91.私と踊っていただけますか
オレとソフィア、アンジェリカの3人は、一旦宿泊所に戻ってからすぐに制服に着替えて、先生たちに連れられてフランツの館へ向かった。
タキシードとかドレスを着ていかなくていいのかって?
そもそもスキー旅行にそんなものは持ってきていない。
フランツもそこは弁えているのか、館に入ってから衣装を貸してくれると手紙に書かれていた。
それはともかくとして、オレたちが歩いていく横を馬車がひっきりなしに通り過ぎていく。
同じ舞踏会への出席者だろうか。
客車に乗っている人物を見る限りでは、年齢的には若い奴だけでなく中高年の夫婦と思われる人たちもいる。
緊張を紛らわせるために、どういう目的で開かれる舞踏会なのか考えながら歩いていたのだが。
そんなことを気にする余裕はもう無くなった。
とうとう、オレたちは館のすぐ手前に到着してしまったのだ。
緊張を隠せない3人へ、ここまで付き添ってくれたアーベル先生がバックアップ態勢と緊急時についての説明をしてくれた。
「私が付き添えるのはここまでです。でも安心してください。私はもちろん、後から来るゲルツ先生、シャイナー先生もこの館の周辺で張り込みます」
「はい……」
「もし何かあった場合は、なんとしてでも館の外に飛び出すか、窓から何かしらの合図を。それを確認したら我々は動き出します」
「了解です。その役はソフィアとアンジェリカにやってもらいます。オレは相手を食い止めていると思うんで、助けに来てくれるのを期待しています」
「わかりました。それとは別の手も一応打ってはいますが……実際に効果があるのか、わからないので」
「はい、とにかく脱出優先で動きます」
「まあ、本当にお詫びで招待されたのかもしれませんし、そうであることを我々も祈っていますがね」
アーベル先生は望みをかけるかのような表情と口ぶりでそう言うと、上着の内ポケットからカードを一枚取り出してオレに差し出した。
「招待状を渡しておきますから、入口で提示してくださいね。あとは案内に従って行動してください」
「……わかりました」
「タツロウ君、2人のことはくれぐれもお願いしますね。何かあった時の貴方の行動力、我々も頼りにしていますよ」
そう言い残して先生はオレたちから離れていった。
さあ、いよいよ乗り込みますか。
招待状を入口で受付係の人に提示したあとは館の中を案内されて奥へと通路を入っていく。
オレたちは物珍しそうにキョロキョロしながら歩いていく。
本当に珍しいってわけではなく、脱出経路をキチンと把握しておくために観察しているのだ。
どうやら一番奥の間が会場らしい。
その手前には控室と思われる部屋がいくつか並んでいる。
そして、途中で案内役の足が止まった。
「では、お客様方には入場前にドレスアップしていただきます。女性はこちら、男性はそちらへどうぞ」
そうだ、着替えなきゃいけないんだった。
ここでソフィアたちとは一旦別れることになるが、罠とか仕掛けられていないだろうか。
オレの不安な気持ちが顔に出ていたのか、ソフィアは冷静に状況を判断して問題無いと説明した。
「さすがに着替えるところでは何も仕掛けて来ないと思います。でないとわざわざ舞踏会に招待する意味がありませんので」
「……そうだな。じゃあ一旦別れるけど、もしものときは大きな声を上げるなりしてくれ」
「はい。それじゃ行きましょうかアンジェ」
「タツロウくん、また後でね」
オレも着替えに入らないと。
そうは言ってもやっぱり警戒しながら部屋に入っていったが、拍子抜けするくらい着替えはあっさり終わった。
いくつも用意されている衣装から自分のサイズに合うものを選ぶだけの簡単な作業であり、嫌がらせなどは一切なかった。
