90.舞踏会への招待状
オレとソフィア、アンジェリカは4日目のスキー講習を終え、途中で男女別れてそれぞれの宿泊所に戻った。
そして夕食前の自由時間に外出しようと部屋を出たタイミングのことだった。
「タツロウ、ちょっといいか? お前に話があるのだ」
ゲルツ先生から呼び出しを受けてしまった。
なんだよ、今日はおとなしくスキー講習受けてたし、トラブルなんて起こしてねえぞ。
「タツロウっち、またなんかやらかしたのかよ」
「ワイらは先に商店街に行っとるから。何やったか知らんけど、さっさと自白して早く解放してもらったほうがええで」
ルームメイトのヤニクとアドリアンはオレが問題を起こしたと決めつけているが、なんもやってねえよ!
しかしマルコはオレの気持ちに寄り添ったことを言ってくれた。
「まあ、とにかくさ、タツロウは自分が正しいと思うことはキチンと主張すればいいよ。まだまだ時間はあるし、追いついてきたら一緒に買い物しよう」
さすがはオレが転入した時からの親友、心の友よ!
でも、呼び出されるってことは楽しい話じゃないよな。
まさかフランツの奴が宿泊所にまで子分の治療費を払えって因縁をつけてきたのでは。
不安を覚えつつ先生に付いていって、1階の奥の部屋に招き入れられる。
「あっ、タツロウくん!」
「……やっと来ましたね」
なんと、ソフィアとアンジェリカが既に入っていたのだ。
そして室内にはオレのクラスの担任アーベル先生と、女性教諭のシャイナー先生も座っていた。
「すみませんね〜、タツロウ君。自由時間を邪魔してしまって。こちらはシャイナー先生……って君は知っているのでしたね」
「タツロウ君、話すのはお久しぶりね。元気してた?」
シャイナー先生は爵位持ちたちの馬術指導講師で、オレが以前に出場した校内の馬術大会でお世話になったのだ。
本来は下級貴族のクラスには関係無いのだが、この学校は全体的に女性教諭が少ないので、今回の旅行では女子の引率として参加してくれている。
オレは久しぶりに話せるのが嬉しくてシャイナー先生に話を返した。
「まあ、なんとか無事にやってます」
「そう、なら良かった。それはそうと……」
シャイナー先生はオレに顔を近づけながら声を潜めて話を続ける。
「タツロウ君が、校内でも目立つ女子2人と仲良くしてるなんてね。私はてっきりクリスと付き合ってると思ってたんだけど」
「いや、オレとクリスは元からそんな関係じゃないですよ。それに彼女には前から想い人がいて、今はソイツと付き合ってます」
「そうだったんだ……それでも今の状況なら、なかなかやるじゃない」
「いや、それだって……」
「ゴホンゴホン……もういいですかシャイナー先生。そろそろ本題に入りたいのですが」
「あっ、すみません……どうぞ、アーベル先生」
アーベル先生は部屋にいるメンバー全員を見渡し、それからおもむろに口を開いた。
「実は、ある人物からこちらにレターが届けられましてね」
「それがオレと何の関係があるんですか?」
「オルストレリア大公の嫡男フランツから、といえばわかりますよね?」
やっぱりフランツの奴か!
あのヤロウ、まだ執拗に因縁つけるつもりなんだな。
「はい。で、オレに何か要求してきてるのですか?」
「う〜ん、昨日のトラブルではフランツの関与はそれほど無かったと聞きましたが……本当はそうではなかったということですね」
「すみません、言いそびれました。というか、もう何も言ってこないだろうと思ってたので」
「まあ、過ぎたことはもういいです。具体的には何があったのですか?」
「一昨日にソフィアたちが絡まれた件と、昨日オレが絡まれた件、どちらも子分が怪我したとか言って法外な治療費を請求されました」
「そういうことですか……でも、今回のレターについてはどう判断すべきか難しいですね」
難しいってなんだよ。
法外な要求なんて無視するしかないだろう。
しかし、先生から説明されたレターの内容は意外なものだった。
「レターの中身なんですけれど……タツロウ君とソフィア君、それとアンジェリカ君の3名を明日の舞踏会に招待したいと言ってきたのです」
『ぶとうかい』だと!?
