87.大公家のドラ息子
午後からも引き続きパラレルターンで練習だ。
だいぶ思うように滑れるようになったぜ。
ひゃっほーい!
唯一の不満は、滑るためにはいちいちV字歩行で登らないといけないということだ。
疲れるし時間が掛かるしで苦痛でしかない。
早くリフトで中級者以上のコースへ行きたいぜ。
「皆さーん! 今日はこのまま思う存分練習してくださいねー! 中級者コースを希望する方は、明日からリフトにご案内しますからねー」
な……なんだと!?
明日まではこのままだというのか。
インストラクターからの知らせはオレをドン底へ突き落とした。
しかも、習熟が十分でない者は明日もこのまま初心者コースで練習なんだと。
くそっ、わかったよ。
何度でも登って練習して、明日からの中級者コースを認めさせてやる。
「うおおおおおっ!」
「タツロウくん、待って〜!」
1回でも多く滑ろうと、急いで登っていくオレの背後からアンジェリカの声がした。
しょうがないなあ、ちょっと待つか。
「フウ、フウ……タツロウくん、わたし一人だとまだちょっと怖いの。だから一緒に滑ってほしいのです」
「そうなんだ。いいよ、もちろん」
「ありがとう、嬉しい!」
アンジェリカに真っ直ぐな眼差しで見つめられると、とても断れないよ。
オレは二つ返事で了解した。
初心者コースの一番上から並んで滑るオレたち。
「タツロウくん、ちょっと速いよ〜」
「それじゃあ、もう少しゆっくり滑るよ」
女子とこんなふうにスキーを楽しめるなんて夢のようだ。
しかしそこに邪魔が入ろうとは……。
「よぉよぉ、お二人さ〜ん。仲いいね〜」
「おれたちも仲間に入れてくれよ〜、へへへっ!」
なんだよ、いきなり。
後ろから滑ってきた見知らぬ男2人がオレたちを挟み込んで、勝手に会話に割り込んできたのだ。
「なんなんだお前ら! 勝手に話に入ってくるなよ」
「そんなに邪険にしなくてもいいだろ〜。ねえカノジョ、こんな奴放っといて、おれたちと一緒に向こうで滑ろうや」
「い、嫌です! 向こう行ってください!」
男の一人がアンジェリカのすぐ横まで迫って強引な誘いを掛けてきた。
彼女はそれを断ると、男を避けようとして転倒してしまった。
彼女を怖がらせやがって、許せねえ!
「テメーら何しやがんだコラァ!」
「おれたちなにもしてねーだろー。話しかけただけじゃん」
「だいたいテメーみてえな只のヤンキーがカワイイ女連れて滑ってんじゃねえぞタコ!」
2人はオレに言い返すやいなや、挟み込んできて両方からオレの身体を手で突き始めた。
「オラオラ、チョーシこいてんじゃねーぞ!」
それはお前らの方だろうが!
反撃しようとしたが、まだ滑るだけで一杯のオレには無理なことだった。
「ぐあっ! テメーら、よくも転倒させやがって!」
「テメーがスキー下手なだけだろうが、ば〜か!」
「ギャハハハ!」
2人はオレを馬鹿にしながら去っていった。
いや、その先で初心者コースの他の女子にもちょっかいかけ始めた。
クソッ、アイツら……!
そうだ、アンジェリカは大丈夫か?
「タツロウ君! アンジェは大丈夫です、安心してください!」
いつの間にかソフィアが彼女を介抱してくれていた。
とりあえず無事で良かった。
「ソフィア、手間かけさせてすまない、ありがとう! オレはヤツらをブチのめしてくる!」
「ダメですよ暴力沙汰は!」
「だって、このまま黙ってられるかよ!」
いきり立ってヤツらの方へ行こうとしたオレだが、インストラクターに待ったをかけられた。
「待ちなさいタツロウ君! 先生方にも言われているでしょう、地元の者とトラブルを起こさないようにと」
「だってさ、あの女子もちょっかいかけられて困ってるじゃねえか」
「ここは私が行きます。ですから、ここで大人しくしておいてくださいね」
インストラクターはそう言うと、すぐにヤツらへ注意しに行った。
しばらくヤツらはゴネていたが、最終的にはゲレンデから去っていったけど……ホント、なんなんだよあれは。
あのあとも練習は続行して、オレとソフィア、アンジェリカは無事に中級者コースへ昇級できた。
でも、ずっとモヤモヤして滑るのが楽しめなかったよ。
いや、こんなことでは旅行を楽しむことはできない。
今日も夕食前の自由時間がやってきたのだ。
商店街にでも繰り出そう!
「なあタツロウっち、今日もアレやろうぜ〜」
宿泊所のルームメイトであるヤニクから何やら誘いを受けたが、アレって何だよ。
「決まってるだろ、ナンパだよ!」
「そうそう、今日こそは引っ掛けまくったるで〜!」
アドリアン、お前もかよ。
コイツら昨日散々な目にあったのに凝りねーな。
「いやお前ら、昨日の悲劇を忘れたのかよ?」
「もちろん覚えてるって。だからこそ対策を打ってきたんだよ」
「昨日はみんなで1箇所に集まって目立ってしもたのが敗因や。せやから、今日は1人ずつあちこち分散してナンパしようっちゅうわけや」
「あっそう……でもオレはもういい」
「え〜、いつからそんなにノリが悪い男になったんだよタツロウっち」
「まあ、やる気がないもんはしゃあない。でも後で後悔してもしらんで〜」
しねえよ!