それから会場の中に案内されたがソフィアたちはまだ入っていないようだ。
まあ女子のドレスアップは時間がかかるから仕方がない。
それにしても広い部屋だ。
ダンスを同時に10組は踊れそうなフロアと、その手前に料理が載せられたテーブル多数、奥には貴賓席みたいなのも用意されている。
だけどそれでも少し足りないかと思うくらいに着飾った客たちがそこかしこで談笑している。
40、いや50人くらいは確実にいるだろう。
「タツロウく〜ん! お待たせ〜!」
後ろから、オレを呼ぶアンジェリカの声が聞こえてきた。
やっと来たか。
振り向くとオレはアンジェリカの可憐なドレス姿を目にした。
「どう? わたしにこのドレス似合うかな?」
アンジェリカはオレに見せびらかすかのようにスカートを左手で摘み、右腕を広げてポーズをとった。
白っぽく少し淡いピンク色でフリルも付いたドレスは彼女の可愛さをより引きだしている。
「もちろん、とっても似合ってる。可愛いよ」
「本当に? タツロウくんに気に入ってもらえてよかった!」
オレは気の利いたセリフも言えずに思ったことをそのまま口走ったが、彼女には喜んでもらえた。
「……すみません、思ったよりも時間がかかってしまいました」
アンジェリカの後ろからソフィアもやってきた……それはいいのだが。
オレはそのドレス姿に思わず見入ってしまった。
パステル調のブルーでシンプルだけど、裾の広がったロングドレスが清楚で気品ある雰囲気を感じさせる。
というか、ソフィアが着ているからそう感じるのかもしれない。
月並みな感想だが、なんだかどこかのお姫様みたいだ。
いや、彼女は本当は公爵家御令嬢なのだから、その領地内ではお姫様なのだった。
「あの……タツロウ君、あまり女子のドレス姿をジーッと見続けないでください。恥ずかしいです……」
ソフィアは顔を赤らめながら抗議の言葉をこちらに投げかけた。
オレは慌てて視線を逸らしつつ謝罪を口にした。
「す、すまない。綺麗だなと思ってつい」
オレはまたまた思ったことを装飾もせずに率直に言ってしまった。
なんかこっちまで恥ずかしくなって顔が熱くなってくる。
「そ、そうですか。そう思っていただいたのは、ありがとうございます」
ソフィアも更に赤くなってる。
うわぁ、気まずい雰囲気になってきた。
「……タツロウくん、そろそろ始まるみたい。一緒に前へ行こうよ!」
アンジェリカはオレの右腕に組み付くとそのまま前に引っ張っていく。
オレはようやく我に返って歩いていく。
他の客はダンスフロアの手前側にすでに集まっている。
その間を縫って前に出ると、見覚えはあるがこの前とはまるで印象の違う顔を見ることになった。
煌びやかな礼服に身を包み、だらしないロン毛スタイルだったのをオールバックにまとめ上げてドレスアップしたフランツだ。
「えー、本日はお集まりいただきましてありがとうございます。日頃から街の繁栄にご協力いただいている貴族・商人の皆様への感謝を込めて、ささやかながら舞踏会を開催いたします。どうかごゆっくりとお楽しみください」
しかも、この前と違ってにこやかな表情と爽やかな口調で客たちへの感謝を述べているが、ヤツの本性を知っているオレとしては鳥肌ものだ。
で、つまりこの場は街の有力者たちと懇意にするための親睦パーティというわけだ。
大公の嫡男といっても、ぶっちゃけカネを集められなきゃ誰も言うことなんて聞きゃしないのだから、これも権力の維持には必要な事なのだ。
さて、挨拶と簡単なセレモニーが終わって客たちからの盛大な拍手が鳴り止んだ頃、ようやく食事タイムが訪れた。
テーブルに置いてある豪華な料理を目の前にして、オレは急激に腹が減ったことを感じている。
せっかくだから食いまくってやるぜ!