そうか……オレもとうとう、少年マンガの主人公みたいに敵対する相手から招待されるようになったのか。
まあいい、それなら思う存分やってやるまでさ。
「わかりました先生。それで奴らの流派は何か知ってますか?」
「流派、ですか? う〜ん、国や地域によっては多少の違いはあるでしょうけど。それがどうかしましたか?」
いや、相手の手の内を知っておくのは大事なことでしょうと返そうとしたところで、ソフィアが話に割って入ってきた。
「……あの、先生とタツロウ君の話が噛み合っていないと思います。タツロウ君、闘う『武闘会』ではなく踊る方の『舞踏会』ですよ?」
あっ、そういうことか。
よく考えたらそうだよな。
でも今さら勘違いしていたとは言いにくいから誤魔化そう。
「い、いや、も、もちろん踊る方だってわかってたさ。だけど、この辺りの踊りは普通と違うかもしれないじゃあないか」
ソフィアは呆れたようにオレをジッと見ていたが、誤魔化しが効いたのか目線を外した。
でもため息ついてるな……いやこのまま押し切ろう。
アーベル先生はそんなオレたちに構わず丁寧に説明してくれた。
「それなら心配いりませんよ。私の知っている限り、帝国内の舞踏会での踊りにそれほどの違いはありません」
「そうですか、それは良かった、ハハハ!」
「で、まだ内容に続きがありましてね。それが問題なのですよ」
なんか嫌な予感しかしないんだが。
まあ、フランツに関わる事自体がロクでもない話なんだけど。
「まず招待の理由ですが、『自分の知り合いが3名に迷惑をかけたので是非』ということです」
「向こうから詫び入れたいって言うならいいじゃないですか」
「しかし条件がありましてね。3名のみで来るようにと言ってきているのです」
あからさまに怪しい。
それこそ先生も一緒に招待するならわかるが……何を企んでいるんだあのヤロウ。
「ですから、本当ならお断りしたいのですが……学校側としても、大公の嫡男からの正式な招待を無下に扱うわけにもいかず、困っているのです」
「オレだけなら別に構わないですよ。今度こそヤツをブチのめして……いやキチンと話をまとめてきます」
「ところがですね、3名で必ずという条件なのです。ソフィア君とアンジェリカ君はどうしますか? 無理ならば、我々がどうなろうとも招待をお断りしますが」
どうなろうともって、クビを覚悟ってことか。
大公のメンツを潰すわけだから、確かにそれくらいの覚悟は必要になるだろう。
だがソフィアとアンジェリカはほぼ即答で承知してしまった。
「……私は行っても構いません。先生たちにご迷惑をかけるわけにはいきませんから」
「わたしも! 怖くないといえば嘘になるけど、タツロウくんが守ってくれるんだよね!?」
「ああ、それはもちろんだけど。本当にいいのか?」
「はい」
2人は同時に返事をした。
これで話はまとまりそうだな。
「そうですか、わかりました。それでは3名共出席すると返答しておきます」
「お願いします」
「もちろん我々も最大限のサポートを考えています。詳細はまた明日の夕方、午後のスキー講習が終わってから説明しますね」
これでお開きとなったので、ソフィアたちはシャイナー先生に連れられて宿泊所の裏口から出ていった。
そしてオレはせっかくの穏やかな気分を台無しにされて、不安と苛立ちで一杯になってしまった。
ソフィアたちの前ではああ言ったが、敵のホームグラウンドで2人を守りながら立ち回るのは至難の業だ。
ソフィアは1人でもなんとかするかもしれんが、少なくともアンジェリカは全力で守る必要がある。
どちらにしても責任感で押し潰されそうだ。
オレは遅ればせながら商店街に繰り出し、マルコ、ヤニクたちと合流して、いつもより羽目を外してはしゃいだ。
そして宿泊所でも、寝る前の枕投げに没頭してとにかく嫌なことを忘れようと懸命になった。
こうでもしないと、本当にぶっ倒れそうなくらいの気持ちだったのだ。
◇
翌朝も目覚めは良くなかった。
オレは重い気分のままスキー講習の中級者コースに出向いていく。