なんたって、オレにはアンジェリカがいるのだ。
ナンパなどしなくても、モテる男には自然とカワイイ女子が寄ってくるのさ、うわっはっは!
さて、今日は一人で買い物するか。
マルコはどうしたのかって?
アイツはサンドラの買い物につきあわないといけないらしい。
せっかくだから、今日こそは目当てのアレが売っているか確認をしよう。
雑貨とか土産物を売っている店ならあるかも……。
あった!
修学旅行で定番の、つい買ってしまう物として名高い『木刀』が!
遂に、オレは木刀を手に入れたのだ!
そんなのいつも持ってるじゃないかって?
いつもじゃねえよ!
それに、旅行先で買ったものだからいいんじゃないか。
オレは浮かれた気分で商店街を歩いていく。
店先を眺めながらダラダラと歩いていたので、前方不注意ではあったと思う。
ドンッ!
「イテーなあ、おい!」
誰かと肩がぶつかってしまった。
不注意だったオレが悪いと思って振り向くと……。
相手は昼間に絡んできた2人組じゃねーか!
「テメーら! 昼間はよくも!」
「おいおい、今は肩がぶつかったことが問題じゃねえか」
「イタタタ……こりゃあ、肩を怪我しちまったかもなあ」
どこがだよ、ウソ丸出しの痛がり方しやがって。
「何が怪我だこのヤロウ! ちょっとぶつかっただけじゃねえか」
「いいから、向こうで話し合おうぜ。ちょっとこっちに来いよ!」
こういう誘い方するのは、何か罠でも張ってるってのが相場だよな。
誰がその手に乗るかっての。
「なんでお前らの言う事聞かなきゃなんねんだよ? 話し合いならこの場ですればいいじゃねえか」
「そうか……いいぜ、おれたちは別に。コレがいらないっつーんならよぉ!」
ヤツが右手に持っているのは、オレの学生証じゃねえか!
制服の胸ポケットに入れておいたのに、いつの間に抜き取ったんだ?
「じゃあな、これどっかに捨てといてやるわー」
「待てコラー!」
オレはヤツらを追いかけるが、逃げ足が速くてなかなか追いつけない。
だけど絶対に逃がすわけにはいかないんだ。
「タツロウ君? どうかしたのですか!」
どこからかソフィアの声が聞こえてきたけど、かまってる余裕はない。
逃したら一巻の終わりなのだ。
商店街を抜けてしばらく追いかけていくと、周りに何もないところにポツンと小さな館みたいなのが見えてきた。
そしてヤツらはその建物の陰に隠れようとしている。
無駄だ、見えちまってるからな。
オレもそこに入っていく。
「もう逃さねーぞ、観念しろや!」
「誰を逃さねーって? へっへっへ」
そこにいたのは、武器を構えた10人ほどの男たちだった。
しまった、やっぱり罠だったか。
そいつらはすぐにオレを囲んで威圧してきた。
「大人しくついて来いよ……そしたらこの場でタコ殴りにするのは勘弁してやるぜ?」
どうしようか……コイツらとやり合ってもいいけど、まだ背後に誰かいそうな感じがする。
ここはソイツが誰かを確かめてみるか。
「わかったよ。じゃあさっさと案内しろよ」
「クックック……それでは、1名様ごあんな〜い!」
オレはヤツらに連れられて館の中に入った。
そして奥の部屋まで行くと、ソファに座ってふんぞり返っている男と、その両脇に立っている屈強な2人の男たちが待ち構えていた。
「例の男を連れてきやしたぜ、旦那ァ!」
旦那と呼ばれているソファに座った男は、一見するとロン毛の優男だが、鋭い目つきをしている。
こいつが親玉ってわけか。
そしてダルそうに首を振ってから話し始めた。
「あ〜、ご苦労。で、コイツの名前は……タツロウ・タカツキーか」
子分からオレの学生証を受け取りながら、物の名を確かめるかのようにオレの名前を読み上げた。
なんだコイツ。
「気安く人の名前を呼ぶんじゃねーよ!」
「テメエ、旦那に向かって!」
「お前らは、黙ってろ」
騒ぎ始めた子分たちが一瞬で黙ってしまった。
そんなに強そうには見えんが、黙らせるだけの力はあるってことか。
そして今度はオレに向かって直接語りかけてきた。
「タツロウ、お前には俺様の子分たちが世話になったらしいな」
「なんのことだ、世話なんかした覚えはねーぜ。そもそもお前は一体誰なんだよ?」
たぶん昨日ソフィアとアンジェリカが複数の男たちに絡まれていた件のことだろうが、あえてトボけた。
それよりオレの問いにさっさと答えやがれってんだ。
「……俺様の名はフランツだ。よーく覚えておけ」
「旦那はなぁ! この地を支配する大公殿下の嫡男なんだよ!」
コイツが先生たちが言ってた『大公家のドラ息子』か!
いきなりラスボス登場とは……。
こうなったらこの場でコイツをぶっ潰すしかないかもな。