「ソフィア、こういう時のマナーって、こんな感じでいいのかな?」
「問題ありませんよアンジェ。強いて言えば、小皿に取った分は残さずに食べないと失礼ですので注意して下さい」
「とにかく全部食っちまえばいいんだよ、モグモグ」
「……タツロウ君は、意外と作法はご存じなのですね。でも遠慮というものを知るべきだと思います」
そりゃあ、名ばかりとはいえ皇帝の跡継ぎなのだよオレは。
小さい頃から無理矢理やらされたから、作法は嫌でも身についているのだ。
でも、ウチは貧乏だからその成果を家の食事で発揮する機会がほとんどなかったのは悲しい記憶だ。
それはいいとして、せっかくの食事タイムを楽しんでいたオレは、そこにヤツが……フランツがいつの間にか接近してきたのに気づかなかった。
「やあ、こんばんは。ソフィアさんに……タツロウ君だったかな? 楽しんでくれているかい?」
思わず噴きそうになったぜ。
フランツのヤツ、いけしゃあしゃあと素知らぬ顔で挨拶しやがって。
挨拶できそうにない状態のオレに代わってソフィアがすかさず挨拶を返してくれた。
「あ、はい。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「あの。わたし、アンジェリカと申します、ご挨拶が遅れました」
「ああ、こちらこそよろしく。君たち3人には、手紙にも書いたけど私の『知り合い』が迷惑をかけてしまったからね。ゆっくりしていくといいよ」
コノヤロー、ホント裏表激しいヤツだ。
他の客たちにはその表の顔で好印象を与えて、悪い評判も『若いからちょっとヤンチャしているだけ』みたいに大目に見てもらってるんだろう。
ところで、美人の女性が一人こちらに近づいてきた。
オレの魅力に惹かれてしまったのかな?
しかし彼女はオレには目もくれずフランツに話しかけた。
「フランツ、もうすぐダンスが始まるわよ……もしかして、彼女が例の子?」
「ああそうだ」
「ふうん……あたしはカミラ。まあ、一応フランツの彼女の一人よ。これからよろしくね、ソフィアさん」
「……はじめまして。丁寧なご挨拶ありがとうございます」
丁寧な口調とは裏腹にメッチャ緊張感が漂っているのを感じる。
オレは怖くなって口を挟むのを遠慮した。
と、ここで音楽がちょっと聞こえてきた。
いよいよ踊りの時間が始まるらしい。
「ソフィアさん。私と一曲お相手願えませんか?」
フランツは両足を揃えて、胸に手を当てて軽くお辞儀して彼女をダンスに誘う。
それはいいけどさあ。
舞踏会の主催者とはいえ、同じテーブルにいるオレに断りもなしに誘うのはちょっと強引すぎやしませんかねー?
身を乗り出しかけたオレだが、ソフィアはそれを視線で制するとフランツの誘いに答えた。
「……よろしくお願いします」
OKをもらったフランツは右手を手のひらを上にして差し出し、ソフィアは左手をヤツの手の上に置いた。
それからヤツの右腕に左手を通して並んで歩いていく。
さすがにこれはオレも文句言いようがない。
「タツロウくん。あの、わたしと踊ってください」
アンジェリカが、思い切ってという表情でオレを誘ってきた。
ちなみにこの世界では男女どちらから誘ってもマナー違反ではないが、先に彼女に言わせてしまったのは申し訳ない。
「もちろん、喜んで」
「嬉しい! わたし、ワルツは結構得意なんだよ」
「へえ、いつ習ったのさ」
「前に、劇中でワルツを踊るお芝居を演劇部でやったことがあって。その時にいっぱい練習したの」
「それは楽しみだ」
オレとアンジェリカも腕を組んでダンスフロアへ歩いていく。
そして曲が始まると、ワルツを一緒にゆったりと踊る。
「タツロウくんもかなり上手だね、驚いちゃった」
「ああ、ウチの親がダンス好きなんで、ハハハ」
もちろんこれも皇帝の跡取りとして小さい頃からやらされたから。
話せないのが辛いところだ。
踊ってる途中でソフィアたちの様子が目に入ったが、ソフィアは相当上手い。
まあ、それは学園祭の前夜祭で踊った時にわかっていたことだけど。
そして悔しいが、フランツもかなりやる……!