「おはよう、タツロウくん」
「……おはようございます」
アンジェリカとソフィアに相次いで挨拶されたが、オレは生返事しか返さなかった。
この2人の姿を見て、それこそ不安な気持ちが爆発しそうになったのだ。
とてもスキーを楽しむどころじゃない。
そんなオレに気を使ったのか、2人は今日の舞踏会について話かけてきた。
「……タツロウ君、実はあれから私たちで話し合ったのです。貴方に必要以上に責任と重圧を感じてほしくないので」
「わたしもソフィアも、できる限り自分たちの身は自分たちで守ろうって」
「といっても、なんとかフランツの館から逃げ出すのが精一杯だと思いますが。だから、いざという時には私たちのことは気にせずに存分に力を振るってもらっていいですよ」
「えっ、普段は暴力沙汰は駄目だって言ってるのに、ソフィアはそれでも構わないのか?」
「もちろん暴力沙汰は極力避けてほしいですけど……でもどうしてもやらないといけない状況なら、むしろ躊躇する方が危険ですから」
「わたしも。タツロウくんを信じてるからだよ」
「ありがとう2人とも。やっとやる気が出てきたよ。今日はとにかく上級者コース昇級を目指そうぜ!」
「おー!」
2人は掛け声がかぶると、お互いの顔を見ながらクスクスと笑いだした。
いい雰囲気で楽しめそうだ。
というか楽しまなくちゃな。
オレたち3人は中級者の標準コースを難なく滑り降りて、いよいよ午後からは上級者コースに行けることになった。
そして昼メシ後に集まった上級者コースのインストラクターは……。
「5日目でやっとこさ上級者コースに昇級かい? やれやれ、今回の旅行中にボクと勝負できるレベルなど、キミには到底ムリだろうね。いや、一生かけてもボクには追いつけないだろうけど。ハッハッハ!」
まさかのマクシミリアンだった。
せっかくの楽しい気分が台無しだぜコンチクショー。
「あっ! タツロウとソフィアもいよいよなんだね。僕らも実は今日からなんだ」
「もう今回は一緒に滑れないかと心配してたよ」
ノアとクリスから声をかけられた。
2人もちゃんと地道に上達してたんだな。
やっぱり仲間が多いと自然とテンションが上がってくるぜ。
「あの、彼女がクリスさん? タツロウくんとは親しい仲なんだ」
アンジェリカがちょっと不安げな表情でオレに聞いてきた。
昨日のシャイナー先生の話を誤解しているようだ。
「確かに親しいが、馬術大会の練習仲間であり部活仲間でもあるからね。それだけだよ」
「本当に? 今でも気があるってことはないの?」
「ああ。っていうか横にいるのが彼氏のノアだよ。だから気にしないで」
「うん、これで安心した」
ふう、誤解は解けたようだ。
そしてオレたちは上級者コースの講習を受け始めたのだが……。
「女子のみんなはこっちに集まってもらえるかな? ボクが懇切丁寧に指導してあげるよ」
「おい、オレたちはどうすんだよ」
「は!? 男どもは勝手に滑ってろ。この程度のコース、教えられなくても滑れるだろう。甘えるな」
うわっ、なんて酷い指導法だ。
それにしても、コイツもフランツとはまた別の形でのスケコマシ野郎だったとはな。
ちょっと意外だったぜ。
それはともかくとして、オレとノアは最初は恐る恐るコースを滑り降りた。
その時のことをお互いに教え合って、2回目からは結構スムーズに滑れるようになった。
まあ、男子は確かに自分たちだけでも問題はなさそうだが。
ソフィアとアンジェリカに教えている時のヤツの顔は、普段からは考えられないくらいに締まりの無いものだった。
でも2人の態度はあからさまに邪険にしている……ざまあ見晒せってんだ。
講習が終わる頃にはかなりすべれるようになった。
明日はもう6日目だが、これでようやくマルコたちとも存分に滑ることができそうだ。
それはとても楽しみなことなんだが。
その前に乗り越えなければならないことがある。
オレとソフィア、アンジェリカの3人はゲレンデから引き上げる道で静かに覚悟を決めるのだった。




