらヤバかった。本当に感謝しているよ、ありがとう」
「……フンッ」
「ところでどうやってここに入り込んだんだよ?」
「いろんなツテを辿って、とある招待客のゲストとして入ったのさ。こんな事もあろうかとあらかじめ準備をしておいたのが役に立った」
「えっ、それじゃインストラクターだけじゃなくてフランツとのトラブル処理もお前の役割ってことかよ?」
「そういうことだ。去年のスキー旅行の際に、うっかりウチの家と大公家との因縁を先生方に話してしまってね。それで今年は学校から表向きインストラクターとして依頼されたのさ」
「なるほど。でもその役割を弟のフェルディナントにやってもらえば良かったんじゃないの? オレと同じ学年なんだから旅行に参加してるんだろう?」
「アイツは、まだそのあたりの話を知らないんだ。それにスキーを気兼ねなく楽しませてやりたい」
なんだかんだ言いつつ弟思いのお兄ちゃんだなコイツは。
「まあ、どういう因縁なのかは聞かないけど、どうせなら最初から助けてくれりゃよかったのに」
オレは何気なく言ったつもりだが、マクシミリアンは険しい顔で詰め寄るように語気を強めた。
「……ウチにとっては大公家への切り札となる事なんだ。そう簡単に切ることはできないんだよ」
「そうか、今のは悪かったよ」
「まったく……そもそもキミだけなら助けるつもりはなかった。2人のレディを助けるために切り札を切ったんだ、それを忘れるなよ」
「マクシミリアンさん、この度は助けていただきありがとうございました。このソフィア、今回の恩は一生忘れません」
「わたしも、本当にありがとうございました」
ソフィアとアンジェリカから礼を言われたマクシミリアンの顔は見ていられないくらいのニヤケ顔になった。
こんなのがオレのライバルだなんてやれやれだぜ。
だけどヤツは急に真面目な顔に戻ってオレに言い放った。
「今回のことはキミへの貸しだ。だから今年の馬術大会には必ず出場したまえ。マグレの勝ち逃げなんて許さないからな」
「……わかったよ」
勝ち逃げする気満々だったけど、観念する。
「お話が盛り上がっているところ悪いけど、ここが館の裏口よ。さあ、さっさと出て行って頂戴」
カミラからのひと声で、オレたちはようやく館から出れるのだと実感した。
目の前には外へ出るための扉があり、カミラによって開けられようとしている。
「カミラさん、いろいろとありがとうございました」
「あなたのお陰で、私たちはあの状況を耐えることができました」
アンジェリカとソフィアが続けてカミラへの感謝を口にした。
イベント会場の特等席にいた時だろうか、カミラが2人のことを気づかってくれたらしい。
「ふふっ、どういたしまして。あなたたち、もう2度とこんなところへ来ちゃだめよ」
「はい……カミラさんは、これからもここに居続けるのですか?」
「そうね……あたしは今さら、フランツの元を離れられないから。というか、あの時のあたしに、あなたたちみたいな信念が持てていたら……」
「……」
「さあ、あたしのことはいいから早く出て。寒いから早く扉を閉めたいし」
オレにはよくわからないやり取りだったが、女性たち3人は別れを惜しみつつカミラを残して外に出た。
そしてしばらく4人で歩いていると、外で待機していた先生たちが迎えてくれた。
今回は、マクシミリアンが助けてくれたことも含めて全てを報告し、ようやくフランツとのイザコザの件は終わったのだ。
スキー旅行も楽しめるのは実質あと一日、悔いのないように楽しむぞ!
そのためにも今日は早く休まないと。
でも枕投げが始まってたらそうもいかないしなあ。
けれどそんな心配は杞憂に終わった。
何故かみんなベッドに入って眠りについていたのだ。
旅の疲れがどっと出たのだろう。
オレは今日の疲れでこれ以上は耐えられない。
ベッドに潜り込むとすぐさま意識を失い、朝までグッスリと眠りについたのだった。