知らない奴が見ると2人はなかなかお似合いのカップルだ。
いや、今はアンジェリカとのダンスに集中しよう。
しかし彼女は途中で少し不安そうな表情を見せながら尋ねてきた。
「タツロウくん、わたしとのダンスはどうかな」
何かやらかしたのかなオレ。
とにかく彼女を安心させないと。
「楽しいよ。リズムよく動いてくれるからリードしがいがあるというか」
その言葉を聞いたアンジェリカは笑顔を返してくれた。
そして、オレとアンジェリカは最後まで笑顔で踊りきったのだ。
こんなに楽しく踊れたのは、生まれてはじめてといっても過言ではない。
そして客席から拍手が……あれはソフィアとフランツへ向けてのものか。
あの2人のダンスなら、まあおかしくはない反応だ。
さて、もう一曲踊ろうか……でもアンジェリカは疲れた様子だ。
「タツロウくん、わたしは疲れちゃったから、次は休むね」
「そうだな、オレも……」
そうして客席に引き上げてきたオレたちのところにソフィアも戻ってきた。
「よお、主催者とのお付き合いお疲れさん」
「……タツロウ君、一曲だけでもう疲れてしまったのですか?」
「いや、それはまあ」
「私はまだ問題ありませんよ? 貴方も一曲くらいは続けて踊りましょう」
どういうつもりだ?
いつになくソフィアが挑発的だ。
だけど、そこまで言われちゃオレも引き下がれない。
「わかったよ。それじゃあ次の曲を踊ろうか」
オレのその言葉を待っていたかのように、ソフィアは両手でスカートを摘みながらダンスに誘う。
「……タツロウ君、私と踊っていただけますか?」
「喜んで」
オレたちは一緒に移動してからホールドを組んで曲の開始を待つ。
なんだかドキドキして落ち着かない。
しかしそんな気持ちはお構いなしに曲が始まった。
今回の曲調は……ウインナ・ワルツか。
普通のワルツと何が違うかというと……三拍子のリズムなのは同じだが、2拍目が前倒しでくる。
つまり踊りのリズムが速くなるのだ。
その上、ソフィアは最初から全開とばかりに華麗だが強いステップでオレを振り回す。
オレは付いていくので精一杯だ。
「……どうしました? それで限界ですか? なんなら私がリードして差し上げますよ?」
「全然まだまだ余裕に決まってるだろ! そっちこそ途中でへばるなよ!」
「ふふっ、その意気です。ではもう1段階ギアを上げますよ」
マジかよ!
オレはとんでもない奴と踊っている。
でもここで引き下がるわけにはいかない。
意地でも最後まで付いていく、いや振り回してやるぜ。
そうしてオレたちは周りに気を使う余裕もなく限界までダンスに没頭した。
もうすぐ曲が終わる。
そろそろ最後の決めポーズ……決まった!
凄い、これまで踊った中で最高の出来だった。
オレはその余韻を楽しんで、すぐにはホールドを解かなかった。
「あの……離れてください」
しまった、ソフィアの気持ちを無視した行動だった。
「悪い、すぐ離れるよ」
「いえ、私の方が少し汗をかいてしまったので……」
ソフィアは耳まで真っ赤にして俯いたまま理由を説明した。
それならオレの方こそ……いや、余計なことは言わずにさっさと離れよう。
オレたちは目も合わせられないままダンスを終えることになった。
そして引き上げようとしたところで客席から大きな歓声と拍手が沸き起こった。
どうやらオレたちのダンスを称賛してくれているらしい。
オレは照れながらアンジェリカの待つところまで戻った。
「おかえりなさい2人とも。とっても凄いダンスだったよ!」
笑顔で出迎えてくれた……が、なぜかソフィアとアンジェリカは視線を合わせようとしない。
あと、フランツがこちらを笑顔で見ていたが、その目は笑っていなかった。
なんだかやな感じ……でもその後もフランツから特に何も仕掛けては来ない。
オレはアンジェリカともう一回、それとカミラとも踊った。
アンジェリカもフランツと、ソフィアは全く知らない男性客とそれぞれお付き合いで踊り、ダンスタイムは終了した。
食事も腹いっぱい食ったし、もうすぐお開きの時間で、これはどうやら取り越し苦労だったかな。
「お客様、こちらの飲み物をどうぞ」
「あ、ありがとう」
喉が乾いていたオレは、給仕係の人からもらったのをグイッと一気に飲み干した。
さあ、そろそろ帰り支度かな。
そう思ったのを最後にオレの記憶は途絶えた。
そして次に意識がはっきりしたときには、どこかわからない場所で椅子に縛り付けられていたのだった。




