93.悪役(ヒール)
「ウオォォォーーー!」
オレが歩く通路の向こうから大きな歓声が上がっている。
ここは 大公の嫡男フランツの館の地下施設。
通路の出口の手前まで連れてこられたオレの目に入ってきたのは、100人程度は入れそうな小規模アリーナだった。
ここで地下イベントの『裏舞踏会』が開かれているというわけか。
そこには観客席の8割くらいを埋めている若者たちが集まっている。
オレが驚いた表情でもしていたのか、ここに連れてきたフランツの手下がドヤ顔で言い放った。
「クククッ、なかなかの集客数だろう?」
まあ確かに……。
観客の年齢的には、中学生から高校生くらいが大半かな。
男子が多いけど、女子も少なからずいるようだ。
あとは大学生くらいの連中がそこそこ、小学生は……さすがにほとんど見かけない。
こいつらがフランツの言ってた『街の有力者や金持ちたちのガキども』というわけか。
でも舞踏会にはここにいる奴らと親たちを合わせた人数より少ない参加者しかいなかったけど、いつの間に集めたんだ?
手下はオレの疑問を見透かしたのか、頼んだわけでもないのに得意気に説明し始めた。
「ガキどもの多くは舞踏会なんてすぐ退屈しちまうからな。ここを『子弟たちの社交場』として開放しておけば、親たちは気兼ねなくフランツの旦那や他の金持ちたちと会話を楽しめるというわけだ」
確かに客側としては大人も子弟たちもメリットの方が多いし、目の付け所は上手いなあと感心もしてしまったけど……。
「なるほどな。でもタダじゃねえんだろ?」
「もちろん、ガキどもの預かり賃をガッポリ稼げるって寸法よ」
「それで、どうせ親たちを帰らせた後に開催する地下イベントの参加費はアコギに別徴収してんだろう?」
「まあその通りだ。で、お前はそのためのダシの一つというわけだ、せいぜい粘って盛り上げてくれよ!」
こんなことだろうと思った。
そしてフランツたちとトラブった人間を使えば元手はかからないってわけだ……本当にいい迷惑だぜ。
ここでワァーッと観客たちから怒号まで聞こえてきた。
「オラァー、やっちまえー!」
「どうした、そんな程度でやられんなよ! こっちは高いカネ払ってんだぞ!」
観客席に囲まれた中央には、一段高く設置されたプロレスリングみたいなのが見える。
リングでは2人の男が殴り合いをして、目の周りが腫れ、鼻や口元には血が滲んでいる。
そして片方の男が相手の攻撃でフラフラっとよろけて、そのままマットに沈んだ。
よくわからんが勝負がついたようで、観客席からは悲喜こもごもの声と悲鳴が聞こえてくる。
内容から察するに、どうやらリング上の勝ち負けについて賭けをやっているらしい……。
参加者からトコトン吸い上げるつもりだ。
「さあ、お前の出番が来たぞ。とっとと歩けや!」
手下にせかされて観客席の間に通された通路を歩いていく。
客たちのオレを値踏みするような視線が気持ち悪い。
そうか、これも賭けの対象になってるんだな。
そしてリングに上がって手首の縄が解かれたオレより少し遅れて屈強な男が入ってきた。
この前オレの右腕を関節技に極めた、フランツのボディガードの片方だ。
まだ客たちのざわつきが収まらない中、闘う2人のコールが行われた。
「本日のメインイベント、まずは我らがフランツ殿下の忠実なる下僕、皆様よーくご存じのヨシアス!」
一斉に歓声が上がった。
コイツはこの地下イベントでも馴染みのファイターらしい。
「続きまして、本日の悪役はこの男。スキー場で連日暴れ回った挙げ句、あろうことか殿下にまで牙を剝いた狂犬、タツロウ!」
リングアナの奴、メチャクチャ適当な紹介しやがって!
というか、スキー場で迷惑をかけていたのはフランツの手下の方じゃねえか。
フランツに牙を剥いたってのは、まあ合ってるけど。
そして今度は一斉にブーイングの嵐となった。
「フランツさんは退屈なおれたちを楽しませてくれる英雄なんだぞ!」
「逆らって牙を剥くとかマジ有り得ん」
「面白そうだからもっとやれー!」
大半はフランツを信奉してオレを罵る声だった。
退屈な日常に刺激を与えてくれる『良い人』としてコイツらの心を掴んでいるようだ。
でも一定数は、面白ければ何でもいいって感じでフランツを信奉しているわけではなさそうだ。
そういや、そのフランツはどこなんだ。
場内を見回すと一段高いところに設けられた特等席から見下ろしてやがった。
ソフィアとアンジェリカもそこにいる。
アンジェリカは心配そうな顔でオレに視線を向けている。
ソフィアは落ち着いた表情で静かに見ている……いや、膝の上に置かれた両手は固く握り締められているようだ。
2人とも本当にすまない。
もうすぐフランツの野郎から助け出すから、もうしばらく我慢してくれ。
オレとヨシアスはレフェリーに呼ばれて中央に集まり、闘う姿勢をとる。
なお、このリング内は魔法無効の結界が施されているので肉弾戦しかない。
そして遂にゴングが鳴らされた。
オレを殺せだのといったヤジや怒号も入り交じる大きな歓声の中、まずはお互いに様子見するが……。
迂闊に打撃技を出すと、この前みたいに腕を掴まれて関節技に持っていかれそうだ。
そうだ、どうせ悪役なのだからあれで仕掛けてみるか。
オレは右手をヤツの前に差し出した。
ヤツは一瞬戸惑いを隠せない表情を見せたが。
すぐに元の無表情に戻り、オレに意外なことを話しかけながら右手をゆっくりと差し出してきた。
「……悪く思うなよ。これも仕事なんでな」
大変だねぇ、ドラ息子のお守りするのもさ。
それはともかく、オレはヤツと握手した瞬間に身体をクルリと回して右腕を極めにいった。
この前のお返しだぜ!
「おおーっと、握手すると見せかけて不意打ちで腕に関節技を極めにいくとは、やはり狂犬かこの男!」
リングアナが絶叫して煽り立てると、観客席からも大きなブーイングが起こる。
でもそれが心地いい、まさにヒールの気分。
しかし向こうも巧みに身体を入れてきて関節を極められるのを防ぐと、逆に一本背負投げの体勢に入ってきた。
これはヤバい!
……というのは見せかけ、ここまでは想定内。
オレはヤツの顎の下に左腕を通してチョークスリーパーを仕掛けていった。
不意を突かれたヤツが、腕を外そうとして上体を浮かせたところで更に後ろに重心をかけて仰向けに倒した。
すかさず両足を絡ませて完全に極めに入る!
ちょっとダーティーなやり方とか地味な技とか、そんなことは言ってられねえんだ。
2人を一刻も早くフランツから解放すること、それだけを考えて首を締め上げる。
しばらくは強い抵抗が感じられたが、徐々に小さくなっていった。
「ストップ、ストップ! もう失神してる、早く離して!」
レフェリーから言われるまで、夢中で締め上げてて気づかなかった。
もう少しでやり過ぎるところだった。
そして観客席からは悲鳴や怒号、中には歓喜の声が渦巻いた音で一時は会話もままならないほどになった。
歓喜の声は、たぶんオレに賭けて一発狙いにいった奴らだろうな。
そしてオレの勝利が宣告される……と思った瞬間に、気持ちがどん底に突き落とされてしまう。
リングアナはリングの下から指示を出すフランツの手下の話を聞いたあとに、新たな闘いのコールを行ったのだ。
「観客席の皆様、ご心配には及びません。なんと、今日は殿下のもう一人の下僕マティも登場して狂犬タツロウを成敗してくれます!」
それからもう片方のボディガードが急遽リングに現れた。
オレはフランツの方に向かって大声で叫んだ。
「おい、話が違うじゃねえか! ソフィアとアンジェリカを解放しろ!」
しかし全く無視された上に、オレの叫びは一種のマイクパフォーマンスのように観客たちに受け取られてしまった。
「おお、今日のイベントは気合入ってんじゃねえか!」
「いつもより楽しませてくれるぜ、今日のフランツさんはよぉー!」
そしてトドメにマティから冷たい言葉を言い放たれた。
「契約のことなら言っても無駄だぜ。殿下は『自分のボディガードと闘わせる』としか仰っていない。そしておれもボディガードだ」
クソ、最初からそういうつもりだったんだな。
ハメられたと気づいた時には遅かったというわけだ。
とにかくオレは目の前の敵を倒すしかない。
ソフィアたちには、もう少し辛抱させるけど、待っていてくれ。




